レファレンス協同データベース新着事例

ハヤート紙の最新号の閲覧について(日本貿易振興機構アジア経済研究所図書館)

ハヤート紙については、紙媒体の発行は2018年に停止し、ウェブサイト上でも最近停刊したようです。 詳しい情報はないのですが、2020年3月4日付でいくつかウェブサイトの閉鎖を伝える記事が見つかりました。 (英語) https://www.middleeasteye.net/news/saudi-owned-newspaper-al-hayat-suspended-permenantly-after-32-jourmalism (アラビア語) https://alkhaleejonline.net/%D8%AB%D9%82%D8%A7%D9%81%D8%A9-%D9%88%D9%81%D9%86/%D8%A8%D8%B9%D8%AF-%D8%B3%D9%86%D9%88%D8%A7%D8%AA-%D9%85%D9%86-%D8%A3%D8%B2%D9%85%D8%AA%D9%87%D8%A7-%D8%A7%D9%84%D9%85%D8%A7%D9%84%D9%8A%D8%A9-%D9%88%D9%81%D8%A7%D8%A9-%D8%B5%D8%AD%D9%8A%D9%81%D8%A9-%D8%A7%D9%84%D8%AD%D9%8A%D8%A7%D8%A9 https://web.archive.org/web/20200303235710/ https://www.eremnews.com/culture/clear-image/2194745 直近あるいは最新号としては2020年3月のインターネット版のみとなり、ウェブサイトも閉鎖されているようですので、閲覧は難しい状況です。

1928(昭和3)年5月30日に、奄美大島で毒ガニを食べて一家5人が食中毒になった事件があった。 一家5人の性別・年齢・家族構成が知りたい。(鹿児島県立図書館)

●資料1が最も詳しい資料である。 資料1 「南西諸島における毒ガニ中毒事件」に家族の氏名,年齢の記載あり。ただし,子どもの性別は不明。 ※資料1は,奄美図書館所蔵(禁帯出本・2019年現在)。 ●資料2~5は簡潔に記載されている資料 資料2 「毒ガニの覇者ウモレオウギガニ」の項に,記述あり。      「図表5-1 カニ中毒の一例」と題した図がある。引用元に『鹿児島県大島支庁パンフレット「南西諸島の《毒ガニ》に注意!」』(1968年2月)とある。 資料3 資料1と同様の記述あり。 資料4 「スベスベマンジュウガニ」の項があり,「事故実例」の中で資料1と同様の記述あり。 資料5 「猛毒動物への対応」-「カニ毒」のところに,資料1と同様の記述あり。 参考資料: 1 沖縄有毒害生物大事典 動物編 白井/祥平?著 新星図書出版 1982 K48/シ82 241, 参考資料: 2 フグはなぜ毒をもつのか 野口/玉雄?著 日本放送出版協会 1996.5 468.8/ノ96 146-149, 参考資料: 3 フグはなぜ毒で死なないか 吉葉 繁雄/著 講談社 1989.02 491.5/ヨ89 219-220, 参考資料: 4 野外における危険な生物 日本自然保護協会?編集・監修 思索社 1982.8 4819/ニ82 80, 参考資料: 5 猛毒動物の百科 今泉 忠明/著 データハウス 1999.06 481.9/イ94 170, 参考資料: 1 海洋危険生物 小林/照幸?著 文芸春秋 2002.2 481.9/コ002, 参考資料: 2 身のまわりの毒 Anthony T.Tu?著 東京化学同人 1988.2 519/ア88, 参考資料: 3 事件からみた毒 Anthony T.Tu?編著 化学同人 2001.8 491.5/テ001, 参考資料: 4 海洋動物の毒 塩見/一雄?共著 長島/裕二?共著 成山堂書店 2000.10 481.7/シ97, 参考資料: 5 有毒有害魚貝類による食中毒 海沼 勝/著 医歯薬出版 1982 4931/カ82, 参考資料: 6 魚貝類とアレルギー 塩見/一雄?著 成山堂書店 2013.4 493.1/シ003, 参考資料: 7 野外毒本 羽根田/治?著 山と渓谷社 2004.8 481.9/ハ004, 参考資料: 8 警察風土記 鹿児島県警察本部教養課/編 鹿児島県警察本部教養課 1970. K31/カ70, 参考資料: 9 鹿児島県警察史 第2巻 鹿児島県警察史編さん委員会/編集 鹿児島県警察本部 1972 K31/カ72/2, 備考:奄美図書館にも同様の調査依頼をかけており,資料1については奄美図書館が行った調査・回答である。

美山で昔,朝鮮の人々が樟脳も製造していたらしい。 ①関連する本はあるか。 ②石碑があるようだが,その文言が載っている本はあるか。(鹿児島県立図書館)

①について 資料1 p105「重要な特産品として世界に輸出された樟脳」の章あり。 資料2 テイソウカンによる樟脳製法の書 資料3 p710-714「樟脳に関する文献」あり。 ②について 資料3 p709「「樟脳製造創業之地」の記念碑」の項あり。 参考資料: 1 人づくり風土記 46 ふるさとの人と知恵 鹿児島 会田/雄次?監修 大石/慎三郎?監修 農山漁村文化協会 1999.4 K21/ノ99 105-110, 参考資料: 2 樟脳製法発明之願書 〓 宗官/[著] 〓宗官 1872 K57/テ872, 参考資料: 3 東市来町郷土誌 四元 幸夫/著 東市来町教育委員会 1988 K29322/ヨ88 709,710-714,

函南町の妙高寺では大黒祭が行われているが、そもそも「大黒祭」とは何か知りたい。(函南町立図書館)

大黒天信仰が関係ありそうで、大黒天信仰では「子の月である十一月の丑の日に刈り入れの大黒祭を行う習わしがある」との記述を見つけた。 回答プロセス:仏教のことなので、仏教関連の資料を中心に調べた。以下の資料に「大黒祭」「大黒天信仰」についての記載あり。 『日本年中行事辞典』(鈴木 棠三/著,角川書店,1980)p.669 『日本仏教史辞典』(今泉 淑夫/編,吉川弘文館,1999)p.645 『三省堂年中行事事典 改訂版』(田中 宣一/編,宮田 昇/編,三省堂,2012)p.411 参考資料:鈴木棠三 著 , 鈴木, 棠三, 1911-1992. 日本年中行事辞典. 角川書店, 1977. (角川小辞典 ; 16) http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001361251-00 https://www.lics-saas.nexs-service.jp/tosyokan.town.kannami/webopac/searchdetail.do?biblioid=18336, (p.669) 参考資料:今泉淑夫 編 , 今泉, 淑夫, 1939-. 日本仏教史辞典. 吉川弘文館, 1999. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002868241-00 https://www.lics-saas.nexs-service.jp/tosyokan.town.kannami/webopac/searchdetail.do?biblioid=3963, 4642013342(p.645) 参考資料:田中宣一, 宮田登 編 , 田中, 宣一, 1939- , 宮田, 登, 1936-2000. 三省堂年中行事事典 改訂版. 三省堂, 2012. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I024006990-00 https://www.lics-saas.nexs-service.jp/tosyokan.town.kannami/webopac/searchdetail.do?biblioid=156610, 9784385150734(p.411)

大場の久八について知りたい。(函南町立図書館)

以下の参考資料を紹介した。 回答プロセス:フリーワード「大場の久八」で検索して出てきた資料をまずは確認した。 『伊豆大事典』(伊豆学研究会伊豆大事典刊行委員会/編,羽衣出版,2010)p.682「大場の久八」の項目に参考資料が多く載っていたので、その資料を所蔵検索して探した。 以下調査した資料 『函南町の文化財』(函南町文化財保護審議委員会/編,函南町教育委員会,1983) p.39 『静岡県歴史人物事典』(静岡新聞社出版局/編集,静岡新聞社,1991) p.270 『ふるさと百話 第7巻』(静岡新聞社,1972) pp.235-236 『三島アメニティ(いいところ)大百科』(三島アメニティ資源大百科委員会編集室/編集,グランドワーク三島/編集,三島市,2001) p.132 『静岡大百科事典』(静岡新聞社出版局/編集,静岡新聞社,1978) pp.208-209「侠客」の項目 類似レファレンスあり https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000257313 参考資料:戸羽山瀚 著 , 戸羽山, 瀚, 1909-1987. 正伝大場の久八. 伊豆作家倶楽部出版部, 1934. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000637523-00 https://www.lics-saas.nexs-service.jp/tosyokan.town.kannami/webopac/searchdetail.do?biblioid=22137, 参考資料:伊豆学研究会伊豆大事典刊行委員会 編 , 伊豆学研究会. 伊豆大事典 : 紙上博物館. 羽衣出版, 2010. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000010923205-00 https://www.lics-saas.nexs-service.jp/tosyokan.town.kannami/webopac/searchdetail.do?biblioid=114154, 9784938138820(p.682「大場の久八」の項目) 参考資料:静岡新聞社出版局 編 , 静岡新聞社. 静岡大百科事典. 静岡新聞社, 1978. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001379662-00 https://www.lics-saas.nexs-service.jp/tosyokan.town.kannami/webopac/searchdetail.do?biblioid=20439, (pp.208-209「侠客」の項目) 参考資料:静岡新聞社出版局 編 , 静岡新聞社. 静岡県歴史人物事典. 静岡新聞社, 1991. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002151573-00 https://www.lics-saas.nexs-service.jp/tosyokan.town.kannami/webopac/searchdetail.do?biblioid=14566, 4783804249(p.270) 参考資料:函南町文化財保護審議委員会編 , 函南町文化財保護審議委員会. 函南町の文化財. 函南町教育委員会, 1983. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000096-I010496426-00 https://www.lics-saas.nexs-service.jp/tosyokan.town.kannami/webopac/searchdetail.do?biblioid=21044, (p.39) 参考資料:静岡新聞社. ふるさと百話 第7巻. 静岡新聞社, 1972. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001227041-00 https://www.lics-saas.nexs-service.jp/tosyokan.town.kannami/webopac/searchdetail.do?biblioid=190908, (pp.235-236) 参考資料:グラウンドワーク三島編 , グラウンドワーク三島. 三島アメニティ(いいところ)大百科. 三島市, 2001. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000096-I011176590-00 https://www.lics-saas.nexs-service.jp/tosyokan.town.kannami/webopac/searchdetail.do?biblioid=170023, (p.132)

小中島(長野市青木島綱島)の場所が分かる地図が見たい。天明7(1787)年の洪水で流されたらしい。当時(江戸時代及びそれ以前)の古地図があれば良いが、無ければ近年の地図でも構わない。(県立長野図書館)

小中島の記載がある江戸時代以前に作成された古地図について当館資料では確認できなかった。 明治時代以降の地図では、以下の資料に記載あり。 ・『明治初期長野県町村絵地図大鑑2 北信編』滝沢主税編 宝月圭吾監修 郷土出版社 1985 【N293/5/2ア】 p.118 「綱島村」(つなしまむら・現長野市)明治13年の地図に「字小中島」の記載あり。 また、「信州デジタルコモンズ」【最終確認2020.07.16】で、「綱島」をキーワードに検索すると、長野県立歴史館が所蔵する『綱島村(図)』が閲覧できる。同地図は、上記『明治初期長野県町村絵地図大鑑2 北信編』の地図「綱島村」の原本である。 ・『村の発見 第3巻 更科郡篇  第4巻 埴科郡篇 長野県字境図村境図集成』滝沢主税編著 長野県地名研究所 2016 【N293/102/3,4】 第3巻 更級郡篇 p.146-147「綱島村」の地図に「小中島」の記載あり。 回答プロセス:1『角川日本地名大辞典20 長野県』「角川日本地名大辞典」編纂委員会編 1990 【291.03/カド/20】 下記の記載から、綱島の中に小中島という地名が存在したことを確認する。 「千田庄」p.795に以下の記述がある。 千田庄は「吾妻鏡」文治二年(一一八六)三月条の乃貢未済庄々注文にはみえないが、元久元年(一二〇四)四月二三日の月輪殿(藤原兼実)自筆御処分状(九条家文書)に、「一女院庁分御領 信濃国千田小中島庄」とみえ、右の後に「右堂舎家地庄園等、永所奉附属宜穐門院也」とあるように、千田小中島は藤原氏相伝の所領であったのを、兼実の女任子が後鳥羽天皇の中宮となった際、付けられ庁分となったものである。小中島の地名は犀川北に存在せず、かえって犀川対岸の綱島にあって、天正六年(一五七八)二月二日の下諏訪春秋両宮御造宮帳には、「下諏訪春宮三之御柱造宮次第」として「河中島内鴛間田分・同所之内縄島分・同所東千田分・同所之西千田分・同所之南千田分・同所之駒沢徳長堀三郷分」とみえ、縄島と東・西・南千田が一団となって造営を勤仕しているから、千田庄は旧更科郡に及んでいたが、犀川の流路の変動により、犀川の南と北に分断された感が強い。 2 市町村史誌を確認する。 「長野県市町村史誌目次情報データベース」で「綱島」「小中島」「水害」「満水」などで検索を行う。 小中島についてや、天明7(1787)年に千曲川と犀川が氾濫し洪水になったことが分かるが、当時の地図は確認できなかった。 『長野市誌 第4巻 歴史編 近世二』 長野市誌編さん委員会編集 長野市 2004 【N212/318/4】 「天明・寛政期の御普請所・用水堰被害」 p.153表8 天明7年 4月下旬-6月上旬霖雨出水  p.154   天明六、七年に連続した洪水 『長野市誌 第9巻 旧市町村史編 旧更級郡 旧埴科郡』長野市誌編さん委員会編集 長野市 2001 【N212/318/9】 第17章青木島の項目に下記の記載あり。 「小中島郷」p.694   摂政・関白を歴任した九条兼実は、元久元年(一二〇四)、九条家の領地の配分を決めた。そのなかに娘任子(後鳥羽天皇中宮)の領地として「千田・小中島郷」がある。綱島には小中島という地籍があり、綱島のほぼ半ばを占める。 「綱島」p.702  青木島の東に連なり、南は大塚、東は川合新田(芹田)と接する。 「洪水」p.716   天明七年(一七八七) 両川洪水、大塚村安養寺罹失、現在地へ移る。 3 「信州地域史料アーカイブ」、「信州デジタルコモンズ」などのデータベースを「小中島」で検索するが、江戸時代以前の小中島が分かる地図は確認できなかった。 4 地図の調査年代を現代まで広げて調査する。 『明治初期長野県町村絵地図大鑑2 北信編』p.118 「綱島村」で「字小中島」を確認する。 同資料の絵図は「信州デジタルコモンズ」で「綱島村」を検索すると、閲覧できることを確認する。 5 小中島が現在では小字であることが分かったので『村の発見 第3巻 更科郡篇 第4巻 埴科郡篇 長野県字境図村境図集成』を調査し、p.146-147で小中島の地図を確認する。 参考資料:滝沢主税 編 , 滝沢主税. 明治初期長野県町村絵地図大鑑 2 北信篇. 郷土出版社, 1985. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I077705397-00,

村野藤吾と北九州の関りが分かる資料を紹介してください。(北九州市立中央図書館)

●10代を北九州市で過ごした  村野藤吾は、1891(明治24)年5月15日、佐賀県東松浦郡満島村(現・佐賀県唐津市東唐津町)に、父、村野文吉、母、広永チヨの間の長男として誕生した。この時届け出た戸籍上の本名は、村野藤吉であり、後の「藤吾」の名前は、彼の大学卒業前後に、一種の筆名のようなものとして使いはじめたものであった。(略)村野自身は生前認めていなかったが、同じ唐津藩の下級武士の子として生まれ、後に明治建築界の中心的な建築家となった辰野金吾の、「吾」から来たものではないかとの推測もある。(略)  村野は生まれると同時になぜか実母の下から離されて、同じ満島村にいた乳母の下に預けられ、漁師を生業としていたその家で、実に尋常小学校三年生(12歳)の頃まで実子同様に育てられたという。村野が10歳前後の頃に、両親一家はなぜか村野を置いたまま満島村を離れ、新設の官営製鉄所として、1901年以降本格的な操業を開始していた隣県の福岡県八幡村の「八幡製鉄所」の近くへ移り住み、親子が離ればなれになったため、やがて八幡の実父母に引き取られ、ようやくそこで初めて両親とともに生活することになった。村野は晩年になってから、この十年余り実父母から離れて暮らした時間が、その後の自分の人生、特に建築家としての行動に、少なからず影響があったかもしれないとも述べている。  村野は1905(明治39)年、八幡製鉄所に代表されるような近代的な工場で働く若い技術者の養成を目的に、1902年に開校したばかりの「福岡県立小倉工業学校」に入学し、1910(明治43)年、19歳にこの学校を卒業した。村野は「小倉工業」を卒業すると同時に、両親の希望通り八幡製鉄所に入社し、(略)1911(明治44)年、20歳の時に志願して陸軍に入隊して対馬の砲兵隊に入営し、2年間軍務に服し、1913(大正2)年に除隊した。軍隊にいたときに、東京帝国大学(独法専攻)を出ていた直属の上官から大学に行ってさらに高等教育を受ける道を勧められ、村野は父親を説得してまもなく東京に出てきた。(略)  村野藤吉は予科で最初は電気を専攻しようと考えていたが、まさに大正3年に完成した辰野金吾の「東京駅」などが象徴していたような、東京中にそのころ次々とたてられていく、明治期の建築のやや堅苦しい意匠とはかなり異なった姿を見せる、大正期に特有の、より自由で、新しい西洋府建築を直接見たり触れたりするうちに、建築科に移りたいと強く望むようになったという。(略)1915(大正4)年、念願の早稲田大学理工科大学建築科に入学したが、この時村野はすでに24歳になっており、ほとんどが20歳前後の新入生の中に混ざって、3年間の大学生の生活をはじめることになった。 ●北九州市の村野藤吾建築  村野藤吾の作品年鑑を通覧すると1950年代後半に公共建築が集中している。 ・八幡市立図書館(1957年竣工、2018年解体) ・八幡市民会館(1958年10月竣工、現存) ・小倉市中央公民館(1959年9月竣工、2003年10月閉館解体) ・北九州八幡信用金庫本店(1971年竣工、現:福岡ひびき信用金庫本店、現存) 回答プロセス:『海峡の風 北九州を彩った先人たち』p42-45 『村野藤吾建築案内』村野藤吾研究会  北九州八幡信用金庫本店(現:福岡ひびき信用金庫本店)P107,八幡市民会館 P150, 小倉市中央公民館(小倉市民会館)p151,八幡市立図書館(北九州市立八幡図書館)p180 『村野藤吾の建築 昭和・戦前』長谷川堯  大学卒業までの足跡の粗描p14-15 参考資料:長谷川尭 著 , 長谷川, 尭, 1937-. 村野藤吾の建築 : 昭和・戦前. 鹿島出版会, 2011. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000011131930-00, 9784306045538(大学卒業までの足跡の粗描p14-15) 参考資料:村野藤吾研究会 編 , 村野藤吾研究会. 村野藤吾建築案内. TOTO出版, 2009. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000010881127-00, 9784887063068(北九州八幡信用金庫本店 P107,八幡市民会館 P150, 小倉市中央公民館 p151,八幡市立図書館 p180) 参考資料:村野藤吾[作]竹内次男[監修], 村野藤吾建築設計図展カタログ 7.京都工芸繊維大学美術工芸資料館 村野藤吾の設計研究会, 2005., (八幡市立図書館p24-29,八幡市民会館p56-65,小倉市中央公民館p66-77) 参考資料:小倉市,小倉市中央公民館落成記念.小倉市教育委員会, 1959., 参考資料:松隈洋 著 , 松隈, 洋, 1957-. モダニズム建築紀行 = The Notes on Japanese Modern Architecture : 日本の戦前期・戦後1940~50年代の建築. 六耀社, 2016. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I027648853-00, 9784897378695(p185-189)

1880年頃に兵庫県でコレラが流行したときの記録などが見たい。(神戸市立中央図書館)

次の論文を紹介。 『神戸史談』286号p.58-73 「兵庫県下を襲った明治のコレラ―明治十九年の神戸を中心として―」 (2020.7.30追記) 『神戸市傳染病史』  p.35-53 第二節「コレラ」に、概説や明治13年~大正13年の患者数、死亡者数等の記載あり  p.367- 「神戸市傳染病年紀」 下記の資料には部分的な記述あり。 『日本コレラ史』山本俊一著(東京大学出版会 1982)  p.30,34 神戸港および付近一帯の汚染について 1877(明治10)年  p.47 「五千人以上の患者が発生した府県」に兵庫が入っている  p.63 明治14年の項に、被害が大きかった地域に兵庫の名があるが、詳しい記述はなし。  p.444-446 兵庫県の「避病院」について 1877(明治10)年  p.575-576 神戸港での検疫について 1882(明治15)年 新聞記事データベース「ヨミダス歴史館」「聞蔵Ⅱビジュアル」で 「コレラ 兵庫」をキーワードに紙面検索。1880年頃の患者数、死亡者数等が確認できる 参考資料:『神戸史談』286号(2000.7 神戸史談会), (当館問い合わせ番号 PV:7200129587) 参考資料:神戸市衛生課 〔編〕 , 神戸市衛生課. 神戸市伝染病史. 神戸市衛生課, 1925. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I046167688-00,

高崎白衣大観音についての資料がないか。できれば1冊にまとまっているものがいい。(高崎市立中央図書館)

以下の参考資料をご紹介した。 高崎白衣大観音のしおり  全68頁の小冊子だが、建立の目的、工事、開眼式、周辺や、井上保三郎について解説している。 観光たかさき No.8  白衣大観音像大修理と高崎千体観音堂建立について 観光たかさき No.14  白衣大観音建立50周年を前に 観光たかさき No.32  観音様は、男か女か? 橋爪良垣お話 上州路 13巻9号通巻150号 新編高崎市史 通史編4 近代現代 608p 新編高崎市史 資料編10 近代現代2 p526~531 高崎市市史編さんだより 第23号 5p  白衣大観音のモデル田中寿々氏を悼む 手島仁著 地域とランドマーク p93~116 大仏をめぐろう p50~53  胎内の写真あり 上毛及上毛人 206号 69p 上毛及上毛人 233号 65p 高崎大観音(当館所蔵なし) 群馬歴史散歩 第233号 p2-11  白衣大観音建立の趣意書 田口正美著 商工たかさき 407号 p.8-12  白衣大観音50年の歴史(視点) 商工たかさき 755号 p28-29  白衣大観音の建立(高崎アーカイブ) パリッシュ vol.218 p6-7  白衣大観音誕生秘話 劇場都市 Vol.35  特集:高崎白衣大観音像 片岡の歴史  白衣観音と観音山   白衣観音 p.290-292   白衣観音 p.292-293 図説・高崎の歴史 p.184-185  白衣観音建立と井上保三郎 上毛新聞 平成28年10月19日 8面  高崎のシンボル白衣大観音建立80周年   年表あり 実録たかさき p.197-201  シンボル白衣観音が完成 郷土のしおり西上州 第1集 p.270-272  高崎観音山物語り 郷土の記憶・モニュメント p.127-154  郷土とモニュメント 時枝務著 東宝特撮怪獣映画未公開写真集  キングコング対ゴジラ(1962) p.84-89   白衣観音とゴジラが対面している写真あり。   映画の画面には登場しないが、「ゴジラは午後8時30分現在、高崎付近を通過」というセリフが残っている、と記述あり。 回答プロセス:「高崎」「大観音」のキーワードで各種DBを検索 国立国会図書館サーチで「新編高崎市史 通史編4 近代現代」等がヒット 参考資料:横田忠一郎/著. 高崎白衣観音のしおり : 大観音建立秘話. あさを社, 1984. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I049984342-00, (当館資料番号 111308128) 参考資料:劇場都市 vol.35. 高崎市文化課, 2005.2., (当館資料番号 157011396) 参考資料:上州路 9(13) 150号. あさを社, 1986., (当館資料番号 630021061) 参考資料:高崎市市史編さん委員会 編 , 高崎市. 新編高崎市史 資料編 10 (近代・現代 2). 高崎市, 1998. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002740461-00, (当館資料番号 117064873) 参考資料:豊国義孝/編. 上毛及上毛人 第201号〜第212号(昭和9年) 上毛郷土史研究会 昭和9年刊の復刻版. 上毛新聞社, 1974. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I050198366-00, (当館資料番号 111012712) 参考資料:豊国義孝/編. 上毛及上毛人 第225号〜第236号(昭和11年) 上毛郷土史研究会 昭和11年刊の復刻版. 上毛新聞社, 1974. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I050198372-00, (当館資料番号 111013066) 参考資料:手島仁著. 白衣大観音のモデル田中寿々氏を悼む. 高崎市市史編さんだより 第23号 p. 5, (当館資料番号 157000092) 参考資料:津川康雄 著 , 津川, 康雄, 1953-. 地域とランドマーク : 象徴性・記号性・場所性. 古今書院, 2003. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000004079929-00, 4772250786(当館資料番号 113406060) 参考資料:坂原弘康 文・写真 , 坂原, 弘康, 1971-. 大仏をめぐろう. イースト・プレス, 2010. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000011123053-00, 9784781604657(当館資料番号 117223545) 参考資料:宮田珠己 著 , 宮田, 珠己, 1964-. 晴れた日は巨大仏を見に. 白水社, 2004. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000007378991-00, 4560049920(当館資料番号 113572465) 参考資料:中野俊成 著 , 中野, 俊成. 巨大仏!!. 河出書房新社, 2010. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000010948324-00, 9784309272047(当館資料番号 114400310) 参考資料:上州路 9(13) 104号. あさを社, 1982., (当館資料番号 630020618) 参考資料:白衣大観音建立50周年を前に. 観光たかさき No.14, (当館資料番号 150958338) 参考資料:白衣大観音像大修理と高崎千体観音堂建立について. 観光たかさき No.8, (当館資料番号 150958338) 参考資料:一文字 欽也/著 , 一文字‖欽也. 高崎大観音 : 高崎名所案内. 婦人往来社, 1938. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I050073439-00, (当館所蔵なし) 参考資料:橋爪良垣お話. 観音様は、男か女か?. 観光たかさき No.32, (当館資料番号 150958346) 参考資料:田口正美著. 白衣大観音建立の趣意書. 群馬歴史散歩 233号 p. 2-11 http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000025867-00, (当館資料番号 157007618) 参考資料:白衣大観音の建立. (高崎アーカイブ) 商工たかさき 755号 p. 28-29, (当館資料番号 157009077) 参考資料:白衣大観音誕生秘話. パリッシュ vol.218 p. 6-7 http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I026695881-00, (当館資料番号 157009481) 参考資料:石原征明, 飯野信義 共著 , 石原, 征明, 1932- , 飯野, 信義, 1918-. 図説・高崎の歴史. あかぎ出版, 1988. (群馬県の歴史シリーズ ; 2) http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001935166-00, (当館資料番号 111212825) 参考資料:高崎市市史編さん委員会 編 , 高崎市. 新編高崎市史 通史編 4 (近代現代). 高崎市, 2004. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000007511756-00, (当館資料番号 117143933) 参考資料:高崎のシンボル白衣大観音建立80周年. 上毛新聞 平成28年10月19日 p. 8, 参考資料:坂口二郎 編著 , 坂口, 二郎. 実録たかさき : 高崎市制施行80周年記念. 高崎市企画調整部企画管理室, 1981. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001512479-00, (当館資料番号 117040485) 参考資料:白衣大観音50年の歴史. (視点) 商工たかさき 407号 p. 8-12, (当館資料番号 157020025) 参考資料:清水要次 著 , 清水要次. 郷土のしおり西上州 第1集. 西上州刊行会, 1975. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I077719403-00, (当館資料番号 110320710) 参考資料:由谷裕哉 編 , 由谷, 裕哉, 1955-. 郷土の記憶・モニュメント. 岩田書院, 2017. (岩田書院ブックレット ; 歴史考古学系 H-22) http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I028573665-00, 9784866020044(当館資料番号 114947187) 参考資料:竹内博 編 , 竹内, 博, 1956-2011. 東宝特撮怪獣映画未公開写真集. 朝日ソノラマ, 2002. (ファンタスティックコレクション) https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000003069224-00, 4257036516(当館資料番号 113189211) 備考:2015.6.10「観光たかさき No.32」を追加。 2015.7.16「群馬歴史散歩 第233号」を追加。 2015.11.17「商工たかさき 755号」を追加。 2015.12.25「パリッシュ vol.218」を追加。 2016.5.13「劇場都市 Vol.35」を追加。 2016.7.19:「片岡の歴史」を追加。 2016.7.26:「図説・高崎の歴史」を追加。 2016.11.10:定番事例 2017.2.23:「上毛新聞 平成28年10月19日」を追加。 2017.8.17:「実録たかさき」を追加、回答を修正。 2017.9.12:「商工たかさき 407号」を追加。 2017.11.14「郷土のしおり西上州 第1集」を追加。 2018.1.10:「郷土の記憶・モニュメント」を追加。 2020.8.6:「東宝特撮怪獣映画未公開写真集」を追加。

気象と二十四節気(もしくは七十二候)を関連づけた資料はないか。 児童書でも良いので、分かりやすいものが良い。(牛久市立中央図書館)

次の資料を紹介する。 ・『ぼくもわたしも気象予報士 3(日本の天気の特徴をつかもう)』(森田正光監修/学研/2006.2) ・『ニッポンの二十四節気・七十二候』(環境デザイン研究所編/誠文堂新光社/2008.1) 回答プロセス:1. 児童書のNDC「44」「45」辺りの書架をブラウジングする。 (1)『はじめてふれる日本の二十四節気・七十二候 1~4』(根本浩/汐文社/2013)…気象と関連づけたものではなかった。 (2)『ぼくもわたしも気象予報士 3(日本の天気の特徴をつかもう)』(森田正光監修/学研/2006.2)…二十四節気を上げてはいないが、四季と気象を関連づけている。   2. フリーワード「二十四節気」&「天気」、「七十二候」&「天気」で自館所蔵検索し、書誌情報を確認し次の資料にあたる。 (3)『日常の気象事典』(平塚和夫編/東京堂出版/2000.3)…二十四節気と気象データを関連づけている。 (4)『ニッポンの二十四節気・七十二候』(環境デザイン研究所/誠文堂新光社/2008.1)…暦と写真・和歌・前線図を関連づけたもので、天気図の解説等もあり。   →(2)~(4)を利用者へ紹介。 →(3)は内容が難しいとのことで(2)(4)を提供。 参考資料:B10561710 ぼくもわたしも気象予報士 3 森田正光/監修 学研 2006.2 451.08 4-05-202425-7, (日本の天気の特徴をつかもう) 参考資料:B10576588 ニッポンの二十四節気・七十二候 環境デザイン研究所/編 誠文堂新光社 2008.1 449.34 978-4-416-80809-2, 参考資料:日常の気象事典 平塚和夫/編 東京堂出版 2000.3 451.91 9784490105407,

建築の塗装のクラックについて調べたい。(牛久市立中央図書館)

次の資料を紹介する。 ・『建築の塗料と塗装』(松永正/井上書院/1979.8)…p123 ・『塗装超実用テクニック読本』(足立匡広[ほか]/エクスナレッジ/2001.12)…p138 ・『塗装の事典』(吉田豊彦[ほか]編/朝倉書店/1980.4)…p243-244 回答プロセス:1. 建築の塗装とのことから、建築関係「52-」「57-」の参考資料書架をブラウジングし、次の資料にあたる。 (1)『建築学用語辞典 第2版』(日本建築学会編/岩波書店/1999.9) …p182索引でクラック=亀裂であることを確認。p169に亀裂(crack)は材料のもつ限界を超えた時に発生するひび割れ現象(=クラック)の記述あり。 (2)『塗装の事典』(吉田豊彦[ほか]編/朝倉書店/1980.4) …索引でクラックを確認し、p539・p542にあたるが、どのような場合にクラックが起こるかの記載で、クラック自体の説明はない。p243-244に塗装欠陥とその対策の「7.14 割れ」の現象に、深割れ(crasking)・浅割れ(checking)・ひび割れ(crazing)があり、割れの発生機構と対策の記述あり。   2. 書名「塗装」で自館資料検索し、ヒットした資料の書誌情報から次の資料にあたり、亀裂や問題について書かれていそうなページを確認。 (3)『塗料と塗装のしくみ』(杉本賢司編著/日本実業出版社/2005.9) …p91に外壁劣化のチェック方法の記述はあるが、クラックについての記述はなし。 (4)『絵とき「塗装」基礎のきそ』(坂井秀也/日刊工業新聞社/2006.12) …塗装の全般について書かれているが、クラックについての記述はなし。 (5)『よくわかる最新塗料と塗装の基本と実際』(坪田実/秀和システム/2016.11) …クラックの記述なし。 (6)『建築の塗料と塗装』(松永正/井上書院/1979.8) …p123の施行が完了してから経時後に発生する事故の一覧に「き裂」の項目あり。 (7)『塗装超実用テクニック読本』(足立匡広[ほか]/エクスナレッジ/2001.12) …p138の塗膜の欠陥と対策の一覧に「ひび割れ(クラッキング)」の項目あり。 →(2)(6)(7)の資料を紹介。 参考資料:B10853927 建築の塗料と塗装 松永正/著 井上書院 1979.8 525.58, 参考資料:B10297114 塗装超実用テクニック読本 足立匡広/[ほか]著 エクスナレッジ 2001.12 525.58 9784767801513, 参考資料:B10006874 塗装の事典 吉田豊彦/[ほか]編集 朝倉書店 1980.4 576.89, 参考資料:建築学用語辞典 日本建築学会/編 岩波書店 1999.9 520.33 9784000800945, 参考資料:塗料と塗装のしくみ 杉本賢司/編著 日本実業出版社 2005.9 576.8 9784534039545, 参考資料:よくわかる最新塗料と塗装の基本と実際 坪田実/著 秀和システム 2016.11 576.8 978-4-7980-4723-2, 参考資料:絵とき「塗装」基礎のきそ 坂井秀也/著 日刊工業新聞社 2006.12 576.89 9784526057922,

弁護士の成り立ちや歴史について分かる本はないか。(牛久市立中央図書館)

○所蔵している貸出可能な資料では、下記の資料に記述があった。 (1)『弁護士になるには』(田中宏、山中伊知郎/ぺりかん社/2011.10) …「弁護士の歴史」p57-61に弁護士の歴史について記述あり。   ○所蔵している貸出不可の参考図書では、下記の資料に記述があった。 (2)『国民法律百科大辞典 7』(伊藤正己編集代表/ぎょうせい/1984.11) …「弁護士」の項目ページ内のp101-102に日本の弁護士制度の沿革について記述あり。 (3)『ブリタニカ国際大百科事典 18 第2版改訂』(フランク・B・ギブニー編/ティビーエス・ブリタニカ/1991) …「法曹」の項目ページ内のp310にイギリスの弁護士制度の歴史について、p312-313に日本の弁護士制度の歴史について記述あり。 (4)『世界大百科事典 25 改訂新版』(平凡社/2007.9) …「弁護士」の項目ページ内のp673-674に各国及び日本の弁護士制度の沿革について記述あり。 回答プロセス:1. 件名「弁護士」&資料状態「所蔵」で自館資料検索。ヒットした66件の書誌の内容紹介を確認するが、弁護士という職業の歴史について扱っていそうな資料は見つけられず。    2. 1の検索結果から、NDC327.14の資料の書架をブラウジング。 →下記の資料に記述を発見。 (1)『弁護士になるには』(田中宏/山中伊知郎/ぺりかん社/2011.10) …「弁護士の歴史」p57-61に弁護士の歴史について記述あり。   3. 百科事典や専門事典に記述がないか、R031やR32-付近の書架をブラウジング。  記述のありそうな各事典類の総索引から「弁護士」の項目を確認。 →法学関係の専門事典では、下記の資料に記述を発見。 (2)『国民法律百科大辞典 7』(伊藤正己編集代表/ぎょうせい/1984.11) …「弁護士」の項目ページ内のp101-102に日本の弁護士制度の沿革について記述あり。 →百科事典では、下記の資料に記述を発見。 (3)『ブリタニカ国際大百科事典 18 第2版改訂』(フランク・B・ギブニー編/ティビーエス・ブリタニカ/1991) …「法曹」の項目ページ内のp310にイギリスの弁護士制度の歴史について、p312-313に日本の弁護士制度の歴史について記述あり。 (4)『世界大百科事典 25 改訂新版』(平凡社/2007.9) …「弁護士」の項目ページ内のp673-674に各国及び日本の弁護士制度の沿革について記述あり。   4. 件名「弁護士」+「歴史」で図書館流通センター(TRC)のTool-iを検索。 →ヒット15件の内容紹介と目次情報を確認し、記述があるかもしれないと考えた下記の資料について、タイトルで自館資料検索。 ・『私たちはこれから何をすべきなのか』(金子武嗣/日本評論社/2014.7) ・『職業史としての弁護士および弁護士団体の歴史』  (大野 正男著、日弁連法務研究財団編/日本評論社/2013.3) ・『弁護士の誕生』(谷正之/民事法研究会/2012.8) →3冊とも所蔵なし。 →茨城県図書館情報ネットワークで、上記3冊について県内の所蔵を確認。 (https://mets.elib.gprime.jp/search_pref_ibaraki/basic_table.php) ※最終アクセス日2020年4月8日 →『弁護士の誕生』のみ茨城県立図書館に所蔵あり。   5. 1~4の調査結果を質問者に報告。但し新型コロナウイルス感染拡大防止のため一部サービスを休止していることにより、現在は(1)の貸出・(2)(3)(4)の館内での閲覧やコピー、4の資料を相互貸借サービスで他図書館から借受することのいずれもできないためお詫びの上、サービス再開後に利用できる旨案内して終了。 参考資料:B10622210 弁護士になるには 田中宏/著 ぺりかん社 2011.10 327.14 978-4-8315-1280-2, 参考資料:B10008237 国民法律百科大辞典 7 伊藤正己/編集代表 ぎょうせい 1984.11 320.33, 参考資料:B10353786 ブリタニカ国際大百科事典 18 フランク・B・ギブニー/編集 ティビーエス・ブリタニカ 1991 031, 参考資料:B10573136 世界大百科事典 25 平凡社 2007.9 031 9784582034004, (改訂新版) 参考資料:茨城県図書館情報ネットワーク https://mets.elib.gprime.jp/search_pref_ibaraki/basic_table.php 2020年4月8日,

ズッキーニの栄養や効能について書かれた本を見たい。(牛久市立中央図書館)

ズッキーニはβ-カロテン、ビタミンC、亜鉛、カリウム、ビタミンKの栄養があり、コレステロールのコントロール、老化防止、高血圧症の予防などの効能がある。紫外線によってダメージを受けた肌や髪を健康にし、夏バテ解消にも効果的。血液を凝固させ、止血する作用もある。 次の資料を紹介する。 ・『NHK出版からだのための食材大全』(池上文雄監修他/NHK出版/2018.11)…p28 ・『治す食事患う食事』(Reader's Digest編集部/医道の日本社/2017.4)…p125-126 ・『からだにおいしい野菜の便利帳』(板木利隆監修/高橋書店/2008.4) …p41 ・『色の野菜の栄養事典』(吉田企世子監修/エクスナレッジ/2017.10)…p054 回答プロセス:1.フリーワード「ズッキーニ」で、自館所蔵検索。 →「ズッキーニ」の栄養についても書かれた本の所蔵はなし。   2.キーワード「野菜」「栄養」に関連する資料で請求記号「498」の棚をブラウジング。 (1)『NHK出版からだのための食材大全』(池上文雄/NHK出版/2018.11) …p28にズッキーニの栄養と効能についての記載あり。多く含まれる栄養素はカリウムで、β-カロテンやビタミンC、ビタミンEも含んでいる。効能としては、日焼けによる肌や髪のダメージを回復し、夏バテ解消にも効果を発揮する。ビタミンKが含まれるため、血液を凝固させ、止血する作用がある。カルシウムを骨に取り込むのを助ける働きもあるので、育ち盛りの子どもの骨の成長や骨粗しょう症対策にも効果的との記述あり。   (2)『治す食事患う食事』(Reader's Digest編集部/医道の日本社/2017.4) …p125-126に、ズッキーニの果肉には、LDL「悪玉」コレステロールを血流の中に吸収される前に体の外へ運ぶことによって減らす働きをする水溶性植物が含まれているとの記述あり。   (3)『からだにおいしい野菜の便利帳』(板木利隆監修/高橋書店/2008.4) …p41にカロテンやビタミンC、亜鉛が豊富で、風邪の予防や美肌に効果があり低カロリーとの記述あり。   (4)『色の野菜の栄養事典』(吉田企世子監修/エクスナレッジ/2017.10) …p054に抗ガン作用、コレステロールのコントロール、老化防止の効能があり、きゅうりとほぼ同等のβ-カロテンを含む。がんなどの生活習慣病の予防に加え、カリウムがあるので、高血圧症の予防にも効果的。ビタミンKは血液を凝固させるので、けがなどの際に止血する働きがあるとの記述あり。    →(1)~(4)の本を紹介する。 参考資料:B10795916 NHK出版からだのための食材大全 池上文雄/監修 NHK出版 2018.11 498.583 978-4-14-011360-8, 参考資料:B10719718 治す食事患う食事 Reader's Digest編集部/著 医道の日本社 2017.4 498.583 978-4-7529-7021-7, 参考資料:B10581631 からだにおいしい野菜の便利帳 板木利隆/監修 高橋書店 2008.4 498.583 978-4-471-03381-1, 参考資料:B10748234 色の野菜の栄養事典 吉田企世子/監修 エクスナレッジ 2017.10 498.583 978-4-7678-2381-2,

ツツジの花が咲かない。花を咲かせるための手入れ・剪定について書かれた本はないか。(牛久市立中央図書館)

剪定時期は、花後の6月中旬までに切ると翌年も花芽をつける。8月以降は刈り込みをやめ、11月以降に枝の伸び出たところを刈り込む。日当たりと酸性土を好み、乾燥に弱いので水やリが必須。 次の資料を紹介する。 ・『花木をはじめて育てる人に役立つ本』(船越亮二監修/主婦の友社/2017.10) p30-33。 ・『剪定「コツ」の科学』(上条祐一郎著/講談社/2016.10)…p148 ・『イラストひと目でわかる庭木の剪定基本とコツ』(内田均監修/家の光協会 /2013.10)…p96 ・『失敗しない花木・庭木150種』(船越亮二監修/主婦の友社/2008.11)…p31 回答プロセス:1.一般件名「つつじ」+状態「在架」で自館所蔵検索をし、書誌情報を確認して次の資料にあたる。 (1)『ツツジ・シャクナゲハンドブック』(渡辺洋一著/文一総合出版/2018.4) …ツツジ83種類の写真を掲載し、開花期等がわかるが、手入れについての記載はなし。   2.フリーワード「剪定」+状態「在架」で自館所蔵検索をする。書誌情報を確認し、請求記号「627」の棚をブラウジングし次の資料にあたる。   (2)『花木をはじめて育てる人に役立つ本』(船越亮二監修/主婦の友社/2017.10) …p30-33に育て方のポイントは、庭植えの場合は、雨が降れば酸性に傾くので何もしなくてもよい。鉢植えの場合は、鹿沼土やピートモスを用いるとの記述あり。剪定の時期は、6月中旬までに切ると翌年も花芽をつける。8月以降は刈り込みをやめ、11月以降に枝の伸び出たところを刈り込むとの記載あり。   (3)『剪定「コツ」の科学』(上条祐一郎著/講談社/2016.10) …p148に花が咲かないのは、花後の刈り込み時期が遅いのかもしれないとあり、花後の刈り込みを一日でも早くすることが重要で、まだしおれた花が残っているうちに、花がら落としを兼ねて刈り込みまでする。また、花芽分化以降に深く刈り込んで花芽を落とすと、まったく花が咲かないことがあるので、庭師に年末1回のみで頼んで花が咲かないことがあるのはこのためとの記述あり。   (4)『イラストひと目でわかる庭木の剪定基本とコツ』(内田均監修/家の光協会 /2013.10) …p96に株を大きくしたいとき、株の大きさを変えないとき、株を小さくしたいときの枝を切る位置がそれぞれ図入りで説明。花が終わりかけの頃に新芽が出て、新芽の先に翌年の花芽がつくので、剪定適期は花後がベスト。ツツジ類は根が浅く、地表面の水分だけで生きているので、非常に乾燥に弱いので、水やりが必須との記述あり。    (5)『失敗しない花木・庭木150種』(船越亮二監修/主婦の友社/2008.11) …p31に日当たりと酸性土を好む。花芽は新梢の先端につくので、花の終わった直後に刈り込んで整える。花芽が形成された8月以降の刈込は避け、11月以降は大きく飛び出した枝を切りとる程度にする。剪定位置が図入りで説明あり。 →以上より(2)~(5)の資料を紹介する。 事前調査事項:NHKの趣味の園芸を見ていて参考になったので、次の資料は購入し読んでいる。 ・『ツツジ、アザレア』(国重正昭著/日本放送出版協会/2002.3)…月ごとの作業内容が説明されている。 参考資料:B10744673 花木をはじめて育てる人に役立つ本 船越亮二/監修 主婦の友社 2017.10 627.7 978-4-07-427193-1, 参考資料:B10687600 剪定「コツ」の科学 上条祐一郎/著 講談社 2016.10 627.7 978-4-06-220262-6, 参考資料:B10647178 イラストひと目でわかる庭木の剪定基本とコツ 内田均/監修 家の光協会 2013.10 627.7 978-4-259-56420-9, 参考資料:B10586610 失敗しない花木・庭木150種 船越亮二/監修 主婦の友社 2008.11 627.7 978-4-07-262970-3, 参考資料:ツツジ、アザレア 国重正昭/著 日本放送出版協会 2002.3 627.74 9784140401842,

昔、浅草の隅田川の周辺に「やのくら」と呼ばれていた一帯があり、どうして「やのくら」と呼ばれるようになったのかを知りたい。(牛久市立中央図書館)

「やのくら」(矢ノ倉)は、隅田川に沿った東京都中央区東日本橋一丁目付近の旧称で、軍用の矢を納める倉が並んでいたことから「やのくら」と呼ばれた。 次の資料から判明し、紹介する。 ・『日本国語大辞典 第13巻 第2版』(小学館国語辞典編集部編集/小学館/2002.1)…p171 回答プロセス:1.「やのくら」について書かれている資料がないか、国語辞典で調べる。 (1)『日本国語大辞典 第13巻 第2版』(小学館国語辞典編集部編集/小学館/2002.1 )…p171に「やのくら」【矢ノ倉】があり、軍用の矢を納める倉が並んでいたところから東京都中央区東日本橋一丁目付近の旧称で、隅田川に沿う。との記述あり。   2.さらに次の資料にもあたったが、該当する記述はなかった。 (2)『国史大辞典 14』(国史大辞典編集委員会編/吉川弘文館/1993.4) (3)『大日本百科事典 22』(小学館/1981) (4)『岩波日本史辞典』(永原慶二監修/岩波書店/1999.10) (5)『日本歴史大事典 3』(小学館/2001.3)   3.(1)より「東京都中央区東日本橋一丁目付近の旧称」とのことなので、地名に関する資料をあたる。 (6)『角川日本地名大辞典 13』(「角川日本地名大辞典」編纂委員会編/角川書店/1978)…該当する記述なし。 (7)『日本地名大百科』(小学館/1996.12)…該当する記述なし。   →以上より、(1)の内容を電話にて回答。 参考資料:B10299727 日本国語大辞典 第13巻 第2版 小学館国語辞典編集部/編集 小学館 2002.1 813.1 9784095210131,

明智光秀が開いた宴席で、出された料理の魚が悪くなっていたため、織田信長に殴られたというエピソードの記述がある資料はありますか。(佐賀県立図書館)

次の資料に記載がありました。 (1)『川角太閤記 日本合戦騒動叢書9』 志村 有弘/著 勉誠社 1996 P33-34 (2)『新編絵本太閤記』 歴史絵本研究会/編集 主婦と生活社 1995  P132-133 信長は草履のまま光秀が用意した膳をひっくり返した。~略~鉄扇でしたたかに光秀を打った。 参考資料:川角太閤記 新編絵本太閤記,

織田信長が、豊臣秀吉を「はげねずみ」、明智光秀を「きんかんあたま」と呼んでいたことについての記述がある資料はありますか。(佐賀県立図書館)

1.「織田信長が、豊臣秀吉を「はげねずみ」と呼んでいたこと」については、次の資料に記載がありました。  (1)『東大教授がおしえるやばい日本史』 本郷 和人/監修 和田 ラヂヲ/イラスト 横山 了一/マ ンガ 滝乃 みわこ/執筆 ダイヤモンド社 2018 P96  (2)『秀吉私記』 津本 陽/著 角川書店 1996 P23-24  (3)『豊臣秀吉研究』 桑田 忠親/著 角川書店 1975 P32-33、P35  2.「明智光秀を「きんかんあたま」と呼んでいたこと」については、次の資料に記載がありました。  (4)『明智光秀のすべて』 二木 謙一/編 新人物往来社 1994 P161  (5)『明智物語』 関西大学中世文学研究会/編 和泉書院 1996 P128 参考資料:東大教授がおしえるやばい日本史 秀吉私記 豊臣秀吉研究 明智光秀のすべて 明智物語,

明治から昭和にかけて、木炭が生活の中でどう使われていたかが分かる資料はありませんか。(佐賀県立図書館)

次の資料に記載がありました。 (1)『目で見る佐賀百年史 明治・大正・昭和秘蔵写真集』 佐賀新聞社出版部/企画・編集  佐賀新聞社 1984 P371 木炭ガス発生炉 (2)『イラストでわかりやすい昔の道具百科』 岩井 宏實/文 中林 啓治/イラスト 河出書房新社 2018 P99 火鉢のイラスト(金火鉢、陶製火鉢、長火鉢) (3)『昭和のくらし博物館 新装版』 小泉 和子/文 田村 祥男/写真河出書房新社 2011 P120-123 火鉢と炬燵 (4)『古い道具と昔のくらし事典 住まいの道具と衣類』 内田 順子/監修 関沢 まゆみ/監修 金の星社 2018 P16 火鉢、P17こたつ、P64 炭火アイロン (5)『古い道具と昔のくらし事典 台所と食卓の道具』 内田 順子/監修 関沢 まゆみ/監修 金の星社 2018 P8 かまど、P62 いろり (6)『写真でみる太平洋戦争とくらし・道具事典 人びとのくらし・道具』 昭和館学芸部/監修 金の星社 2016 P32 かまど、羽釜、七輪、P33 火鉢 (7)『鳥栖・神埼・三養基の昭和 写真アルバム』 樹林舎 2017 P164 自宅で婚礼 火鉢を並べて暖めている様子 (8)『佐賀・小城・多久の昭和 写真アルバム』 樹林舎 2019 P44 火鉢を囲んで (9)『武雄・鹿島・嬉野・杵島・藤津の昭和 写真アルバム』 樹林舎 2014 P141 土間の台所、P151 火鉢を前に家族そろって、P152 皆で新年を祝う 参考資料:目で見る佐賀百年史 イラストでわかりやすい昔の道具百科 昭和のくらし博物館 古い道具と昔のくらし事典 古い道具と昔のくらし事典 写真でみる太平洋戦争とくらし・道具事典 人びとのくらし・道具 鳥栖・神埼・三養基の昭和 佐賀・小城・多久の昭和 武雄・鹿島・嬉野・杵島・藤津の昭和,

明治16(1883)年8月13日に、第1回佐賀県議会が、大和町の願正寺で開催されたか知りたい。(佐賀県立図書館)

次の資料に記載がありました。 (1)『佐賀県議会史 上巻』 佐賀県議会史編纂委員会/編 佐賀県議会事務局 1958  P205-208 (六)最初の臨時県会と議事細則 参考資料:佐賀県議会史 上巻,

福村磯吉(福谷啓吉)について調べています。 「遣米使節に同行した理由」と、「肩書きが変わっている理由」と「名前を変えた理由」を教えてください。(佐賀県立図書館)

1.「遣米使節に同行した理由」については、次の資料に記載がありました。 (1)『幕末佐賀藩の対外関係の研究』 アンドリュー・コビング/著 鍋島報效会 1994年   第一章 万延元年幕府遣米使節の佐賀藩参加 第一節遣米使節の佐賀藩参加の準備 p8 “海軍系藩士が海外に派遣される場合は長崎海軍伝習所に於ける経験が長じていること重視されたといえるであろう。” (2)『鍋島直正公伝 第5編』 中野 礼四郎/編 大正9~10年 候爵鍋島家編纂所刊の西日本文化協会 1973年 p13“福谷は精錬方の出仕、理化機械の工技に堪能なるを選まれて一行に加はりたしが” また参考として次の資料を紹介します。  福田啓吉が佐賀藩より同藩伝習生に加わった理由が書かれています。 (3)『開校廿周年記念東三河産業功労者伝』 豊橋市立商業高校 1943年 “福谷啓吉”の項目 p76“彼が單に煙花製造に熟練してゐる云ふのみでもなく、既に相當なる人物と目されてゐた 事がわかる。”  2.「肩書きが変わっている理由」については、次の資料に記載がありました。  (1)『幕末佐賀藩の対外関係の研究』 アンドリュー・コビング/著 鍋島報效会 1994年 第一章 万延元年幕府遣米使節の佐賀藩参加 第三節遣米使節に於ける佐賀藩参加の成果  p30“福谷は佐賀藩に雇われたが、出身は三河吉田であった。 (3)『開校廿周年記念東三河産業功労者伝』 豊橋市立商業高校 1943年 p75~76 福谷啓吉が佐賀藩に召し抱えられた経緯について書かれています。  3.名前を変えた理由については次の資料を紹介します。 (1) 『幕末佐賀藩の対外関係の研究』 アンドリュー・コビング/著 鍋島報效会 1994年  第一章 万延元年幕府遣米使節の佐賀藩参加 第二節佐賀藩随行員の米国に於ける動静。 p14“福谷は共に造船授業を専攻した武雄徒馬場磯吉の名前を使用したようである。” 名前を変えた理由については当館の資料には見当たりませんでした。 参考資料:幕末佐賀藩の対外関係の研究 鍋島直正公伝 第5編,

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