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2004年 (通号No.279-No.282:CA1515-CA1546)

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No.282 (CA1538-CA1546) 2004.12.20

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CA1538 - Ask a Librarian (UK)の概要と協同事業としての課題 / 依田紀久

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カレントアウェアネス
No.282 2004.12.20

 

CA1538

 

Ask a Librarian(UK)の概要と協同事業としての課題

 

1. はじめに

 現在,日本の公共図書館においても,メールやウェブフォームを中心とするデジタルレファレンスサービス(DRS)の提供が進んでおり,2004年9月時点で,実に7割以上の都道府県立図書館がそのウェブページ上にアクセスポイントを開設している(1)。しかし,DRSを提供することの社会的・歴史的意義や,提供によってもたらされる効果については,必ずしも大局的に捉えられてはいない。個々のサービスの品質や実質的規模も明らかではなく,また組織の枠組みを超えた協同型のDRSは実施されていない。

 このような現状認識を踏まえ,本稿では,英国公共図書館の協同DRSであるAsk a Librarian (UK)(2)について,その業務モデルと経緯を紹介するとともに,特に協同事業としての課題を紹介する。

 

2. 業務モデル

 Ask a Librarian (UK)の業務モデルは,協同型のDRSとして,シンプルで一般的なものである。質問は,ウェブフォームから受け付けられ,主題に関わらず当番の図書館に送付される。約80の参加館の規模は大小様々であるが,日替わりで順番に当番館となる。当番館は,基本的にすべての質問を自館の責任において処理する。しかし,蔵書の限界などの理由により回答が困難な場合には,参加館職員が参加しているディスカッション用のメーリングリストに質問を回送し,協力を仰ぐことができる。また,資料と専門性の範囲を広げるため,例えば国立電子健康図書館(NeLH;CA1536 [3]参照)のような他の館種の図書館とも協力提携している。質問応答のすべての交信記録は,アーカイブされ,事後の参照と,評価分析用に活用される。

 この業務モデルにより,24時間365日送付されてくる質問すべてに対し,48時間以内の応答を保証し,実際にはほとんどが12時間以内の応答を実現している。

 

3. 経緯

 Ask a Librarian(UK)は,1997年にEARL(Electronic Access to Resources in Libraries)コンソーシアム(3)のプロジェクトの1つとして立ち上げられた。

 1997年は英国の教育・文化政策において重要な年である。図書館を管轄する省庁は文化・メディア・スポーツ省へと改組され,図書館行政は,他の資料保存機関である文書館や博物館と同一の部門で扱われることとなった。7月には『学習社会における高等教育』(4),通称デアリング報告が発表され,その後の生涯学習社会創設を目指す政策の拠り所となった。また10月には図書館情報委員会により公共図書館の情報ネットワーク構想についての報告書『新しい図書館−市民のネットワーク』(5)が発表された。この後,本格的にネットワークインフラの整備,図書館の通信回線料の割引,図書館職員の情報技術活用のための再教育,資料の電子化促進など,一連の施策が実現することとなる。

 Ask a Librarian (UK)は,ほとんどの図書館員が個人用のメールアドレスを保有していない時代に,従来の紙メディアの情報源とウェブ情報資源の双方に通じた図書館員へのアクセス手段をウェブ上に提供することを目指して始められた先駆的な事業である。

 サービス開始当初は,急激な業務負担の増加を懸念し,利用促進等の広報活動には慎重であった。一方で,英国の公共図書館はこの時期に,上述の施策の下,信頼ある情報源を自らの手で構築し,またそれ以外の情報源に関する知見も蓄積し,職員の中に必要な理解とスキルを醸成していった。その結果,2年後の1999年には,Virtual Reference Deskにより優秀なDRSの実例として表彰された(6)。大学教授から児童生徒,ビジネスパーソンからアマチュア歴史研究家に至るまで,幅広い層から多くの利用を獲得し,昨今の検索エンジンの向上やGoogle Answers(E128 [4]参照)のような質問回答コミュニティーの拡大の中にあっても,図書館員による人的支援が市民の必要とする重要なサービスであることを示したのである。

 2001年にEARLが「市民のネットワーク」プロジェクトに道を譲る形で解散した後は,東部イングランド地域の図書館コンソーシアムであるCo-Eastが,博物館・図書館・文書館国家評議会のバックアップのもと,このサービスのホスティングと運営管理を行うこととなった。Co-Eastを構成する主要な図書館行政庁は,Ask a Librarian (UK)の立ち上げ当初からのメンバーである。

 2002年春から,非同期型では賄いきれない情報ニーズに対応し,サービスの利用方法の選択肢を広げるため,同期型DRSの提供の検討を開始した。そして翌2003年3月から9月にかけて,Tutor’s.comのVirtual Reference Toolkit(VRT)を使用して,試験的にAsk Live!としてサービスの提供を行った(7)。VRTは,チャット機能はもちろんのこと,応答待ちのユーザを管理する機能,相手のブラウザを操作する機能,各種フォーマットのファイルを共有する機能,セッション中のすべての交信記録がアーカイブされ,セッション切断後には電子メールでそれらが自動配信される機能など,ウェブベースで十分なレファレンスサービスを行うための多様な機能を備えた,同期型DRS用のミドルウェアである(8)。

 

4. 協同事業としての課題

 英国では,労働党政権が,教育を重要な柱に据え,社会的包含政策を進めている。また情報技術の発達,普及に牽引されつつ,市民からの情報ニーズも多様化,高度化している。公共図書館にとって,図書館サービスの対象から排除されていた人々を包含し,すべての人の図書館になることは重要な課題であり,また既存の利用者層に対しても,地域情報,行政情報,健康・医療情報,法律情報,ビジネス情報など,どの主題においてもより高度な情報サービスを提供することが課題となっている。

 この文脈において,Ask a Librarian(UK)のように,的確な情報技術を援用し,協同でレファレンスサービスを提供することの意義は大きいはずだ。予算等の最適な配分,主題の網羅性とそれぞれの主題に対する専門性の確保,経験と情報の共有による個々の職員の能力向上と職能集団全体としての向上,規模の確保による安定的なサービスの提供と利用促進のためのアピール度の強化など,協同でこその効果がある。また,図書館サービス全体の高度化,さらにはより高いレベルでの政策の策定においても,実際に協同で1つのサービスを実施していることの効果は小さくないだろう。

 協同の効果を享受し推進力へと変換するためには,相応の運営管理が必要である。Co-Eastの地域統括マネージャーを務め,この事業を指揮するベルービー(Linda Berube)は,Ask a Librarian (UK)の紹介文(9)の中で,その運営管理の多様な構成要素を指摘した上で,新規事業,とりわけ大規模な事業に共通する課題について整理している。すなわち,職員のトレーニング,利用者オリエンテーション,評価と影響分析,プライバシーや法的な問題,利用促進活動を列挙している。特に職員養成と評価の問題は,粘り強い取組みを要する重要なテーマであろう。

 職員のトレーニングについては,日常業務において必ずしも標準的なレファレンスサービスのあり方に通じていない職員や新規参加者に対し,質問に回答する最低限のスキルとマナーの訓練を施すことが不可欠なこととしている。ウェブフォーム型のサービスは,文書レファレンス等と同様,利用者から調査プロセスを監視されることはなく心理的プレッシャーは少ないものだが,それでもサービスの提供にとまどいを持つ職員も少なくない。一方で,オンラインであっても良質なレファレンスサービスは従来と本質的に異なるものではないと捉え,Ask a Librarian (UK)を職員の研修機会として積極的に捉える図書館もある。そのため運営主体による研修へのサポートは重要な要素となる。

 また,評価や影響分析については,利用者評価や利用者への影響のみではなく,他のサービスへの影響,職員の業務時間への影響なども考えられなければならないとしている。新しいサービス領域であるDRSが根幹的業務として定着するためには,比較可能で信頼できる統計や妥当な評価手法,品質規準の策定が必要であり,英米諸機関の協力のもと,大規模な調査研究が進んでいる(10)。特に大規模事業には,単なる成果の享受ではなく,標準化に向けての積極的な関与も期待される。

 様々な協同事業の実績を持つ英国の図書館界が取り組むAsk a Librarian(UK)において、このような課題認識が示されていることは,示唆に富む。

 

5. まとめ

 本稿では,2003年度末までのAsk a Librarian (UK)の動向と協同事業としての課題について紹介した。

 英国の公共図書館は,ニーズを先取りし新しいサービスの準備を着実に進め,その過程で技術的な経験を共有知として蓄積してきた。ベルービーは,この公共図書館の現状に対し,図書館が情報の発見や新しいコミュニケーション手段の利用において,リーダーシップを取り,指導的役割を果たすべき立場にあるとの認識を示している。

 Ask a Librarian (UK)の参加館を中心とする英国の公共図書館は,2005年には同期型の協同DRSである「市民のネットワーク質問サービス」を開始する予定である(11)。情報ニーズを持つ市民が,いつでも,どこからでも質の高い人的資源,情報資源にアクセスできるよう,さらなる改善を図っていくだろう。今後の展開が楽しみである。

関西館事業部電子図書館課:依田 紀久(よだ のりひさ)

 

(1) 日本図書館協会. “参考: 公共図書館のWebサービス”. (online), available from < http://www.jla.or.jp/link/public2.html [5] >, (accessed 2004-10-29).
(2) Ask a Librarian. (online), available from < http://www.ask-a-librarian.org.uk/index.html [6] >, (accessed 2004-10-29).
(3) EARLは,電子的な参考資料の整備や蔵書の抄録データベースの協同構築を精力的に進め,また研究開発や技術情報の提供などの活動を実施した。
(4) National Committee of Inquiry into Higher Education. Higher education in the learning society: report of the national committee. London, 1997. (online), available from < http://www.leeds.ac.uk/educol/ncihe [7] >, (accessed 2004-11-11).
(5) 英国図書館情報委員会情報技術ワーキング・グループ. (永田治樹ほか訳) 新しい図書館-市民のネットワーク-. 東京, 日本図書館協会, 2001, 131p.
(6) VRD Exemplary Services. (online), available from < http://www.vrd.org/AskA/exemplary_services.shtml [8] >, (accessed 2004-10-29).
(7) Berube, Linda. Ask Live! UK public libraries and virtual collaboration. Library and Infromation Research. 27(86), 2003, 43-50.
(8) VRTの製品情報は以下のサイトを参照;Virtual Reference TOOLKIT. (online), available from < http://www.vrtoolkit.net/Virtual_prod_serv.htm [9] >, (accessed 2004-10-29).
(9) Berube, Linda. Collaborative digital reference: an Ask a Librarian (UK) overview. Program: electronic library and information systems. 38(1), 2004, 29-41.
(10) 品質評価に関しては,シラキューズ大学のランケス(R.David Lankes),フロリダ州立大学のマクルーア(Charles R. McClure)らにより,調査研究プロジェクトが行われている。Assessing Quality in Digital Reference. (online), available from < http://quartz.syr.edu/quality/ [10] >, (accessed 2004-10-29).
(11) 'Can We Help You?' - 24/7 Librarians. The People’s Network. 2004-10-04. (online), available from < http://www.peoplesnetwork.gov.uk/news/pressreleasearticle.asp?id=345 [11] >, (accessed 2004-10-29).

 


依田紀久. Ask a Librarian(UK)の概要と協同事業としての課題. カレントアウェアネス. 2005, (282), p.2-4.
http://current.ndl.go.jp/ca1538 [12]

  • 参照(29402)
カレントアウェアネス [13]
レファレンスサービス [14]
英国 [15]

CA1539 - デンマークの公共図書館における新たな有料サービス / 岡田悟

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カレントアウェアネス
No.282 2004.12.20

 

CA1539

 

デンマークの公共図書館における新たな有料サービス

 

 2000年5月,デンマーク議会で図書館法改正案が可決され,名称も「図書館サービス法」へと変更された(CA1390 [17]参照)。この改正では,一般的な図書館サービスの無料原則を再確認しつつも,一方では,すぐれた価値をもつ特別なサービスに対して,図書館が利用者に料金を請求できるという内容が加えられた。デンマークでは,すでに資料の延滞やビデオ貸し出し等に対しての課徴金は認められていたが,この改正により,公共図書館が新たに有料の特別サービスを提供することが認められたのである。

 この図書館サービス法は,公共図書館が新たな分野の様々な有料サービスを提供する道を開いた。本稿では,2003年にC. G. ヨハンセン(Carl Gustav Johannsen)氏によって行われた調査を参考に,デンマークの公共図書館で導入された有料サービスの内容とその成果を紹介する。

 

1. 有料サービスの概要

 新たに認められた有料の特別サービスに関して,新法の中では,具体例のようなものは特に提示されてはいない。そのため,この新たな有料サービスを導入する場合は,各々の図書館が市場のニーズに即した独自のサービスを考案する必要がある。

 こうした事情を反映して,デンマークの公共図書館で新たに想定・実施された有料サービスは多岐にわたる。提供されるサービスは,たとえば,コンサルタント,ウェブデザイン,データベース開発支援,ビジネス情報調査,ナレッジマネジメント,チェンジマネジメント,マーケティング,教育カリキュラムの開発,遠隔研修,施設の貸与,専門図書館機能の代行,貸出期限の早期お知らせサービス(期限が過ぎると延滞料金が発生する理由から),資料配達サービス,などである。いままで公共図書館で扱われてきたようなサービスと比べると,サービスの多様性や対象範囲の広さがうかがえ,また,必要とされるサービスレベルが高度なものも多い。

 また,これらの有料サービスの顧客層については,他の図書館や公的機関が主なターゲットとして浮上してきている点に新たな傾向がある。そして,今まで有料サービス業務の主要顧客と考えられてきた民間会社や個人利用者の比重は相対的に低下しているようである。

 その背景には,図書館が公的機関の事情や特殊なニーズに精通していることや,自らが調査,実施してきた経験を反映した実践的なコンサルタントができるという事情がある。これは,図書館の有料サービス業務におけるコアコンピタンスであり,したがって,図書館・公的機関の顧客層に対しての有料サービスは,民間コンサルタント会社が提供するようなサービスとは必ずしも競合しないとヨハンセン氏は指摘している。

 以上をまとめると,デンマークで導入された有料サービスは,各図書館が独自に考案できるためにサービスの内容が多岐にわたる,図書館・公的機関を主なターゲットとしている,という点に大きな特徴がある。

 

2. 有料サービス導入の成果

 2000年から2003年の間にデンマークの公共図書館で実際に行われた有料サービスの結果を見ると,財政的にはまだ目立った成果が現れていない。デンマーク王立図書館の推計によれば,2002年にデンマークの全公共図書館で有料サービスから生み出された収入の合計は,約300〜400万DKK(デンマーク・クローネ:約5,460万〜7,280万円)であった。これは,1999年から2003年の間に6千万DKK(約11億円)の図書館収入増加を目指すという国家方針から考えれば,期待はずれの結果といえる。

 また,新しい有料サービスを提供する図書館を支援する目的で設立された組織である有料図書館サービスセンター(Center for betalbare ydelser:CBY)が行ったアンケート調査(回答館:90)によれば,現実に有料サービスから収入を生み出しているのは,回答中のわずか3分の1であり,83パーセントもの回答館が,この有料サービスの市場を「困難」「見込みがない」と否定的にとらえている。

 財政結果から見ると,新しい有料サービスが図書館経営に有用な成果をもたらしているとはいいがたい。しかし,実際に有料サービスを提供している図書館員たちは,低迷する収支結果にも関わらず,有料サービスの提供を続けたいと主張する。彼らは,個人の能力開発,モチベーションの維持,やりがいなどの点から,有料サービスが図書館員にとって重要な意味を持つと認識しているのである。

 実際,コンサルタントやウェブデザイン,高度なビジネス情報調査といった業務が,従事する図書館員の能力を高め,モチベーションの増加や高い責任感の創出といった効果を生むことは十分理解できる。そして,図書館員個々の成長は,サービス品質の向上,人材開発,チェンジマネジメントの進展といった図書館組織全体の成長へとつながる。これは,有料サービス業務を行っていく上での,収入以外の大きな価値であるといえる。

 

3. 展望

 有料サービス導入による組織全体への好影響を考えると,デンマークでの試みはまずは一定の成果を上げているといえる。しかし一方では,課題も残されている。

 ヨハンセン氏の調査では,現在,公共図書館で有料サービスに従事している図書館員について,有料サービス業務に意欲的に取り組んでいる反面,コスト意識と利益指向が欠如している点が指摘されている。さらに,公共図書館の経営者の間では,有料サービス業務の推進は,必ずしも優先度が高い事業とはなっていない。こうした収入形成への無関心な態度は,有料サービスに関しての現在の乏しい財政結果にも結びついているといえよう。加えて,有料サービス事業の今後に関しては,民間企業のサービス参入による競合や,図書館同士の競合による図書館組織の盛衰といったネガティブな見通しも考えられる。

 新法では,有料サービス業務について,3年以上にわたって赤字を計上してはならないと規定されている。貧弱な収支報告が継続すれば,この種の有料サービスへの否定的な意見も生まれるだろう。組織力向上や図書館員のやりがいなどのためだけに有料サービスを継続させることに,世論のコンセンサスが得られるかは疑問が残る。そのため,今後は,収入向上のためのコスト意識改革,ニーズの適切な把握やサービス品質の向上等の経営努力を行い,財政的な成果を積み上げていくことも必要となる。

 とはいえ,デンマークにおける事例は,有料サービス業務がもたらす,収入確保以外の注目すべき効果を新たに示している。こうした効果から醸成されていく組織の人的資源の多様性は,図書館が通常のサービスを行う上でも有益であり,また,図書館が今後新たな戦略を生み出していく際の素地にもなりえる。有料サービスイコール収入目的という単純な構図は,今後変化していく可能性があり,そして将来,組織の発展を主眼とした戦略的な有料サービス,という新たな定義のサービスを図書館が導入していく光景も想像できるのではないだろうか。

収集部外国資料課:岡田 悟(おかだ さとる)

 

Ref.

Johannsen, Carl Gustav. "Money makes the world go around" - fee-based services in Danish public libraries 2000-2003. New Library World. (1196/1197), 2004, 21-32.

Johannsen, Carl Gustav. Managing fee-based public library services: values and practices. Library Management. 25(6/7), 2004, 307-315.

Centre for Marketable Library Services. (online), available from < http://www.cby.dk/marketablelibrary.htm [18] >, (accessed 2004-09-17).

Nielsen, Lotte Duwe. Marketable Library Services (CBY). PULMAN Training Workshops, 2002.9. (online), available from < http://www.cby.dk/PULMANseptember2002.pdf [19] >, (accessed 2004-09-17).

 


岡田悟. デンマークの公共図書館における新たな有料サービス. カレントアウェアネス. 2004, (282), p.4-5.
http://current.ndl.go.jp/ca1539 [20]

カレントアウェアネス [13]
有料制 [21]
デンマーク [22]
公共図書館 [23]

CA1540 - フィリピン・ライブラリアンシップ法−専門職の法による確立− / 北村由美

  • 参照(14328)

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カレントアウェアネス
No.282 2004.12.20

 

CA1540

 

フィリピン・ライブラリアンシップ法−専門職の法による確立−

 

はじめに

 フィリピンでは,1990年9月の共和国法第6966号によって,司書が専門職として定義され,司書の職務内容が法制化された。その結果,新規採用の司書は,図書館情報学分野の学位取得と国家試験合格が義務になり,司書職は他の専門職と同列に扱われるようになった。通称フィリピン・ライブラリアンシップ法で知られる同法は,フィリピンにおける司書の専門性に対する認識を確固たるものにした。法制化までの背景には,第2次世界大戦以前の宗主国であった米国の影響と,政界へ多大な影響力を持つフィリピン大学を中心とした司書教育制度,そして専門職団体の力がある。

 本稿では,アジアで他に例を見ない司書の専門職性を定義したフィリピン・ライブラリアンシップ法を中心に,フィリピンにおける司書教育と司書制度について紹介する。

 

1. フィリピンの司書教育とフィリピン大学

 フィリピンにおける司書教育は,1914年にフィリピン大学で2人の米国人司書によって開講された図書館学(library economy)に関する講義が始まりである。初期の受講生たちはその後米国に渡り,帰国後フィリピンにおける司書教育に貢献する。1916年には同じくフィリピン大学に図書館学の理学士コースが開講され,1922年に学部として独立する。1932年に,サント・トーマス大学教育学部の選択科目として図書館学が導入されたのを皮切りに,フィリピン大学以外の大学でも司書教育が開始される。第2次世界大戦後は,1962年にフィリピン大学において図書館学修士課程が開始され,その後他大学でも同修士課程が始まる。1978年にはフィリピン大学において,東南アジア諸国内で初めて情報専門職養成の大学卒業者対象の講座が開始された。このようにフィリピンにおける司書教育は一貫して,フィリピン大学の主導のもとに行われている。またフィリピン大学においては,1962年にすでに司書に教員の地位が保証されている。

 

2. 専門職団体の活動と共和国法第6966号成立まで

 フィリピンで最も古い図書館関係専門職団体は,1923年に設立されたフィリピン図書館協会(Philippine Library Association)である。同協会は,軍人・駐在員夫人などの米国人女性達が1900年に結成した在マニラ米国貸出図書館協会(American Circulating Library Association of Manila)を前身とする。フィリピン図書館協会は1925年以降年次総会を開いているが,それらの会議の主賓として,ケソン大統領(1935〜1942年)や,オスメニャ副大統領(1935〜1942年)が招かれており,司書職に対する賛辞を述べている点を見ると,設立当初から同団体の政治性の高さがうかがわれる。日本占領期は活動を中止していたが,第2次世界大戦後活動を再開する。戦後は1954年にフィリピン専門図書館協会(Association of Special Libraries in the Philippines)が設立され,フィリピン公立図書館協会(Public Libraries Association of the Philippines;1959年),フィリピン図書館学教諭協会(Philippine Association of Teachers of Library Science;1964年)など各種専門職団体が次々と設立される。1966年,フィリピン図書館協会はエバ・エストラーダ・カラウ上院議員が提出したフィリピン国内におけるライブラリアンシップ実務規定に関する法案916を支持したが,成立しなかった。そのため,フィリピン図書館協会のメンバーを中心に1990年のフィリピン・ライブラリアンシップ法成立まで24年間,フィリピンにおける専門職としての司書の確立を目指したロビー活動が展開された。

 

3. フィリピン・ライブラリアンシップ法における司書専門性の定義

 フィリピン・ライブラリアンシップ法では職業規制委員会(Professional Regulation Commission)下に司書評議会(Board of Librarians)を設立することを規定しており,司書職は他の専門職と同列に扱われている。司書評議会は,司書教育および司書のレベル保持に対して全面的な責任を負う。同法ではまた,司書を国家試験合格者であると定義し,司書の専門分野の内容として,(1)記録情報の組織,普及,保存,修復,(2)図書館やそれに類する機関の組織と管理に関する助言を与えるなど専門的サービスの供給を有料もしくは無料にて行うこと,(3)図書館情報学分野の教授,(4)顧客用の書類や報告書の契約や検証,を挙げている。

 

4. フィリピン・ライブラリアンシップ法における司書資格試験の規定

 司書資格を得るためには,以下の基準を満たした上,試験に合格する必要があると定められている:(1)フィリピン共和国民である,(2)20歳以上である,(3)心身ともに健全である,(4)政府に認められた高等教育機関から図書館情報学士または図書館情報学修士を取得している。

 試験内容と比重は以下の通りで,全体の正答率75%以上,かつすべての科目の正答率が60%以上であることが合格の条件である。

  • (ア) 図書館や情報センターの組織・管理(30%)
  • (イ) レファレンス,書誌編纂,利用者サービス(20%)
  • (ウ) 選書・資料受入(15%)
  • (エ)目録・分類(15%)
  • (オ) 索引・抄録(10%)
  • (カ) 情報技術(5%)
  • (キ) ライブラリアンシップに関する法律と実務(5%)

試験合格者は3年期限の免許を授与される。

 

5. 2003年フィリピン・ライブラリアンシップ法

 フィリピン・ライブラリアンシップ法は,2003年12月に共和国法第9246号をもって改正された。新法の最大の特徴は,司書の職務としてマルチメディア形式で提供される情報の選択・収集・レファレンスが追加された点である。これに合わせて,試験内容にもマルチメディア情報資料の収集・受入や,情報サービスの運営管理など,こうした資料の取り扱いに必要な知識を問う科目が設けられるなどの変化があった。同時に,各科目の正答率の条件は50%に下げられた。

 

おわりに

 本稿では,フィリピンにおける司書の専門性を定義した共和国法第6966号成立の背景と同法の内容を見てきた。同法成立後,現在までに3,000人が司書免許を取得した。大学図書館に比べると,公立図書館・学校図書館での専門司書の割合はまだまだ不十分であるが,長い目でみればゆるやかであっても確実に浸透していくだろう。司書の専門性の法的な位置づけを勝ち取ったフィリピンのケースが,今後この国での司書職と図書館の発展にどう寄与していくのか見据えたい。

京都大学東南アジア研究所:北村 由美(きたむら ゆみ)

 

Ref.

Arlante, Salvacion M. et al. The professionalization of librarians: A unique Philippine experience. Asian Libraries. 3(2), 1993, 13-22.

Cruz, Prudenciana C. Developments in libraries of the Philippines: A country report. Country Report Submitted to CONSAL 2003 in Brunei, 2003. (online), available from < http://www.consal.org.sg/webupload/forums/attachments/2478.pdf [25] >, (accessed 2004-10-26).

“Board for Librarians Resolutions No. 06 Series of 2004: Percentage Weights for the Subjects Coverd in the Licensure Examination for Librarianship”. Librarylink. (online), available from < http://www.librarylink.org.ph/talakayan/topic.asp?TOPIC_ID=126 [26] >, (accessed 2004-10-26).

Saniel, Isidoro. History: Half a century of the Philippine Library Association. (online), available from < http://www.dlsu.edu.ph/library/plai/plai%20history.htm [27] >, (accessed 2004-10-08).

 


北村由美. フィリピン・ライブラリアンシップ法−専門職の法による確立−. カレントアウェアネス. 2004, (282), p.5-7.
http://current.ndl.go.jp/ca1540 [28]

カレントアウェアネス [13]
アジア [29]

CA1541 - 動向レビュー:情報コモンズ:情報基盤の私事化と民主主義の健全性 / 坂田仰

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カレントアウェアネス
No.282 2004.12.20

 

CA1541

動向レビュー

 

情報コモンズ:情報基盤の私事化と民主主義の健全性

 

1. 情報を巡る公共性と私事性の衝突

 著作権や特許権等のいわゆる知的財産権に対する社会的認識が深まりを見せている。最高裁判所は,2004年9月28日,ダンス教室が指導のために契約を結ぶことなく音楽を無断で使用し,著作権を侵害したとする日本音楽著作権協会の訴えを認め,約3,646万円の支払いを命じた名古屋高等裁判所判決を支持した。これまでであれば見過ごされてきたような程度の著作権利用に対しても,厳しい制裁が加えられるという状況が到来している。

 しかしその一方で,知的財産に対する過度な商業主義的囲い込み(enclosure)が,知の「公共性」を危うくするという議論も台頭してきている。科学的知見,特に社会科学のそれは,全く無の状態から創造されるものではなく,先人の業績,あるいは他者との対話(dialogue)の積み重ねから生み出される部分が多い。また,共同体(community)の存続と個人の自律的「生」にとって,ある種の情報の共有化が不可欠でもある。社会の存続にとって不可欠な情報の共有とフェア・ユース(fair use)の推進を説く「情報コモンズ(information commons)」の動きは,近年,猛烈な勢いで進む過度な「情報基盤の私事化」への危惧から生まれたものである(1)。

 だが,資本主義社会においては,J.ロック等の古典的な所有権概念を持ち出すまでもなく,個人の労働の産物(property)は,それを生み出した者に排他的に帰属することが自明の理とされてきた。情報コモンズの動きは,一見,この資本主義の公理と矛盾するかにも映る。しかし,情報コモンズが投射するこの矛盾は,人類の新たなフロンティアとでもいうべきデジタル社会において,「知」の在り方を巡って展開される「公共性」と「私事性」の衝突の一断面に他ならない。議論が絶えたことのない「公共性」と「私事性」の調和の在り方が,新たな地平においても問われ続けているともいえよう。

 では,公共性とは何を意味するのか。この問いに一義的に答えることは困難である。周知のごとく,公共性の概念は,論者によってその意味づけが微妙に異なるばかりか,そもそも両者は,厳然と峻別可能なものではなく,多分に相対的なものにすぎないという考え方すら有力である。だが本稿では,その最大公約数的存在として齋藤純一の分類に注目したい。齋藤は,公共性が語られる文脈毎に,(1)国家に関係する公的な(official)もの,(2)全ての人々に関係する共通の(common)もの,(3)誰に対しても開かれている(open)もの,という3つの意味合いが存在すると指摘している(2)。そして,(1)の国家的公共性には公共事業や公教育が,(2)の共通項としての公共性には公益,公共の福祉等が,(3)の公開としての公共性には公園や情報公開等の概念がそれぞれ密接に関わっているとする。情報コモンズを巡る議論に齋藤の分類をあてはめるならば,(2)全ての人々に関係する共通の(common)情報を,一定のルールの下に,(3)誰に対しても開く(open)べきであるという主張として位置づけることが可能であろう。

 

2. 民主主義への脅威

 情報コモンズは,民主主義と関わって論じられることが多い。その理由は,民主主義の健全性が,自由で開かれた情報の流れに依存している点にある。民主主義社会においては,主権を有する個人が主体的に活動し,積極的に政治過程にコミットメントしていくことが前提となっている。そして,真の主体的意思決定は,正確な情報に基づき熟考を重ねた上で,初めて可能となる。それ故に,主権者が判断材料とする情報を獲得可能にする環境を構築し,それを維持することは,民主主義社会の存続要件であり,情報コモンズを巡る言説の多くもこの点に関わってくる。

 情報技術の発展,特にインターネットの普及は,時間,場所,コストといったこれまで情報獲得の制約要因となってきたものを除去し,情報の流れを活性化させる契機として機能している。と同時に,マス・メディアの発達の影で,情報の「受け手」としてのみ行動することを余儀なくされていた人々に,再び「送り手」としての地位を獲得する可能性を付与することにもなった。その意味においては,情報技術の発展は,民主主義の発展に寄与する可能性があるし,また実際に多くの影響を及ぼしてもいる。

 しかしその一方で,インターネットの普及をもたらした同じ技術革新が,自由な情報の流れを阻害し,コントロールする技術をも生み出していることに留意する必要がある。フェア・ユース,ファースト・セール(first sale)(3),公共所有(public domain)等,情報の共有を可能とする従来の仕組みが,私的利益の最大化を追求する企業や個人が進める情報基盤の「囲い込み」によって,危機に瀕するという事態が顕在化しはじめている。その象徴的存在が,米国に見られる著作権に関する法制度の強化である。

 米国は,日本とは異なり,連邦憲法の中に著作権に関わる基本条項を包含している(4)。そこでは,一定期間,著作権者に著作物に関わる排他的権利を容認するとともに,期限経過後は著作物は公共の所有になるものとされ,著作権者の権利保護(私的利益)と一般の利用(公益)の調整に関する基本原理が明示されている。米国は,この規定を基軸に,新たなメディアが登場する度に,連邦法その他の下位規範を改変することで対応してきた。その最たる例が,電話や電波メディア規制の基本法としての性格を有する1934年制定の「コミュニケーション法」である(5)。

 しかし,デジタル社会を推し進める技術革新のスピードは,法制度のみならず,それを支える立法者,裁判官その他の法実務家の理解を遙かに超えるものであった。その結果として,現代社会において情報が有する価値に一早く気づきその確保に乗り出したメディア産業のロビイングによって,情報の公共性に関する本格的な議論を経ないままに,私的利益の保護に傾倒する考え方が,議会によって公式化されていくことになる。その典型が,1998年の「著作権期限拡張法(SOCTEA)」(6)と「デジタル・ミレニアム著作権法(DMCA)」(7)(CA1232 [31],1478 [32]参照)であった。

 著作権期限拡張法によって著作権の保護期間が20年延長され,デジタル・ミレニアム著作権法の下で著作権保護を回避する手段に刑事制裁が科されることになった。何れも,情報の公共性に根ざしたフェア・ユースを制限し萎縮させる効果(chilling effect)を有し,情報の自由な流れを阻害する要因となることは多言を要しない(8)。ここに,国家的「公共(official)」としての「法」が,私的セクターに取り込まれ,誰に対しても開かれているという意味の「公共(open)」を浸食し,「情報基盤の私事化」を後押しするという構図が浮上してくる(9)。その中で,民主主義の健全性を示すバロメーターというべき情報の自由な流れは脅威に晒され,創造性や文化がメディア産業によってコントロールされるという事態が着実に進んでいることを見逃してはならない(10)。

 

3. 図書館界に寄せて

 最後に,図書館界と情報コモンズの関わりについて若干のコメントを附しておくことにしたい。英米を中心とする欧米諸国は,公園や道路,それに類する多くの共有地(commons)を,市民が情報交換や討論を行う重要な場と見なし,民主主義に不可欠な存在と位置づけ,パブリック・フォーラム(public forum)論の下でその保護を図ってきた(11)。時代が下るに連れて,プリント・メディアの発達,マス・メディアによる情報発信手段の寡占化が強まる中,情報の受け手としての個人を支える新たな場が模索されていく。その重要な拠点の一つが公共図書館であったことはいうまでもない。公共図書館には,利用者が必要とする情報を主体的に選択することが可能な場として,多様な情報を保存し,それに誰もが平等にアクセスできる開かれた存在であることが期待された。ここに全ての人々に関係する(common)情報を,誰に対しても開く(open)という公共性を体現しているという意味において,「情報コモンズ」の原型を見ることができる。

 そして現在,情報技術の発展に支えられた新たな地平は,公共図書館を凌駕する可能性を有する新たなコモンズ,パブリック・フォーラムへの可能性を開いた。だがここでも同様の技術が情報コモンズとしての公共図書館を脅かすヤヌス的存在として機能することになる(12)。現在の状況が続く限り,現代型公共図書館が情報社会への対応として指向するネットワーク化が,機能不全に陥る可能性がある。情報基盤の私事化,囲い込みの進行は,ネットワークを通じて情報をやり取りし「群」として機能する公共図書館に対し,ネットワークにおける情報の自由な流通を拒否し,経済的負担を要求する傾向がより強まっていくと予測されるからである。

 早晩,図書館界は,情報化社会における自らの役割を再同定することが求められることになろう。そこには,情報基盤私事化の流れを所与の前提として,誰に対しても開く(open)という意味の公共性を後退させる道と,過度な情報基盤の私事化に戦いを挑み,情報のフェア・ユースを維持すべく努力を重ねる道の2つの選択肢が存在している。そしてこの選択は,図書館界が,民主主義の活性化,個人の自己実現に果たしてきた役割を,どの程度重視するかによって決せられることになる。

 図書館界は,これまでの経緯から,当然,第二の道を模索することになろう。だが,本質的問題は,その最終評価が,図書館界ではなく,社会を構成する全ての人々によって下されることになるという点にこそある(13)。民主主義社会は,治者と被治者の自同性が確保された社会であり,「公共(official)」としての「法」を支える正統性の源は,主権者である構成員をおいて他にない。それ故に,第二の選択肢,すなわち情報コモンズ確立の成否は,そのガイド役としての図書館界と社会との対話如何にかかっているといっても過言ではない。この点について,米国図書館協会情報技術政策部(ALA/OITP)は,図書館司書を情報コモンズのガイドとして位置づけ,その発展可能性を共同体の構成員に向かって説明していくことの重要性を説いている(E166 [33]参照)(14)。

 社会との対話を前に,図書館関係者は,自らの職務の社会的使命に関する自己認識を改めて問い直す作業を余儀なくされる。この作業を通じて,民主主義を支える施設という図書館界のこれまでの主張が,単なるスローガンに過ぎなかったのか,それとも内実の伴う存在であったのかという点が試されることになろう。果たして図書館界は,真に全ての人々に関係する(common)情報を提供してきたといえるのか。その多くがこれまで潜在的利用者に過ぎなかった構成員によってその公共性が計られるというアイロニーの中,図書館界は評価の時を迎えようとしている。

日本女子大学家政学部:坂田 仰(さかた たかし)

 

(1) 例えば,代表的な組織として「情報コモンズ」< http://www.info-commons.org/ [34] >や,「クリエィティブコモンズ」< http://www.creativecommons.org [35] >がある。 (accessed 2004-11-15).
(2) 齋藤純一. 公共性. 東京, 岩波書店, 2000, viii-ix.
(3) 著作権を有する者が,製品等を売却することによって,著作権が消費し尽くされる(exhaust)とする考え方。デジタル分野に適用されるかは,消極説が通説といわれる。しかし,近年,適用対象への取り込みを目指す法改正の動きも一部に存在する。
ファースト・セールに関わる米国連邦最高裁判所の先例としては,Quality King Distributors, Inc. v. L’Anza Research International, Inc., 523 U.S.135(1998)がある。
(4) U.S.Const. Art.1, §8, cl.8.
(5) 47 U.S.C. §151.
(6) 著作権と深い関わりを持つミュージシャン出身の議員,ソニー・ボノ(Sonny Bono)の名を冠する法律。Sonny Bono Copyright Term Act,17 U.S.C. §301.
(7) Digital Millennium Copyright Act,17 U.S.C. §1201.
(8) 萎縮効果は,法律だけではなく,言説の空間を支配する様々な規制によってももたらされる。サイバー空間を統制するコード(CODE)の重要性については,ローレンス・レッシグ(Lawrence Lessig)の指摘がある。
Lessig, Lawrence. (山形浩生,柏木亮二訳) “第1章 コードは法である”. CODE - インターネットの合法・違法・プライバシー. 東京, 翔泳社, 2001, 3-13.
(9) もっとも「市場」主義経済は,時に誰もが出入り自由な平等に開かれた制度として論じられることがある。しかしながら,本稿の文脈からは,その公開性が「経済的豊かさ」に依存する制度と措定されることはいうまでもない。
(10) ローレンス・レッシグは,巨大メディアによる法を手段とする創造性,文化の統制を問題視し,メディア産業の行動を批判する。
Lessig, Lawrence. (山形浩生,守岡桜訳) FREE CULTURE. 東京, 翔泳社, 2004, 371p.
(11) 紙谷雅子. パブリック・フォーラム. 公法研究. (50), 1988, 103-119.
(12) 但し,パブリック・フォーラムの範囲を巡っては,学説上見解が分かれており,インターネットがその範疇に含まれるか否かについては現在も議論の対立が続いている。この点が争点とされた事件としては,例えば,U.S.v. American Library Association,Inc.,539 U.S.194(2003)等がある。
(13) 第一次的評価は,図書館界に関わる人々によって下されるという点はいうまでもない。
(14) “Libraries and the Information Commons”, A Discussion Paper Prepared for The ALA Office of Information Technology Policy. (online), available from < http://www.ala.org/ala/washoff/oitp/icprins.pdf [36] >, (accessed 2004-10-25).

 


坂田仰. 情報コモンズ:情報基盤の私事化と民主主義の健全性. カレントアウェアネス. 2004, (282), p.7-10.
http://current.ndl.go.jp/ca1541 [37]

  • 参照(13944)
カレントアウェアネス [13]
動向レビュー [38]
情報インフラ [39]
著作権 [40]

CA1542 - 動向レビュー:学術的ポータルをめぐる動向 / 米澤誠

PDFファイルはこちら [41]

カレントアウェアネス
No.282 2004.12.20

 

CA1542

動向レビュー

 

学術的ポータルをめぐる動向

 

はじめに

 21世紀に入って欧米では,学術情報のポータル的提供の試みが行なわれるほか,各大学図書館でもMyLibraryなどのポータル的機能の試みが実施されている。「ポータル」というくくりで同列に論じられることの多いこれらの試みであるが,そのサービス内容や方向性には大きな違いがあるように思われる。

 本稿では,学術的なポータルを,不特定多数の利用者向けの「学術情報ポータル」と特定機関の構成員向けの「図書館ポータル」に区別するという視点から,内外の学術的ポータルの動向を紹介することにより,各種ポータルの今後の企画・運営の参考にしていただきたいと考える。

 

1. 学術情報ポータル

 まず最初に,不特定多数の利用者を対象に,様々な学術情報を総合的に提供する「学術情報ポータル」の動向について紹介する。

1.1 ドイツの学術情報ポータルVascoda

 Vascoda(E102 [42]参照)は,ドイツ連邦教育学術省とドイツ研究協会の出資により,約30の研究機関の協力のもとに提供されている学術情報ポータルである。
情報を理工学,生命科学,社会科学,人文科学の4分野に分けて,書籍,雑誌論文,インターネット情報資源というドイツ国内の質の高い学術情報を統合的に検索できるようにしている。通常の検索エンジンでは検索不可能な,2次情報データベースや図書館OPACなどの「見えないウェブ資源」の検索を実現しているのが特徴である。

 インターネット情報資源については,各分野のサブジェクトゲートウェイを統合的に検索し,各分野毎の検索結果を表示する。例えば経済学ではEconDoc,心理学ではinfoconnexなどのデータベース,政治学ではpolitics and peace guide,数学ではMathGuideなどのサブジェクトゲートウェイを参照している。また,電子ジャーナルとなっているものには,後述の電子ジャーナルポータルEZBと連携して電子ジャーナル本文へのアクセスを容易にしている。

1.2 ドイツの電子ジャーナルポータルEZB(Elektronische Zeitschriftenbibliothek)

 レーゲンスブルグ大学図書館がミュンヘン工科大学図書館と協力して開発したEZBは,複数機関による共同構築型電子ジャーナル目録データベースとして注目すべきものである。2004年10月現在277の図書館・研究機関が,共同収集と書誌データのメンテナンスを行っている。米国議会図書館(LC)も,このデータベースに参加している。

 収録している約20,000タイトルは,分類毎のブラウズ,タイトル順のブラウズが可能なほか,タイトルでの検索もできる。ライセンス情報は各参加機関固有の情報として個別に管理され,ジャーナルリスト表示の際にはその固有情報に基づいて信号機をイメージしたサインでアクセス可否を表示している。自由にアクセスできる約7,700タイトルには「青信号」,契約によりその機関が利用可能なものには「黄信号」,契約をしていないため利用不可能なものには「赤信号」が付されており,簡明な画面全体のレイアウトとともに,利用者に非常に分りやすいインターフェイスとなっている。

 書誌情報の維持についても配慮しており,ドイツ雑誌総合目録データベース(Zeitschriftendatenbank:ZDB)との間で目録作成手順を共有したり,ZDBの書誌データとの連携(リンク)も実現している。

 技術的には,データベースにMySQL,ウェブサーバーにはApache,インターフェイスにはPHPという,パブリック・ドメインまたはオープンソースで構築されている。リストが要求された時点でデータベースからデータを採取し,それを編集加工してジャーナルリストを表示するという動的なシステム構造となっている。

 わが国の大学図書館などが,それぞれの自主努力により電子ジャーナル集を維持・管理している現状を見ると,EZBでの共同構築の取組みは模範となるべきものであろう。1997年からこのプロジェクトを推進し,共同構築事業を成功に導いたフッツル(Evelinde Hutzle)氏の企画力には,大いに学ぶべきものがある。

1.3 日本の学術情報ポータルGeNii

 ドイツのVascodaに相当する学術情報ポータルとして,国立情報学研究所(NII)の学術コンテンツ・ポータルGeNiiがある。これは,従来から行ってきた総合目録データベースWebcat,情報検索サービスNACSIS-IR,電子図書館サービスNACSIS-ELSに加えて,論文情報ナビゲータCiNii,電子ジャーナルリポジトリNII-REO,図書情報ナビゲータWebcatPlus,大学Webサイト資源検索JuNiiなどの多彩なコンテンツを擁するものである。これらのコンテンツが完全に統合され,コンテンツ自体もさらに充実すれば,日本を代表する学術情報ポータルになるものと期待される。

1.4 東京学芸大学の教育系学術情報ポータルE-TOPIA

 特定主題分野のポータルの試みとして,東京学芸大学のE-TOPIAに注目したい。このサイトでは,同大学が作成した教育情報の総合的データベースやオンライン・チュートリアルとして有用な独自に作成したパスファインダーが利用できるほか,ネットワーク上に分散する複数データベースの統合検索機能も備えている。

 単一の大学として提供するポータルとしては,非常に豊富な機能が取り揃えられているものであり,今後は,同様の教育系大学による共同コンテンツ作成が望まれるところである。

 

2. 図書館ポータル

 次に,主にその機関内の利用者を対象として,その機関の構成員に見合った学術情報を提供する「図書館ポータル」の動向について紹介する。

2.1 MyLibrary

 MyLibraryとは,図書館利用者が自分の利用傾向にあったポータルページにカスタマイズできるというサービスで,Yahoo!などにも類似の機能を見ることができる。米国では,様々な図書館・研究機関でこのパーソナライズ機能を実現している。ノースカロライナ州立大学NCSUはオープンソースとしてMyLibrary@NCSU [43]を公開・提供しており,欧米の多くの大学がこのオープンソースを利用してMyLibraryサービスを実現している。

 日本でも,このオープンソースを再利用した図書館システムが登場しつつある。京都大学のiLiswave MyLibrary,立命館大学のRUNNERS MyLibraryなどがそれであり,電子ジャーナル,リンク集,図書館OPACなどを自由に組み合わせて,自分の好みの色づかいのページを作成できるとともに,自分の貸出状況なども確認できるサービスを実現している。

 ほかに,コーネル大学,ロスアラモス国立研究所などでも,独自にMyLibraryサービスを開発している。

2.2 統合検索機能

 米国研究図書館協会(ARL)では,2002年から3年計画でARL学術ポータルプロジェクト(ARL Scholars Portal Project)を開始し,英国Fretwell-Downing社をパートナーとした製品開発を行っている。開発されたMyLibrary製品ZPORTALは,図書館OPAC,電子ジャーナル,検索エンジンなどを統合検索できるもので,検索結果の重複処理・ソート機能,検索式・検索結果の保存機能などを有する。

 統合検索の対象としては,Z39.50ターゲットのほかに非Z39.50(通常のウェブ)データベースも選択できるようになっている。また,Open-URL(CA1482 [44]参照)により検索結果の文献にアクセスが可能となっている。このほかに,利用者のプロファイルを登録するなどのMyLibrary機能も備えている。

 また,トムソンISI社では,Web of Knowledgeの機能拡張としてWebfeatという統合検索機能を用意している。この機能により,従来Web of Knowledgeで検索可能であったWeb of ScienceやCurrent Contentsなどのほかに,他社のデータベース製品やアクセスフリーのデータベース,Z39.50の図書館OPACなどを統合検索できるようになる。Webfeatはソフトウェアパッケージとして提供されるのではなく,Web of Knowledgeの1サービスとして提供されている。

2.3 米国におけるポータル機能の考察

 上記ARLでの図書館ポータルプロジェクトのほか,ポータルのあり方を考える上で,2003年8月に公表されたOCLC研究部門長のデンプシー(Lorcan Dempsey)氏の論考『図書館の再構築:ポータルと利用者(The recombinant library : portal and people)』が有益である。この論考では,これまでの図書館ポータルの試みについてレビューを行った上で,図書館ポータルを(1)固定的な情報提示 → (2)カスタマイズ可能な情報提示(MyLibrary)と固定的な統合検索(統合検索機能)→ (3)カスタマイズ可能な統合検索という図式で分析している。

 また,図書館ポータルの機能的要件についても論じ,図書館ポータルは単にMyLibrary機能と統合検索機能にとどまらないという重要な指摘をしている。さらに,図書館資源を場所・資料・サービスの3要素とする観点から,今後図書館ポータルが果たす役割と意義について論じている。図書館ポータルが果たすべき理念を考える上で,必読の文献であろう。

 またLCとしては,LCPAIG(Library of Congress Portals Applications Issues Group)が米国議会図書館のためのポータルアプリケーションの機能リストを2003年7月に公表した(E109 [45]参照)。このグループでは,ZPORTAL,MetaLib/SFX,ENCompass/LinkFinderPlusといった製品の比較検討を通じて,LCが実現すべき図書館ポータルの機能要件約240項目を,一般的事項,クライアント,検索機能,ヘルプ機能等,知識データベース,認証機能,管理機能等に分けて提示している。図書館ポータルの方向性を把握するためには向かないが,技術的な詳細要件を検討するための材料として利用することができるであろう。

2.4 日本におけるポータル機能の考察

 日本では,国立大学図書館協議会の図書館高度情報化特別委員会ワーキンググループが,2003年5月に図書館ポータルの検討および提言を行なっている。これがわが国における図書館ポータルのあり方についての最もよくまとまった検討資料であろう。総合的ポータル,図書館ポータル,パーソナライズポータルという観点で論述し,わが国での実現可能性について提言しているところは,現時点でも通用するものである。

 また,図書館ポータルだけではなく,機関リポジトリ,資料の電子化,サブジェクトゲートウェイ,デジタルレファレンス,オンライン・チュートリアルについての提言も,将来的な企画の指針となるところであろう。

 

おわりに

 本稿では,様々な学術的ポータルの取組みについて,注目すべき動向を中心に紹介した。日本においても,MyLibraryの実現など図書館ポータル普及の兆しがみられる。利用者志向のサービスを目指した図書館ポータル機能の充実は,今後ますます望まれるところであろう。

東北大学附属図書館:米澤 誠(よねざわ まこと)

 

Ref.

Vascoda. (online), available from < http://www.vascoda.de/ [46] >, (accessed 2004-10-10).

Universitaetsbibliothek Regensburg. EZB : Elektronische Zeitschriftenbibliothek. (online), available from < http://rzblx1.uni-regensburg.de/ezeit/ [47] >, (accessed 2004-10-10).

国立情報学研究所. GeNii: NII学術コンテンツ・ポータル. (オンライン), 入手先< http://ge.nii.ac.jp/ [48] >, (参照2004-10-10).

東京学芸大学附属図書館. E-TOPIA: 教育系電子情報ナビゲーションシステム. (オンライン), 入手先< http://library.u-gakugei.ac.jp/etopia/ [49] >, (参照2004-10-10).

Morgan, Eric Lease. MyLibrary. (online), available from < http://dewey.library.nd.edu/mylibrary/ [50] >, (accessed 2004-10-10).

Dempsey, Lorcan. The recombinant library: portals and people. Journal of Library Administration. 39(4), 2003, 103-136.

Library of Congress Portals Applications Issues Group. List of Portal Application Functionalities for the Library of Congress. 2003. (online), available from < http://www.loc.gov/catdir/lcpaig/portalfunctionalitieslist4publiccomment1st7-22-03revcomp.pdf [51] >, (accessed 2004-10-10).

国立大学図書館協議会図書館高度情報化特別委員会ワーキンググループ. 電子図書館の新たな潮流.2003. (オンライン), 入手先< http://wwwsoc.nii.ac.jp/janul/j/publications/reports/73.pdf [52] >, (参照2004-10-10).

 


米澤誠. 学術的ポータルをめぐる動向. カレントアウェアネス. 2004, (282), p.10-12.
http://current.ndl.go.jp/ca1542 [53]

  • 参照(16677)
カレントアウェアネス [13]
動向レビュー [38]
学術情報 [54]

小特集 - オープンアクセスをめぐる動向(英米の報告書を中心に)

 

カレントアウェアネス
No.282 2004.12.20

 

小特集

 

オープンアクセスをめぐる動向(英米の調査報告書を中心に)

 

 学術研究,とりわけ科学技術分野の研究活動において,学術情報のオープンアクセス化に向けた運動が近年活発になっている。最近では,英国・ウェルカム財団,英国下院科学技術委員会,米国国立衛生研究所などからオープンアクセスの推進に向けた調査報告書の発行が続いており,この動きは注目に値する。

 本号では,これらの機関が発行した報告書を中心に,英米におけるオープンアクセスの動向を取り上げる。
CA1543 [動向レビュー]科学研究出版の費用分析とビジネスモデル [55]
CA1544 [動向レビュー]英米両国議会における学術情報のオープンアクセス化勧告 [56]

  • 参照(9469)
カレントアウェアネス [13]
動向レビュー [38]
学術情報 [54]
オープンアクセス [57]
英国 [15]

CA1543 - 動向レビュー:科学研究出版の費用分析とビジネスモデル / 芳鐘冬樹

PDFファイルはこちら [58]

カレントアウェアネス
No.282 2004.12.20

 

CA1543

動向レビュー

 

科学研究出版の費用分析とビジネスモデル

 

はじめに

 科学研究コミュニケーション,特に自然科学分野のコミュニケーションにおいて,学術雑誌を通した知識の頒布・蓄積の果たす役割は大きい。研究活動という社会的営みを支える基盤的システムであるピアレビューも,もともとは学術雑誌への投稿論文の掲載可否を判断するために生じたシステムであり(1),ピアレビューが制度化された17世紀以降,研究活動の学術雑誌への依存は非常に大きなものとなっている。

 本稿では,学術雑誌の出版をめぐる今日的状況を概観したうえで,その経済的な側面,特に新たなビジネスモデルについての整理を行う。

 

1. 科学研究出版の現況

 科学研究出版に関わる近年の動向として一般に言われていることは,電子出版の普及と学術雑誌の価格高騰であり,これらの2つの動きが,科学研究出版の新たなビジネスモデルである後述の「オープンアクセス出版」が出現した背景にある。学術雑誌の価格が高騰し,大学図書館の予算では雑誌の購読を切りつめざるを得なくなる,いわゆる「シリアルズ・クライシス(Serials Crisis)」は,それにより「科学に再投資するための購読料は消え去り,よってその学協会,ひいては科学プロセス全体が弱体化する事態を引き起こす」ものという指摘もあり(2),科学研究コミュニケーションの根幹に関わる問題として認識されるようになってきている。

 一方,1990年代以降のインターネットの普及に伴い,急速に増加していった雑誌の電子出版,つまり電子ジャーナルは,学術雑誌の価格高騰に関連して,2つの側面を持つ。1つは,ビッグ・ディール(Big Deal)と呼ばれる雑誌購読のパッケージ化の促進であり,結果として図書館の購読誌の選択が制限されてしまうという問題も指摘されている。もう1つは,シリアルズ・クライシスに抗しうる出版形態を支えるメディアとしての側面である。以下に述べる「オープンアクセス運動」は,インターネットを介した電子出版が基盤となっている。

 

2. オープンアクセス運動

 シリアルズ・クライシスに象徴されるように,科学研究コミュニケーションが商業出版社の支配的な影響下にある現状を変革するため,科学研究出版に適正な競争を求めて,研究成果の生産者であり利用者である研究者自身の手に,科学研究コミュニケーションを取り戻そうとする様々な動きが,1990年代末から起きてきている。その代表的な試みの1つがSPARC(3)である。SPARCは,米国の研究図書館協会(ARL)によって創設された組織であり,提携機関との協力による低価格の代替誌の出版などを推進して成果をあげている(CA1469 [59]参照)。

 そして世紀が改まり,ここ数年,特に注目されているのが,「オープンアクセス」という理念である。オープンアクセスとは,「インターネット上で自由に入手でき,その際,いかなる読者に対しても,論文の閲覧,ダウンロード,コピー,配布,印刷,検索,全文へのリンク付け,索引付け,データとしてソフトウェアに転送すること,その他,合法的な用途で利用することを許可し,財政的,法的,技術的障壁を設けない」ことを意味するものとされる。オープンアクセスの上記の定義は,2002年にOpen Society Institute (OSI)が母体となって創設されたブダペスト・オープンアクセス運動(Budapest Open Access Initiative:BOAI)(4)によるものである。オープンアクセス運動を推進するBOAIは,研究者のセルフアーカイビングとともに,オープンアクセス雑誌の出版を推奨している。

 BOAIの宣言以降も,2003年6月のBethesda Statement on Open Access Publishing(5),同年10月のベルリン宣言(6)(E144 [60]参照)および英国ウェルカム財団(Wellcome Trust)の声明(7),同年12月の国際図書館連盟(IFLA)の声明(8)(E185 [61]参照)など,オープンアクセスを支援する動きは続いており,また,前述のSPARCも支援運動に加わっている(E111 [62]参照)。

 オープンアクセス雑誌の出版に積極的に取り組んでいる組織として挙げられるのが,BioMed Central,そしてPublic Library of Science (PLoS)である(CA1433 [63],E046 [64]参照)。両者とも,雑誌購読者ではなく,論文投稿者に課金することで成り立たせる,従来とは異なるビジネスモデル(E237 [65]参照)を導入しており,利用者は,これらの組織が出版するオープンアクセス雑誌を無料で閲覧することができる。この新しいビジネスモデルは,科学研究の成果への自由なアクセスの保障をもたらすものであるが,一方で,実現性・継続性が疑問視されるなど,問題点の指摘も多い(9)。

 

3. 科学研究出版の費用分析

 既に述べたように,オープンアクセス出版が可能になった背景の1つに電子技術の発達がある。Openly Informaticsが提供するeFirst XML(10),サウサンプトン大学(University of Southampton)の開発によるEPrints(11),英国のデジタル図書館プログラムeLib(UK electronic Libraries Programme;CA1333 [66]参照)の一環として始まったESPERE(12),ICAAP (International Consortium for the Advancement of Academic Publications)のMyICAAP(13),ノッティンガム大学(University of Nottingham)のSHERPA(14)などのような,アーカイビング,出版プロセス電子化のシステム・サービスが利用可能になっている。そのような電子技術は,出版に要する時間を短縮するだけでなく,出版費用の削減により,出版マーケットへの新規参入を(ある程度は)容易にするものである。

 ウェルカム財団は,2004年4月発表の報告書『科学研究出版の費用とビジネスモデル』(E196 [67]参照)で,電子出版を前提としたうえで,購読料によって支える伝統的なモデルと比較しつつ,著者への課金によって支えるオープンアクセス出版という新しいビジネスモデルに関する分析を行っている(15)。その要点を以下に紹介する。

  • 雑誌出版の費用の内訳は,固定費用として,論文の選択・査読,校正,組版などに関わる編集費用,可変費用として,用紙代や,流通,販売,マーケティングなどに関わる費用,その他の間接費がある。電子ジャーナルの場合,用紙代や従来の流通費用の代わりに,出版のための電子システムの維持費用がかかるが,通常,印刷媒体の雑誌より若干安価である。
  • 論文の著者が出版費用を負担するオープンアクセス雑誌は,著者への課金の管理費用が固定費用に加わるが,購読管理,ライセンス交渉といったアクセス管理のための可変費用はかからない。そのため,著者負担の雑誌では,流通費用のほとんどは論文・雑誌の発行部数により変化せず(限界費用が0に近く),購読者負担の雑誌より総費用は低くすむ。
  • 1論文あたりのおよその出版費用を見積もると,図のようになる。ここで,「質の高い雑誌」とは,採択率が低く,質の高い論文が載る雑誌を,「中程度の雑誌」とは,採択率が高く,中程度の論文が載る雑誌を指す。

     

    図 1論文あたりのおよその出版費用
    図 1論文あたりのおよその出版費用
      質の高い雑誌 中程度の雑誌
    購読者負担 著者負担 購読者負担 著者負担
    固定費用 $1,650 ( 183,150) $1,850 (205,350) $825 ( 91,575) $925 (102,675)
    可変費用 1,100 ( 122,100) 100 ( 11,100) 600 (66,600) 100 ( 11,100)
    総費用 2,750 ( 305,250) 1,950 (216,450) 1,425 (158,175) 1,025 (113,775)

     
  • 総費用(質の高い雑誌の場合1,950USドル,中程度の雑誌の場合1,025USドル)に対して,すべての論文の投稿者に,採択されるか否かにかかわらず,査読の費用として175USドル程度の投稿料を課し,採択された論文の著者に,さらに250〜750USドル程度の出版料を課せば,オープンアクセス出版は持続可能である。(質の高い雑誌の場合は採択率を8分の1,中程度の雑誌の場合は採択率を2分の1として算定。)

 出版費用の点から見て,著者負担のオープンアクセス出版は実行可能な選択肢であり,購読者負担の雑誌の価格設定に重大な影響を与えうる。報告書は,オープンアクセス出版は研究者コミュニティに貢献しうるものと結論付けている。

 

おわりに

 出版費用とともに,論文を投稿する研究者にとって問題となるのが,業績としての評価である。前述の宣言や声明でも,オープンアクセス雑誌の論文を適正に評価すべきというような提言が盛り込まれている。研究評価の原則から言えば,論文採択においてピアレビューが適正に行われている限り,オープンアクセスか非オープンアクセスかを区別する理由はない(16)。研究者コミュニティに与えるインパクトは,むしろ,アクセスを制限しないオープンアクセス雑誌の方が,より大きいと考えられる。実際に被引用回数を分析した結果,両者にほとんど差はない,あるいはオープンアクセスの方が,引用インパクトが大きいという報告もある(17)。

 オープンアクセス出版が科学研究出版マーケットに与えた「インパクト」を持続させるうえでは,やはり経済的な側面の問題が大きいだろう。研究者にとって投稿料の負担は必ずしも小さくないといった指摘も多く(18),研究機関・助成団体の協力,商業出版社との協調など,多面的な取り組みが必要とされる。

大学評価・学位授与機構評価研究部:芳鐘 冬樹(よしかね ふゆき)

 

(1) 林隆之. ビブリオメトリクスによるピアレビューの支援可能性の検討:理学系研究評価の事例分析から. 大学評価. (3), 2003, 167-187.
(2) バックホルツ, アリソン. (高木和子訳) SPARC:学術出版および学術情報資源共同に関するイニシアチブ. 情報管理. 45(5), 2002, 336-347.
(3) SPARC: The Scholarly Publishing and Academic Resources Coalition. (online), available from < http://www.arl.org/sparc/ [68] >, (accessed 2004-09-26).
(4) Budapest Open Access Initiative. (online), available from < http://www.soros.org/openaccess/ [69] >, (accessed 2004-09-26).
ウェルカム財団が定義するオープンアクセスも,ほぼ同様のものである。
Wellcome Trust. “Wellcome Trust Position Statement in Support of Open Access Publishing”. (online), available from < http://www.wellcome.ac.uk/doc%5Fwtd002766.html [70] >, (accessed 2004-10-23).
(5) ハワード・ヒューズ医学研究所の呼びかけによる。
Bethesda Statement on Open Access Publishing. (online), available from < http://www.earlham.edu/~peters/fos/bethesda.htm [71] >, (accessed 2004-09-26).
(6) Max-Planck-Gesellschaft. “Berlin Declaration on Open Access to Knowledge in the Sciences and Humanities”. (online), available from < http://www.zim.mpg.de/openaccess-berlin/berlindeclaration.html [72] >, (accessed 2004-09-26).
(7) Wellcome Trust, op. cit.
(8) International Federation of Library Associations and Institutions. “IFLA Statement on Open Access to Scholarly Literature and Research Documentation”. IFLANET. (online), available from < http://www.ifla.org/V/cdoc/open-access04.html [73] >, (accessed 2004-09-26).
(9) 熊谷玲美. オープンアクセス出版. 情報管理. 47(1), 2004, 33-37.
(10) eFirst XML. (online), available from < http://www.openly.com/efirst/ [74] >, (accessed 2004-09-26).

(11) EPrints.org. (online), available from < http://www.eprints.org/ [75] >, (accessed 2004-09-26).
例えば,図書館情報学分野では,EPrintsを利用したE-LISというオープンアーカイブが存在する。2004年9月26日現在で,1,470件の論文が登録されている。
ELIS: E-prints in Library and Information Science. (online), available from < http://eprints.rclis.org/ [76] >, (accessed 2004-09-26).
(12) ESPERE. (online), available from < http://www.espere.org/ [77] >, (accessed 2004-09-26).
(13) MyICAAP. (online), available from < http://www.icaap.org/database/icaap_en.shtml [78] >, (accessed 2004-09-26).
(14) SHERPA (Securing a Hybrid Environment for Research Preservation and Access). (online), available from < http://www.sherpa.ac.uk/ [79] >, (accessed 2004-09-26).
(15) 費用の見積もりは,出版関係者との議論,および出版費用を扱った既往研究の調査に基づいている。
(16) 無論,査読を終えていないプレプリントは事情が異なる。
(17) 雑誌単位の分析の報告としては,
Thomson ISI. The Impact of Open Access Journals: A Citation Study from Thomson ISI. 2004. (online), available from < http://www.isinet.com/media/presentrep/acropdf/impact-oa-journals.pdf [80] >, (accessed 2004-09-26).
論文単位の分析の報告としては,
Harnad, S. et al. Comparing the impact of Open Access (OA) vs. non-OA articles in the same journals. D-Lib Magazine. 10(6), 2004. (online), available from < http://www.dlib.org/dlib/june04/harnad/06harnad.html [81] >, (accessed 2004-09-26).
などがある。
(18) 例えば,土屋俊. 学術コミュニケーションの動向と著作権:学術情報資源の電子化の中で. こだま:金沢大学附属図書館報. (152), 2004, 2-5.

 

Ref.

Wellcome Trust. Economic analysis of scientific research publishing. Wellcome Trust, 2003, 33p. (online), available from < http://www.wellcome.ac.uk/assets/wtd003182.pdf [82] >, (accessed 2004-10-23).

Wellcome Trust. Costs and business models in scientific research publishing. Wellcome Trust, 2004, 24p. (online), available from < http://www.wellcome.ac.uk/assets/wtd003184.pdf [83] >, (accessed 2004-10-23).

松下茂. オープンアーカイブの現状と課題. 医学図書館. 49(4), 2002, 326-333.

松下茂. オープンアクセスと出版. 出版研究. (34), 2003, 19-30.

Crow, Raym. “SPARC 2003:機関レポジトリーとオープン・アクセス”. 電子図書館と電子ジャーナル:学術コミュニケーションはどう変わるか (情報学シリーズ. 8). 東京, 丸善, 2004, 79-90.

 


芳鐘冬樹. 科学研究出版の費用分析とビジネスモデル. カレントアウェアネス. 2004, (282), p.13-15.
http://current.ndl.go.jp/ca1543 [55]

  • 参照(18468)
カレントアウェアネス [13]
動向レビュー [38]
学術情報 [54]
オープンアクセス [57]
英国 [15]

CA1544 - 動向レビュー:英米両国議会における学術情報のオープンアクセス化勧告 / 筑木一郎

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カレントアウェアネス
No.282 2004.12.20

 

CA1544

動向レビュー

 

英米両国議会における学術情報のオープンアクセス化勧告

 

1. オープンアクセスの流れ

 オープンアクセス(Open Access)の流れが加速している。オープンアクセスとは,インターネットなどを通して情報を誰にでも無料で利用可能にするという理念であり,近年,欧米の学術コミュニティを中心に,研究論文など学術情報をオープンアクセス化しようとする動きが急速に広がりつつある。学術雑誌価格の高騰によるいわゆるシリアルズ・クライシス(Serials Crisis)(1)と,インターネットの普及など電子的環境の広がりを受けて,研究成果の流通を学術コミュニティの手に取り戻そうとする研究者や図書館界により主導されている。特に,研究にスピードを求める科学・技術・医学といったいわゆるSTM分野において関心が高い。

 学術情報のオープンアクセス化には,オープンアクセス雑誌を創刊することと,研究成果のセルフ・アーカイビングを促進することのふたつの戦略があるといわれている。オープンアクセス雑誌は,査読を経た研究論文をインターネット上で発表し,読者に無料で提供する学術雑誌であり,例えばPublic Library of Science(PLoS;CA1433 [63],E046 [85]参照参照)やBioMed Central(BMC)といった機関が提供を始めている(2)。これらの機関では,雑誌を無料で提供しながら採算事業として成り立たせるために,従来の機関購読などに代わって著者支払い型(author pays)モデルと呼ばれる新しいビジネスモデルを提唱している(E237 [65]参照)。

 セルフ・アーカイビングについては,著者が自らのウェブサイトに雑誌掲載論文を再掲載する方法とともに,機関リポジトリ(Institutional Repository)という仕組みが普及しつつある。機関リポジトリとは,大学など学術機関が自機関で生産された知的生産物を収集し,保存し,配信するためのデジタル・アーカイブのことである。欧米で主に図書館の事業として広がりつつあり,代表的な事例としてはマサチューセッツ工科大学図書館のDSpace@MIT [86](CA1527 [87]参照)などがある。研究成果の長期保存とアクセスを保証するとともに,機関における情報発信ポータルとして社会的機能を果たす。また,OAI-PMH(CA1513 [88]参照)など相互運用性を高める技術を活用することで,リポジトリのネットワークを構築し,学術情報へのアクセシビリティを高める試みも進められている(3)。

 一方,国際政治の場でもオープンアクセスの理念に関心が示されるようになっている。2003年12月,国連世界情報社会サミット(WSIS)で採択された基本宣言(4)には,科学技術情報へのユニバーサルアクセスを促進するよう努力すると明記された(E159 [89]参照)。2004年1月,経済協力開発機構(OECD)科学技術政策委員会の閣僚級会合においても,日本を含む34か国が「公的資金による研究データのアクセスに関する宣言」(5)を採択し,OECDは公的資金の助成による調査研究データへのアクセスを拡大するための原則とガイドラインの作成に入っている(E173 [90]参照)。こうした流れの中で,2004年7月,英米両国の議会が学術情報のオープンアクセス化を勧告するという局面が訪れた(E222 [91]参照)。

 

2. 英国下院科学技術委員会の勧告

 2004年7月20日,英国下院科学技術委員会(House of Commons Science and Technology Committee)は『科学研究出版物:全てのひとに無料で?(Scientific Publications: Free for all?)』(6)と題する報告書を公刊し,政府に対して科学技術情報のオープンアクセス化を推進するよう勧告した。雑誌価格の高騰と図書館予算の逼迫により,研究に必要な科学雑誌(電子ジャーナルを含む)の提供が不十分なものになっていることを指摘した上で,研究成果へのアクセスを改善するため,全ての高等教育機関に機関リポジトリを設置して,公的資金で助成された研究成果を収録し無料で提供すること,著者支払い型の出版モデルを実験的に推進することなどを柱とした勧告を行った。

2.1 勧告までの経緯

 前述のような国際的な機運の中でも,特に英国では情報システム合同委員会(JISC)の助成による機関リポジトリ推進プログラムSHERPA(Securing a Hybrid Environment for Research, Preservation and Access)(7)などが2002年から始まっており,また独立系研究助成機関であるウェルカム財団もオープンアクセスを支持する活動を行っている(CA1543 [55]参照)など,オープンアクセスへの関心が高い。

 こうした流れの中で,下院科学技術委員会は,2003年12月,科学研究出版物のアクセス,価格,利用可能性について調査を実施すると発表した。委員会はまず,出版社の価格設定や提供方法が学術コミュニティに及ぼす影響,オープンアクセス雑誌について政府のとるべき姿勢などについて,関係諸機関に公式文書の提出を求めた。次に,2004年3月から5月にかけて,エルゼビア社やブラックウェル社など学術出版社大手,学協会出版者協会(ALPSP),BMC,PLoS,大学図書館,英国図書館(BL),大学研究者,JISC,高等教育財政審議会(HEFCE),政府系研究助成機関である研究会議(Research Councils)といった主要な利害関係者に対してヒアリングを行った。

2.2 現行の学術出版モデルへの評価

 こうした経緯で7月に公表された報告書では,文書またはヒアリングでの証言を核に科学研究の要である学術情報流通の現状と課題について分析している。以下では,報告書の論点を3点に絞って紹介したい。

 報告書の第1の特徴は,科学研究を推進する立場から,現行の学術出版モデルに対して厳しい評価がなされている点である。特に,消費者物価指数に比べて5倍以上とされる雑誌価格の高騰に注意を向けている。出版社側は値上げの理由を,投稿される記事の増加,査読システムにかかるコスト,電子出版に対する設備コスト,利用統計における利用率の高さなどに求めているが,委員会は完全には納得しておらず,こうした価格付けの傾向をモニターするための方法を,JISCを中心に策定していくように求めている。

 アクセスの面からは,電子ジャーナルの一括契約方式やコンソーシアム・サイトライセンス,いわゆるビッグ・ディール(Big Deal)が,個々の大学で利用できるタイトル数を増大させる効果を持ちながら,コンテンツの囲い込みの結果として,キャンセルすると契約していたバックナンバーも利用できなくなるといった弊害も発生させていると報告している。

 学術雑誌市場の寡占状態と大手出版社の高利益率に関しては,公正取引委員会に合併・買収がどのように学術雑誌の価格と市場に影響を及ぼしたか調査し,今後の市場動向についてモニターするように求めている。

2.3 機関リポジトリの推進

 第2の特徴は,科学情報へのアクセシビリティを向上させる有効な手段として,機関リポジトリを位置付けている点である。機関リポジトリに関する勧告の骨子は,(1)全ての高等教育機関は,自機関の知的成果物を蓄積し,オンラインで無料で読むことができるようにするための機関リポジトリを設置すること,(2)研究会議および他の政府系助成機関は,助成した研究論文のコピーを機関リポジトリに登録するよう研究者に義務づけること,(3)政府は,リポジトリを監督し,ネットワーク化,技術の標準化を推進する中央機関を指定することというものである。

 報告書は,機関リポジトリを,低コストで実現でき,研究成果普及の速度,範囲を向上させる可能性があるとして高く評価し,SHERPAを拡張する形で,全国的な分散型リポジトリ・ネットワークを構築することを構想している。現在のところ機関リポジトリは個別の大学による散発的な事業であることを考えると,今回の勧告の持つ意味は大きい。

 問題となるのは出版社に著作権が譲渡される現在の慣行であるが,報告書は政府および研究会議等に対し,著作権を著者が保持したまま出版できるような方策を探るよう提言している。同時に,2004年6月にエルゼビア社が掲載論文のテキスト版をセルフ・アーカイブすることを許可した件に触れ,その方針転換を評価しながらも,掲載論文そのもの(PDF版やHTML版)は許可しないとした制限について憂慮を表明している。

 BLには,他の機関リポジトリに収蔵されない研究成果を保存する役割とともに,デジタル情報の長期保存全般に関して中心的な役割を果たしていくことを期待している。

2.4 著者支払い型モデルの検討

 機関リポジトリを整備したとしても,それで学術情報流通のいわば上流が変わるわけではない。そこで,長い目で変革を見据えるため,第3に,著者支払い型モデルについて詳細な検討が加えられている。

 著者支払い型モデルの利点は,研究成果へのアクセスを拡張するところにあり,英国の研究者のみならず,購読力に限りのある発展途上国の研究者や,あるいは科学情報を求める市民に対しても利益があると指摘している。ただし,どれだけのコストがかかるか明確には分かっておらず,持続可能なモデルであるか疑問視する声が多いこと,また商業出版社や学協会出版社に与える影響など考えなければならない問題も数多くあることに留意しており,そういった点を明らかにするためにもひとつの可能性として実験的に推進する必要があるとしている。

 このモデルの場合,研究者に投稿料・出版料を求めることになり,経済的負担から研究成果の発表に萎縮効果があるのではないかとの懸念もあるが,所属機関や助成機関に負担を求めることが現実的であり,そのために研究会議には研究者が著者支払い型で出版しようと考えた際に利用できる基金を設立するように勧告している。ただし,査読システムによる品質管理に関しては学術コミュニケーションにとって不可欠なプロセスなので堅持する必要があると念を押している。

 以上のように,現行の学術情報流通には検討されるべき論点が数多いので,政府は喫緊の課題として将来計画を戦略的に立てるとともに,国際的な課題として世界を先導するような改革策をとるべきであると報告書は結論付けている。

 

3. 米国NIHの計画案

 米国では2004年7月14日,下院歳出委員会(House Appropriations Committee)が,2005会計年度予算案承認に伴い,国立衛生研究所(National Institute of Health:NIH)の助成した研究成果について,オープンアクセスとするよう勧告した(E241 [92]参照)。税金に基づく研究成果をパブリック・ドメインとして位置付けようとするものである。これを受けてNIHは9月3日,「NIH研究情報への強化されたパブリックアクセス」(8)と題する通知書を公表し,計画案を発表した。計画案では,査読を反映した最終原稿のデジタル・コピーの提出を著者に要求すること,その最終原稿をNIH下の国立医学図書館(National Library of Medicine:NLM)が運営するデジタル・リポジトリPubMed Centralに収録し,出版6か月後(出版社の同意があればさらに短期間)に誰にでも無料でアクセス可能とすることなどを構想している。パブリックコメントを受けた後,歳出委員会に正式の方針を伝えることになっている。

3.1 NIHの報告書

 英国と同様,米国でも著名科学者を擁するPLoSなどを中心にオープンアクセスを支持する動きは活発である。SPARCも近年戦略を転換し,機関リポジトリを積極的に推奨している(9)。2003年6月には,連邦政府の資金を受けた研究の成果については著作権保護の対象外とする著作権法改定法案が提出された。

 こうした動きの中で,2003年7月,2004会計年度予算案の中で歳出委員会がNIHに対して,近年における学術雑誌価格の高騰が生物医学(biomedical)情報へのアクセスに及ぼす影響とそれへの対策について報告するよう求めた。これに答える形で,2004年5月,NIHは『生物医学研究情報へのアクセス』(10)と題する報告書を提出した。報告書では,医学関係雑誌の値上がり率が特に急激であることを示し,こうした傾向が研究者やヘルスケア提供団体を支援する図書館の能力に悪影響を及ぼし,当該分野の情報へのアクセスに制約を生んでいると指摘している。これに対して,オープンアクセスの動きについては,研究の推進における公益性,連邦政府投資に対する効果などを追求するNIHの方針に適っているとして高く評価し,今後の活動方針として,PubMed Centralの強化による生物医学文献の長期的保存と安定的アクセスの達成を掲げている。7月の勧告,9月の通知はこの提案の延長線上にある。

3.2 計画案への反応

 NIHの計画案は賛否両論の反応を巻き起こした(E241 [92]参照)。勧告前後から100社以上の出版社がNIHを訪れ強く反対の声を挙げた。8月23日には,全米出版社協会専門・学術出版部門(AAP/PSP)など出版3団体がNIH宛てに公開状(11)を提出し,反対する理由と立場を明確にした。それによると,一連の提案の前に利害関係者と話し合わなかったことを非難した上で,(1)民間セクターのビジネスに対する政府の不当な介入であること,(2)税金で助成された研究成果であっても出版社は査読プロセスなどにコストをかけ,また付加価値も付与していること,(3)出版社自らの技術開発によって医学文献へのアクセスは格段に向上しつつあることなどを訴えている。雑誌論文を6か月後に強制的に無料で公開すると出版社の経営が成り立たず,また研究者にとっても著作を発表する自由が制約されることになるとしている。さらに,米国会計検査院(GAO)に対し,この計画が実行されれば出版業界の雇用にどのような影響を与えるか,この計画で納税者に強いる負担はどの程度なのか,科学の検閲・統制の危険はないのかなどを調査するよう要請している(12)。

 一方,NIHの計画を歓迎する動きも活発である。米国図書館協会(ALA)などの図書館団体や遺伝性疾患同盟(Genetic Alliance)といった患者団体など41機関は,8月24日,納税者アクセス同盟(Alliance for Taxpayer Access:ATA)を結成した(10月末現在62機関)。ATAは,公的資金による研究成果へのオープンアクセスは納税者の当然の権利であるとして,NIHの計画を支持するために活動するとしている(13)。また,オープンアクセスこそ科学研究が飛躍的な進歩を遂げるための重要なカギであるとして,ノーベル賞受賞科学者25名が連名で,NIHの計画を支持するよう議員に求める公開状(14)を議会に送る動きも出てきている。計画推進派の主張は,6か月間の公開猶予期間(embargo)により出版社の購読基盤は失われず,現行モデルでの出版活動を阻害するものではないというものであるが,科学者の中には,研究は日々進展するので,猶予機関をおかず即時に公開しなければ真のオープンアクセスではないとする考えもある。

 

4. おわりに

 最後に,今回の英米両議会の勧告が持つ意味を考えてみたい。第1に,オープンアクセスが国レベルの政策課題として俎上に載せられる段階を迎えたということであり,公的資金に対するアカウンタビリティの文脈でオープンアクセスを推進する論理が確立したといえる。第2に,機関リポジトリが学術情報のオープンアクセス化に果たす役割が高く評価され,分散型か集中型かの違いはあるものの,その設置およびネットワーク化が現実的な課題として要請されたことも重要である。また,学術出版モデルについても,著者支払い型モデルの是非を含め,再検討の契機となるだろう。英米両勧告が今後どのような展開を見せるか目が離せない(15)。EUでも英国と同様の調査が開始されており,その動向も注目される。

 国際図書館連盟(IFLA)は2003年12月に「学術研究文献のオープンアクセスに関する声明」を採択(E185 [61]参照)しており,またカナダ研究図書館協会(CARL)やスコットランド大学研究図書館連合(SCURL)など各地の図書館団体がオープンアクセスを戦略として取り込む動きも出てきている(E240 [93]参照)。さらに広い文脈では,コンピュータ・プログラムのオープンソース化やクリエイティブ・コモンズの活動など,新たな知の公共性を模索する動きも活発である。オープンアクセスの流れにどのように対応するか,知の公共性を担う図書館の理念と戦略が問われている。

関西館事業部図書館協力課:筑木 一郎(つづき いちろう)

 

(1) 土屋俊. 学術情報流通の最新の動向−学術雑誌価格と電子ジャーナルの悩ましい将来. 現代の図書館. 42(1), 2004, 3-30.
(2) 熊谷玲美. オープンアクセス出版. 情報管理. 47(1), 2004, 33-37.
(3) 高木和子. 機関リポジトリ. 情報管理. 46(6), 2003, 405-411. ; 尾城孝一ほか. 日本における学術機関リポジトリ構築の試み. 情報の科学と技術. 54(9), 2004, 475-482.
(4) WSIS. Declaration of Principles: Building the Information Society: a global challenge in the new Millennium. Geneva, 2003. (online), available from < http://www.itu.int/dms_pub/itu-s/md/03/wsis/doc/S03-WSIS-DOC-0004!!PDF-E.pdf [94] >, (accessed 2004-10-29).
(5) OECD. Science, Technology and Innovation for the 21st Century. Meeting of the OECD Committee for Scientific and Technological Policy at Ministerial Level, Paris, 2004.1. (online) available from < http://www.oecd.org/document/15/0,2340,en_21571361_21590465_25998799_1_1_1_1,00.html [95] >, (accessed 2004-10-29).
(6) House of Commons Science and Technology Committee. Scientific Publications: Free for all? London, 2004, 114p, HC399-I. (online), available from < http://www.publications.parliament.uk/pa/cm200304/cmselect/cmsctech/399/39902.htm [96] >, (accessed 2004-10-29).
(7) SHERPA. (online), available from < http://www.sherpa.ac.uk/ [79] >, (accessed 2004-10-29).
(8) NIH. Notice: Enhanced Public Access to NIH Research Information. 2004. (online), available from < http://grants1.nih.gov/grants/guide/notice-files/NOT-OD-04-064.html [97] >, (accessed 2004-10-29).
(9) Crow, Raym. (栗山正光ほか訳) 機関リポジトリ擁護論:SPARC声明書. 2002. (online), available from < http://www.tokiwa.ac.jp/~mtkuri/translations/case_for_ir_jptr.html [98] >, (accessed 2004-10-29). ; Crow, Raym. (千葉大学附属図書館IRワーキング・グループ訳) SPARC 学術機関リポジトリ・チェックリストおよびリソースガイド. 2002. (online), available from < http://mitizane.ll.chiba-u.jp/information/SPARC_IR_Checklist.pdf [99] >, (accessed 2004-10-29).
(10) NIH. Access to Biomedical Research Information. 2004. (online), available from < http://www.taxpayeraccess.org/docs/NIH_access_report.pdf [100] >, (accessed 2004-10-29).

(11) Open letter to Dr. Elias Zerhouni, Director, NIH from a coalition of PSP publishers. 2004. (online), available from < http://www.pspcentral.org/committees/executive/Open%20Letter%20to%20Dr.%20Zerhouni.doc [101] >, (accessed 2004-10-29).
(12) Issues for A GAO Study Regarding NIH Implementation of A Plan to Require NIH-Funded Researchers to Deposit their Reports and Materials At PubMed Central for Free Online Public Access. 2004. (online), available from < http://www.pspcentral.org/publications/issues_for_GAO_study.doc [102] >, (accessed 2004-10-29).
(13) ATA. (online), available from < http://www.taxpayeraccess.org/index.html [103] >, (accessed 2004-10-29).
(14) An Open Letter to the U.S. Congress Signed by 25 Nobel Prize Winners. 2004. (online) available from < http://www.fas.org/sgp/news/2004/08/nobel082604.pdf [104] >, (accessed 2004-10-29).
(15) 本稿脱稿後の11月8日,英国勧告に対する政府からの回答書が公表された(E270 [105]参照)。貿易産業省を中心にまとめられた政府回答は,オープンアクセスの理念には賛意を示しながらも,現行の学術情報流通に変革すべき大きな問題があるとは思えないとの認識を示し,主要勧告である機関リポジトリの全国的設置については,個々の機関の判断によるものとして,政府による義務化,推進策には消極的姿勢をとるものであった。ただ同時に,JISCからの回答は勧告に大筋で合意するもので,今後もオープンアクセス推進策を推し進めていくとしているなど,オープンアクセスは政府内でも対応に温度差がみられる問題となっている。
HCSTC. Responses to the Committee's Tenth Report, Session 2003-04, Scientific Publications: Free for all? London, 2004, 67p, HC1200. (online), available from < http://www.publications.parliament.uk/pa/cm200304/cmselect/cmsctech/1200/120002.htm [106] >, (accessed 2004-11-16).

 


筑木一郎. 英米両国議会における学術情報のオープンアクセス化勧告. カレントアウェアネス. 2004, (282), p.15-19.
http://current.ndl.go.jp/ca1544 [56]

  • 参照(19701)
カレントアウェアネス [13]
動向レビュー [38]
学術情報 [54]
オープンアクセス [57]
米国 [107]
英国 [15]

CA1545 - 動向レビュー:小特集:デジタル時代のドキュメント・デリバリー・サービス / 井上佐知子, 山岡規雄, 上田貴雪, 筑木一郎

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CA1545

動向レビュー

 

小特集:デジタル時代のドキュメント・デリバリー・サービス

 

 近年,電子ジャーナルに代表される電子情報資源や,図書館を経由しない情報流通手段の出現が目立っている。これらがドキュメント・デリバリー・サービスにどのような影響を与えるのか,またこれらにどのように対応するかがこの先重要になるものと思われる。

 本稿では,電子的手段によるドキュメント・デリバリー・サービスに積極的に取り組んでいる機関の中から,英国BLDSC,ドイツsubito,フランスINIST,カナダCISTIの4機関を取り上げ,各機関のドキュメント・デリバリー・サービスについて,最近の動きを紹介する。

 

1.複写物を電子的に送信する:英国図書館Secure Electronic Deliveryの試み

 英国図書館(British Library:BL)は1993年の戦略計画(British Library's Strategic Objectives)の発表以後10年に渡って情報通信技術を文献提供サービスに活用するべく検討を重ねてきた(CA1367 [109]参照)。この流れの中で2003年末,文献の電子的な送信をより安全かつ便利に行うことを可能とする新サービスSecure Electronic Delivery(SED;E093 [110]参照)が導入され,複写の申込の際には従来の郵送,ファックス,Arielによる送信に加えて電子メールと組み合わせた電子的送信が選択肢に加わることになった。

 SEDによる送信を選択した複写の申し込みがあると,BLではまずスキャナを使用して対象資料のイメージを読み込む。このイメージをBLの管理下にあるサーバに保存し,申し込み時に資料の送信先として指定された電子メールアドレス宛てにファイルへのハイパーリンクを張った電子メールを送ることで複写物の送信が完了する。申し込みからここまでにかかる時間は最短で2時間以内を指定することが可能であり,電子メールを受け取った利用者は都合のよい時間にハイパーリンクから保存されたイメージファイルを開き,その場でそのイメージをプリントアウトできる。

 これまで行われてきた郵送以外の文献送信方法と比べても,SEDはファックスより画質の点で優れ,Arielのように特殊なソフトウェアを必要としない点で個人利用者への直接送信に適している。電子情報を直接送信するという点では出版社の提供する電子ジャーナルのサービスに近いが,SEDのサービスはBLのドキュメント・デリバリー用資料のほとんど全てが対象となるため,より広範囲の需要に対応することが可能となった。このようにSEDは,今後の電子的送信サービス仕様の標準となりうる条件を備えている。

 一方で,資料を出版する側がこのような電子的送信サービスに難色を示す大きな理由に,電子ファイルの副次的配布の問題がある。この問題に対しては,アドビ社との提携により暗号化されたファイルを同社のソフトウェアAdobe Readerを用いて利用する仕組みを築いたことと,イメージファイルそのものを利用者に渡すのではなく図書館の管理下にあるサーバ上で利用に供し一定期間経過後に削除することにより解決が図られている。

 Adobe Reader 6.0.1はアドビ社のホームページから無料でダウンロードでき,ファイルを不正に改変することを防ぐとともに,ファイルからのプリントアウトも一度のみに限定している。但し最初の印刷指示がなんらかの問題で失敗に終わった場合は,再度印刷を行うことも可能である。

 サーバ上にイメージファイルが保存されている期間は,フェア・ユースとして著作権料の支払いを免除されるサービスにおいては電子メールの送信日付から14日間に限られている。著作権料を支払って複写を依頼する場合はさらに最長で3年間ファイルを保存し,Adobe Readerの機能を使用して画面上に書き込みを表示することも可能となる。

 英国で開催されたデータベースに関する国際展示会“Online Information 2002”でBLが電子的送信サービスの導入を検討していることが発表された時点では,同館のInsideWebサービスの発展形として,電子ジャーナルを含むエルゼビア・サイエンス社の雑誌論文から約100万件の論文を,著作権料を徴収した上で電子的に送信することが想定されていた。しかし,その後の開発段階における同社との協議の結果,上記の条件の下にSEDのサービス対象は著作権料の支払いを伴うサービス以外にも拡大することで合意が図られ,現在のサービスが実現することとなった。

 SEDの利用を希望する利用者にとっての問題は利用環境の整備にあることが多い。利用者の機器操作の習熟度によるもの以外にも,OSやソフトウェアの旧版を利用しており何らかの事情で更新することができない場合や,機関利用者においては機関のシステム上またはファイアーウォール等の安全設備上ソフトウェアの導入や必要な電子メールの受信が妨げられる場合などがある。このような問題の解決に向けてBLは利用者教育に力を入れると共に,利用を意図する機関と協議を行って解決方法を模索している。

 SEDによるサービスは2004年7月現在で全体の1割弱を占めるまでに普及している。一般利用者へのサービス開始から1年が経過して,今後認知度の上昇とともにこの割合も増えていくことが予想される。

関西館資料部文献提供課:井上 佐知子(いのうえ さちこ)

Ref:
Robinson, P. Introducing SED: Secure Electronic Delivery from the British Library. Newsletter of the IFLA Document Delivery and Interlending Section. July 2004, 12-14. (online), available from < http://www.ifla.org/VII/s15/pubs/Document-Delivery-Newsletter-July04.pdf [111] >, (accessed 2004-10-05).

The British Library. “Secure Electronic Delivery”. (online), available from < http://www.bl.uk/services/document/sed.html [112] >, (accessed 2004-10-08).

長塚隆. データベースの国際会議&展示会. DialogPRESS. 7(1), 2003, 13-16. (online), available from < http://database.g-search.or.jp/support/news/dialogpress/pdf/2003/dp200301.pdf [113] >, (accessed 2004-11-05).

 

2.訴訟対応に迫られるドイツのドキュメントサプライサービスsubito

 CA1484 [114]ですでに紹介したように,ドイツのドキュメントサプライサービスsubitoは,発足以来順調に業績を伸ばしてきていた。2003年には,117万7千件の利用件数を記録し,その約49%に当たる約57万3千件が国外からの利用であった。subitoの今後の事業拡大の重要な柱の一つが国外サービスの充実にあったため,この数字は戦略の成功を意味していたと評価することができよう。しかし,著作権問題を契機として,国外における事業拡大にストップがかかることとなった。

 前回の記事で紹介したように,subitoの利用料金は,国内外を問わず,グループ1に該当する利用者(学生・大学職員・公法人の職員等)については,1文書あたり,電子媒体4ユーロ(1ユーロ=約136円),郵送6ユーロ,ファックス7ユーロ,グループ3に該当する利用者(個人)については,電子媒体6.5ユーロ,郵送8ユーロ,ファックス9ユーロと設定されていた(なお,グループ3の利用者については,2004年1月から郵送8.5ユーロ,ファックス9.5ユーロに値上げされている)。こうした国際的に見て安価なドキュメントサプライサービスに対し,STM(科学・工学・医学)系出版社が著作権侵害を理由にsubitoを提訴する事態に発展し,双方の交渉の結果,2003年9月20日以降,subitoは,ライブラリー・サービス,すなわち,図書館を通じて利用者に資料を提供するサービスを除き,非ドイツ語圏の国外へのサービスを自粛することとなったのである。

 その後,出版社側との紛争はさらに拡大し,2004年6月には,ドイツ書籍出版販売取引業者組合とSTM国際協会が,subitoとsubito参加館のアウグスブルク大学図書館の運営管理者であるバイエルン州とを相手取り,電子媒体によるドイツ,オーストリア,スイスへの資料提供および電子的手段,郵送,ファックスによる図書館を通じた第三者への資料提供の中止を求める訴訟をミュンヘンの州裁判所に提起した。なお,ドイツ書籍出版販売取引業者組合とSTM国際協会は,ドイツ政府が著作権に関するEU指令(Directive 2001/29/EC)を適切に国内法化していないと主張し,現在,欧州委員会に不服申立てを行っている。

 出版社側との訴訟に関し,subitoのローゼマン(Uwe Rosemann)理事長は,原則的に現状の法的枠組みを変更することなく,サービス提供を継続することができるであろうとの楽観的な見通しを述べている。一方,国外サービスをめぐるSTM系出版社との交渉も近いうちに妥結し,国外サービスが再開されるであろうとも述べている。とはいえ,基本的なサービスの枠組みを維持できるとしても,こうした出版社側の抗議を受け,subitoは,今後著作権料の引き上げなどの措置に迫られるのではないかと予想される。

調査及び立法考査局政治議会課憲法室:山岡 規雄(やまおか のりお)

Ref:
subito. (online), available from < http://www.subito-doc.de [115] >, (accessed 2004-10-25).

Buchhandelslobby tragt Streit um wissenschaftlichen Kopierdienst nach Brussel. (online), available from < http://www.heise.de/newsticker/meldung/48890 [116] >, (accessed 2004-10-25).

Rosemann, Uwe. ドイツの図書館サービスの最新動向-subitoとvascoda-. デジタル時代のドキュメント・デリバリー・サービス:ビジョンと戦略 (国際セミナー配布資料), 京都, 2004.12, 国立国会図書館. 京都, 2004.

 

3.フランス・INISTによる文献提供の近況 

 フランスでは,文献提供業務は主に大学図書館や科学技術情報研究所(Institut de l'information scientifique et technique:INIST)によって処理されている。特にINISTは,科学論文の複写サービスを毎年70万件提供しており,フランスの文献提供市場の過半数を占めている。

 INISTとは,国立科学研究センター(Centre national de la recherche scientifique:CNRS)に属する文献提供機関であり,CNRSの2つのドキュメンテーションセンターを統合して,1988年に設立された。科学・技術・医学(STM)分野,人文社会分野に関するフランス国内および外国の文献などを中心に,逐次刊行物26,000タイトル(うち8,700タイトルを継続して購入),科学レポート75,000タイトル,会議録115,000点,博士論文125,000タイトルなどを所蔵し,主に,ドキュメント・デリバリー・サービス,STM,人文社会分野の資料の索引作成,オンラインその他電子的手段を通じた情報提供などを行っている。

 INISTの蔵書は,Article@INIST(700万点以上にのぼるあらゆる蔵書の中から検索できる),ArticleSciences(特にSTM分野の雑誌の中から記事・論文を検索できる)の2つのオンラインデータベースで検索することができ,検索結果を見て直接ウェブ上で複写を注文することもできる。また,INISTおよび協力館が有する科学技術情報をポータルサイト“ConnectSciences”を通して提供しているほか,2004年9月には,オビッド・テクノロジーズ(Ovid Technologies)社と協力し,人文社会科学関連の情報を提供するポータルサイト“BiblioSHS”を運営することを発表した。

 INISTによる文献提供は,文献そのものの貸出ではなく,著作権法に規定された範囲内での複写物(photocopies)の提供によって行われ,提供方法は,Ariel,ファクシミリ,郵送から選択できる。必ずしも利用者からの要求のすべてをINISTの蔵書で賄えるわけではないが,BLDSC,カナダ国立科学技術情報機関(CISTI),ハノーバー技術情報図書館など約200の文献提供機関と協力して,利用者からの要求に可能な限り対応している。1987年の時点では,要求された文献のうち5%が他機関からの取り寄せであったが,現在は他機関からの取り寄せが約20%を占めている。

 INISTに対する文献提供の要求は,1990年代前半に急増したが,その要因としては,ドキュメント・デリバリーの流れの自動化,電子的手段での注文の急増,サービスの改善などが挙げられており,特に,工業・ビジネス・調査研究部門における情報の必要性が急増したこと,電子媒体の資料へのアクセスが3〜5年前から増大しはじめたことが大きいと考えられている。

 文献の提供にあたって重要となる著作権への対応については,INISTではフランス著作権センター(Centre Francais d'exploitation du droit de Copie:CFC)との契約に基づいて対応しているが,英国,ドイツ,オランダなどの図書館から文献を取り寄せると,それぞれの国内法の適用を受ける提供館とCFCの2機関に対して,著作権料を二重に支払わなければならない場合がある。こういった点については,対象国との間で欧州指令(Directive 2001/29/EC)に沿った見直しを行う必要性が指摘されている。

 INISTは最近,科学技術情報を広める手段としてのドキュメント・デリバリー・サービスの向上を目指して,文献提供業務の更なる自動化,提供対象の拡大(論文に限らず写真,映像資料も),サービス品質の向上,といった点について検討を進めているところである。

 現在,INISTの文献提供は多くが電子媒体によるもので,ウェブ上で検索・注文ができるなどオンライン化も進んでいるが,これを更に進めて,BLDSCでも検討された,電子ジャーナルを出版社の電子情報を用いて送信する方法(1. [117]参照)も検討に値すると指摘されている。

 また,サービス品質については,「INISTを通して,あらゆる文献を早く,安く入手する」という利用者の期待に応えるため,協力機関の書誌情報を収めたデータベースを公開するなどの対応を行っているが,システムの整備だけでなく,担当する職員の質の向上も重要と考えている。これに関連して,INISTでは2005年に,INISTのデータベースの使い方,インターネットを用いた科学技術情報の検索方法や,メタデータ,HTML言語の解説など,幅広い分野の研修が科学技術分野の専門家によって行われる予定である。

関西館事業部図書館協力課:上田 貴雪(うえだ たかゆき)

Ref:
Scoepfel, Joachim. INIST-CNRS in Nancy, France: “a model of efficiency”. Inrerlending & Document supply. 31(2), 2003, 94-103.
INIST. (online), available from < http://www.inist.fr/index_fr.php [118] >, (accessed 2004-09-14).

Creff, Christelle. Opening interlending services to end users: The Catalogue Collectif de France. Interlending & Document Supply. 30(3), 2002, 126-129.

Ovid INIST Partnership On Humanities And Social Sciences Portal. Managing Information. 2004-09-10. (online), available from < http://www.managinginformation.com/news/content_show_full.php?id=3083 [119] >, (accessed 2004-09-30).

 

4.CISTIのドキュメント・デリバリー・サービス

 カナダ国立科学技術情報機関(Canada Institute for Scientific and Technical Information : CISTI)は,カナダはもとより,世界でも有数の科学技術情報資源の所蔵・提供機関である。1924年に国家研究会議(National Research Council)の図書館として設立され,その後1957年にカナダ国立科学図書館へ,1974年にCISTIへと改組されて現在に至っている。

 2004年9月現在,CISTIの所蔵資料は,50,000タイトルを超える逐次刊行物(うち11,000タイトル以上が現在受入中のもの),60万冊を超える図書および会議録・テクニカルレポート,世界中のテクニカルレポートのマイクロフィッシュ200万枚などで,主要な科学雑誌はもちろん,世界中のあらゆる言語の科学技術情報資源をカバーしている。

 CISTIはこれら豊富な科学技術情報資源をもとに,ドキュメント・デリバリー・サービスに力を入れている。最新の公式統計は確認できなかったが,1999年から2000年の実績で約54万件の文献複写需要を充足させている。また,参加しているOCLCのILL活動の中では,2001年7月から2002年6月までの統計で,ILL総件数の約42%である約7万件を受け付け,その内73%(約5万件)の要求に応えているなど,国際的にも主要なドキュメント・サプライヤーとしてその地位を確立している。

 CISTIは世界中からの情報入手要求に応えるため,3種類のサービス・レベルを設定している。Direct Serviceは,科学・技術・医学・農学に関する分野についてCISTIおよびカナダ国立農学図書館の所蔵資料から提供するもので,注文の90%は24時間以内に処理される。オプションとして4時間以内の至急サービスも行っている。Link Serviceは全分野について,所蔵資料のほかBLDSC(英国)や中国科学技術信息研究所(中国)など提携機関の情報源から提供するもので,注文の大部分は72時間以内に処理される。Global Serviceは全分野,全世界のソースから提供するもので,注文の大部分は4週間以内に処理される。

 ドキュメントの送付手段も,クーリエ(郵送),ファックスに加え,電子環境に対応するため,ArielおよびSecure Desktop Delivery(SDD)といったインターネットを介した文献伝送システムを用意している。Arielは米国研究図書館グループ(RLG)が開発したファイル転送ソフトウェアで,IPアドレスを指定してのドキュメント送受信を可能にする。ドキュメント・ファイルは,マルチページTIFFフォーマットの画像ファイルと依頼者名や送付先といったファイル情報を合わせたGEDIフォーマットで構成される。SDDは2003年12月に開始したウェブ・インターフェイスでの送付方法であり,利用者のPCにAcrobat Readerのプラグイン・ソフトを組み込むことで実現する。スキャンしたドキュメントをCISTIのウェブ・サーバにアップロードし,同時に利用者には電子メールで書誌情報とURLの情報を送る。利用者はそのURLにアカウントを使ってアクセスし,ドキュメントを閲覧することができる。閲覧および印刷は一度きり有効の設定となっている。同様の送付方法はBLDSCでも実現しており,デジタル時代のドキュメント・デリバリーにおける主流になりつつある。CISTIは個々の出版社と著作権処理の交渉にあたり,2004年2月には全ての雑誌をSDDで提供できるようになっている。

 近年,CISTIは資源共有の観点から,大学図書館や医学図書館,それらのコンソーシアムなど,様々な情報機関とのネットワーク活動に力を入れている。例えば,機関契約した大学図書館とは,大学のローカルシステムとシステム連携を図り,検索した文献で大学が所蔵するものは大学図書館の利用へと誘導し,所蔵しないものについてCISTIへ依頼が廻るようにしている。また,電子資源の共有も視野に入れており,連邦科学技術図書館戦略同盟(Strategic Alliance of Federal Science and Technology Libraries)を結成し,政府系研究機関への電子ジャーナル・サイトライセンスを実現する連邦科学電子図書館(Federal Science eLibrary)の設立を政府に働きかけている。このように,CISTIは資源共有の理念の下,各情報機関とのネットワーク化や電子資源の共有化を推進しながら,国際的なサプライヤーとして,研究に不可欠な印刷物のドキュメント・デリバリー・サービスを拡張・強化している。

関西館事業部図書館協力課:筑木 一郎(つづき いちろう)

Ref:
CISTI. “About Document Delivery”. (online), available from < http://cisti-icist.nrc-cnrc.gc.ca/docdel/docdel_e.shtml [120] >, (accessed 2004-09-22).

Krym, Naomi et al. Resource-sharing roles and responsiblities for CISTI: change is the constant. Interlending & Document Supply. 29(1), 2001. 11-16.

VanBuskirk, Mary et al. Resource-sharing roles and responsibilities for CISTI: for better or for ILL? Interlending & Document Supply. 31(3), 2003. 169-173.

OCLC. “Performance report: OCLC Interlibrary Loan Statistics 1 July 2001 through 30 June 2002”. (online), available from < http://www.oclc.org/ill/options/managelenders/customholdings/supplier/docsupplier/performance.htm [121] >, (accessed 2004-09-22).

  • 参照(16757)
カレントアウェアネス [13]
動向レビュー [38]
文献提供サービス [122]
相互貸借 [123]
カナダ [124]
ドイツ [125]
フランス [126]
英国 [15]
BL(英国図書館) [127]

CA1546 - 研究文献レビュー:学校図書館に関する日本国内の研究動向 / 中村百合子

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カレントアウェアネス
No.282 2004.12.20

 

CA1546

研究文献レビュー

 

学校図書館に関する日本国内の研究動向

 

はじめに

 本稿では,学校図書館に関する日本国内の研究の2000年頃からの動向を報告する。NDL-OPACで和図書と雑誌記事を「学校図書館」「司書教諭」「学校司書」といったキーワードで検索するなどして把握された近年の研究の特徴を指摘し,それについて若干の私見を示したい。その上で,学校図書館に関わって今後期待される研究を指摘して終わる。

 筆者は,全般的な動向として,日本において近年,学校図書館研究が増えてきているという印象をもっている。1997年に立ち上げられた日本学校図書館学会で発表されている研究は,ほぼすべて学校図書館に関するものである。また,国内の図書館情報学研究者の本格的な研究がしばしば発表される日本図書館情報学会でも,特に春季研究集会と秋季研究大会という口頭発表の場で,数年前から,学校図書館に関わる研究発表が他の館種に関する研究発表よりも多いということがある。しかし,本格的な研究,つまり査読を経て発表された論文や,オリジナリティのある質の高い研究書となると,その数は未だに極めて限られている。

 

研究動向

 NDL-OPACを検索したところ,2000年以降に複数の研究者によって取り組まれている主な研究として,(1)学校図書館職員のあり方に関する研究(職員制度,職員養成,職務内容等),(2)学校図書館の電子化に関する研究,(3)学校図書館における知的自由に関する研究,(4)特別支援教育と学校図書館に関する研究,(5)占領期における学校図書館改革に関する研究, (6)『インフォメーション・パワー』に関する論考・翻訳書が見つかった。以下,これらの研究について順に述べていく。

 

1. 学校図書館職員のあり方に関する研究

 学校図書館職員のあり方に関する研究は,1997年の学校図書館法の改正後,新たな局面に入った観がある。法改正によって,2003年度末までに,12学級以上の規模の学校に司書教諭が必ず置かれることとなった。日本では,学校図書館職員制度の問題は,戦後長く,学校図書館に関わる人たちの多くが関心を持ってきた問題であるが,学校図書館法の改正後に関心はさらに高まり,様々な論考が著されている。法改正直後は改正そのものについて,その是非などを議論するものが多かったが,2000年以降は,より本質的または具体的な議論へと移行しているようである。

 学校図書館職員の問題は複雑で,異なる意見を持つ人・グループがいくらでも存在するように思われるから,突っ込んだ形での議論は,公の場では必ずしも頻繁に行われてはいない。そうした中で,2002年に『図書館界』誌上で現場の実践者と研究者の双方が「学校図書館職員像」についての意見を述べあった対論(1)は,注目される。

 学校図書館法に規定された司書教諭に焦点をあて,そのあり方について論じたものは多い。日本学校図書館学会は,旧文部省の委嘱をうけて,1999年度と2000年度に,「学校図書館の効果的な運営と司書教諭の在り方に関する総合的研究」に取り組み,2つの研究報告を公にした(2)。同学会は1998年度と1999年度に,「学校図書館に対する現状認識」を明らかにするとして,全国の公立小学校・中学校の校長を対象に学校図書館に関する意識調査を実施していたが,それらの調査の中で,校長の間に司書教諭の役割と職務に関する認識が不足していることが明らかになった。その調査結果を受け,「学校図書館の効果的な運営と司書教諭の在り方に関する総合的研究」では,学校としてどのように図書館運営の協力体制を作り,また司書教諭がいかにその専門性を発揮していくかについて考えることを目指したという。

 ところで,近年,学校経営に責任を持つ校長の学校図書館に対する理解が学校図書館や学校図書館職員のあり方に大きな影響を与えると指摘する研究が注目されている。上掲の日本学校図書館学会のものとは別に,平久江祐司氏が,昨年,論文「学校図書館及び司書教諭に対する校長の意識の在り方:東京,大阪,京都の高等学校校長の意識調査の分析をもとに」(3)を発表している。

 ほとんどの司書教諭が充て職であるということ,また司書教諭のあり方は,同じ学校図書館で働く他の学校図書館職員のあり方からもある程度規定されることによるのであろうが,司書教諭を含む学校図書館職員間の連携と職務分担についての研究も,学校図書館法の改正後に本格化してきている。2000年の春,塩見昇氏の『学校図書館職員論:司書教諭と学校司書の協同による新たな学びの創造』(4)が出された。また,黒沢学氏と筆者の共同研究「千葉県市川市における学校図書館への複数職種の配置とその連携:学校図書館関係職員の意識調査から」(5)も,学校図書館に関わる複数の職員の間の連携について論じた。そのほか,浦野はるみ氏による「(研究情報[国内])学校図書館における職務分担:スタッフマニュアルの分析から」(6)などの研究がある。

 他方で,いわゆる「学校司書」のあり方に焦点をあてた論考も,数多く発表されている。たとえば,『学校図書館』誌では,2002年7月号から,「学校図書館を支える学校司書」というリレー連載(7)が掲載されている。また,『現代の図書館』2001年3月号の「特集:「司書」という職業」では,田中瑞穂氏による「小学校図書館司書の仕事」と,宮崎健太郎氏による「高校で,ただ一人の司書として:学校司書の仕事を見てみると」(8)が掲載されている。

 以上のように,学校図書館職員に関しては,職員のあり方についての意見表明の論述や,現在の職員制度の中で学校図書館をいかに運営するかといった考え方に基づく論考・研究が数多く見つけられる。これに対して,ある特定の職種・立場や現行の職員制度を超えた本質的な議論は数少ない。現行制度を前提とした職員間の連携の問題を取り上げた論文(9)を著したことのある筆者は,近年,そうした現行制度の中での議論に限界を感じるようになってきている。以下にも述べるように,学校図書館の電子化,戦後最大の教育改革といったことが進行している一大展開期にあって,職員問題も根本的な再検討を行うべく,原点に返ってより本質的な議論をしていくことが求められているのではないだろうか。

 

2. 学校図書館の電子化に関する研究

 学校図書館の電子化については,現場からの実践報告が各誌に数多く見つけられる。また,図書としては,根本彰氏監修,堀川照代氏と筆者による編集の『インターネット時代の学校図書館:司書・司書教諭のための「情報」入門』(10)がある。

 学校図書館の電子化についての研究・論考は,多くが情報教育,特に高校に新設された教科「情報」,小・中・高校に新設された「総合的な学習の時間」との関わりを中心に論じている。新設の「情報」「総合的な学習の時間」の実践に学校図書館がいかに貢献するかは,現場の実践者の間で近年特に関心をもたれている分野であるように思われる。情報教育や教科「情報」との関わりでは,青山比呂乃氏(11),有吉末充氏(12),萩原環氏(13)の論文が興味深い。また,総合的な学習の時間との関わりでは,『学校図書館』の特集「総合的な学習と学校図書館メディア」(14),『現代の図書館』の特集「「総合的な学習」と図書館」(15),『学校図書館』の連載「総合的な学習と学校図書館」(16)といった特集号・連載に複数の論考が掲載されているほか,『学校図書館学研究』にも,国内の研究情報や実践報告が掲載されている(17)。

 学校図書館の電子化について,実践報告以外では,金沢みどり氏を中心とした研究グループによる,学校図書館ホームページについての研究がある(18)。金沢氏らはその研究について口頭発表も数度,行ってきている。

 この分野は,本格的な研究と言えるものは現在までのところ大変少ない。実践から理論を生み出すといった,もう一歩踏み込んだ研究が望まれているように思われる。

 

3. 学校図書館における知的自由に関する研究

 この分野の研究は,主として川崎良孝氏と前田稔氏によって精力的に進められている。両氏の名前で検索すれば,研究をほぼ網羅できるほどである。

 図書としては,翻訳『学校図書館の検閲と選択:アメリカにおける事例と解決方法』(19)がある。

 雑誌論文としては,前田氏と川崎氏の共著「アメリカにおける学校図書館蔵書をめぐる裁判事例」(20),前田氏による「学校図書館蔵書の除去をめぐる裁判の核心:表現の自由と思想の自由」(21),川崎氏による「学校図書館の検閲と生徒の知る権利:チェルシー事件(1978年)の場合」(22)などがある。そして,おそらく最も新しいものとして,川戸理恵子氏「(事例研究)アメリカにおける「ハリー・ポッター」シリーズ検閲論争」(23)がある。

 図書館の自由の問題は,図書館にインターネット接続端末が導入されるにあたっての,インターネット上のいわゆる有害情報への対策の是非という新たな問題が加わって,より複雑になってきている。今後もさらに研究が積み重ねられることが期待される。

 

4. 特別支援教育と学校図書館に関する研究

 このテーマについては,野口武悟氏が精力的に研究を発表している(24)。このほか,松戸宏予氏が修士論文で「特別なニーズを抱える児童生徒への学校司書の役割と支援」(25)を完成させ,その研究成果の一部を口頭発表で明らかにしてきている。松戸氏の研究は,特別支援教育といっても,普通学級に通う子どもたちと学校図書館の関わりを論じている。

 学校図書館の資源がマルチメディア化しつつあることなどを考えても,特別支援教育に対して学校図書館が様々な役割を担える可能性が増えてきているだろう。この分野は,本質的な問題設定に基づいて研究を進めようとする研究者が現れてきており,今後の研究成果を期待できる。

 

5. 占領期における学校図書館改革に関する研究

 占領期についての歴史研究としては,篠原由美子氏による「(資料紹介)メイ・グラハム「日本の学校図書館」」の発表(26)が最も早く,以後,同氏による「『学校図書館の手引』作成の経緯」(27),田辺久之氏の「占領期GHQ/SCAPによる高等学校図書館振興施策としてのコンプトン百科事典コンテストの経緯」(28)と続き,2002年の末に,筆者が「戦後日本における学校図書館改革の着手:1945-47」(29)を発表したのが最も新しい。

 第二次世界大戦終結後のアメリカ軍による日本占領の時期に,学校図書館についての新しい考え方が日本に移入されており,その時期を振りかえることで,現代の学校図書館の検討に新しい視点を持ち込もうという意図は,占領期の研究に取り組む研究者に共通しているように思われる。この分野も,複数の研究者が取り組んでおり,今後,さらなる研究成果が期待できるだろう。

 

6.『インフォメーション・パワー』に関する論考・翻訳書

 米国で1998年に出版された“Information power : building partnerships for learning”の日本語訳が,2000年に,『インフォメーション・パワー:学習のためのパートナーシップの構築』として出版された(30)。これを受けて,主としてその翻訳者たちによって,口頭発表を含めて多くの研究・論考が発表されている(31)。

 また,その続編とも言うべき翻訳書『インフォメーション・パワー:学習のためのパートナーシップの構築:計画立案ガイド.2』(32)や,姉妹版とも言うべき実践書『インフォメーション・パワーが教育を変える!:学校図書館の再生から始まる学校改革』(33)が,2003年に続けて出版された。

 これらの翻訳書や論考が,日本の学校図書館,学校図書館研究に与えた影響は定かではない。だが,翻訳者をはじめとする幾人かは,現在,日本の現場でその応用に試行錯誤していると聞いており,日本の学校図書館になんらかの影響をもたらす可能性はこれからまだあるであろう。

 

おわりに

 さて,最後になってしまったが,実は,上記のどこにも収まりきらなかった本格的な研究書がある。『学習社会・情報社会における学校図書館』(34)である。図書館学・教育史学・教育工学・教育行政学・教育法学の5人の研究者がその著者であり,文部科学省の科学研究費補助金による研究の成果をまとめたものである。これまで,教育学者が本格的な学校図書館研究に携わることはほとんどなかった。それを覆し,教育学の中の異なる手法・関心を持つ研究者が集まって,教育における学校図書館の意義を多方面から明らかにしようとした試みであり,注目される。

 また,実践書としても,学校図書館の活動を多角的に扱った注目すべき2冊に言及しておきたい。山形県鶴岡市立朝暘第一小学校編著『こうすれば子どもが育つ学校が変わる』と,浅井稔子著『司書教諭1年生:授業・子どもがこんなに変わる』である(35)。タイトルを見てもわかるように,この2冊は学校図書館の活動を網羅的に紹介しているというだけでなく,学校図書館における学びによる子どもの変化に着目している点が評価されよう。

 さて,本稿では,学校図書館研究の近年の動向を概観したが,学校図書館における情報リテラシーの育成に関する研究が,一般的な翻訳書のほかにほとんど見られないことが,筆者には残念に思われた。本格的な研究としては唯一,河西由美子氏の修士論文「インターネット利用が情報探索過程に及ぼす影響について−高校生のウェブ検索における失敗の研究−」(36)があるのみである。情報教育を進めてきている教育工学分野で,情報活用能力の育成に注目が集まっている。日本でも学校図書館が,情報リテラシーまたは情報活用能力と呼ばれるような情報やメディアの活用に関わる能力の育成を今後担っていくことを目指すなら,学校図書館研究でも,翻訳に限らず,この分野についての本格的な研究が行われることを期待したい。

 以上,2000年以降の学校図書館研究の動向をみてきたが,改めて,本質的な議論を目指す論考・研究が少ないと感じた。科学的な研究手法とみなせるような手法を用いた研究も未だに数少ない。意見表明や実践報告は大変貴重であるが,単なる意見に留まらず実践から理論を生み出すような,または研究から実践を変革するような意識を持った論考が増えて欲しいと思う(自らに対してもそう戒めたい)。それにはまず,現場の実践者と研究者の共同研究が増えることが期待されよう。しかし,研究者数には限界もあるであろうし,現場の実践者の方たちが,自らの実践を客観視する視点を持ったり,客観性あるデータや資料に基づいて科学的な手法によってそれを分析し,理論を生み出す力を持つことを,筆者は個人的には期待している。外に対して,つまり学校図書館関係者だけでなく,広く学校教育関係者,保護者,一般市民に理解されるためには,議論が自らの立場によって規定・限定されているものでは不十分であろう。米国などでは,そうした「研究」と呼べるものを発表できる人たちの裾野の広さが,図書館,はたまた学校図書館の発展を支えているように思われる。

 また,近年,これまで文系の研究手法として一般的であった,主として文献調査に基づく事例研究や歴史研究,調査と統計による研究以外に,質的研究の手法や学際的な研究法等,図書館への新たなアプローチが考えられるようになってきている。新しいタイプの研究・研究者の誕生も期待したい。

同志社大学文学部:中村 百合子(なかむら ゆりこ)

 

(1) 宇原郁世. 21世紀の図書館を展望する(4) 学校図書館職員像をめぐって: 市民は何を期待し,職員はどう考えてきたか. 図書館界. 53(6), 2002, 526-535.
柴田正美. 論文検討会要旨: 宇原郁世「学校図書館職員像をめぐって: 市民は何を期待し,職員はどう考えてきたか」. 図書館界. 54(3), 2002, 156-159.
渡辺信一. <宇原郁世: 学校図書館職員像をめぐって>に関する若干の考察. 図書館界. 54(3), 2002, 160-163.
北村幸子. 21世紀の学校図書館: 宇原郁世「学校図書館職員像」を考える. 図書館界. 54(3), 2002,164-169.
(2) 平成11年度文部省委嘱研究「学校図書館の効果的な運営と司書教諭の在り方に関する総合的研究」調査研究結果報告書. 熱海則夫, 2000.6.
平成12年度文部省委嘱研究「学校図書館の効果的な運営と司書教諭の在り方に関する総合的研究」調査研究結果報告書その2. 熱海則夫, 2001.6.
(3) 平久江祐司. 学校図書館及び司書教諭に対する校長の意識の在り方: 東京,大阪,京都の高等学校校長の意識調査の分析をもとに. 日本図書館情報学会誌. 49(2), 2003, 49-64.
(4) 塩見昇. 学校図書館職員論: 司書教諭と学校司書の協同による新たな学びの創造. 東京, 教育史料出版会, 2000, 207p.
(5) 中村百合子ほか. 千葉県市川市における学校図書館への複数職種の配置とその連携: 学校図書館関係職員の意識調査から. 日本図書館情報学会誌. 48(1), 2002, 17-33.
(6) 浦野はるみ. 研究情報[国内]: 学校図書館における職務分担−スタッフマニュアルの分析から. 学校図書館学研究. (5), 2002, 41-47.
(7) リレー連載: 学校図書館を支える司書. 学校図書館, (621), 2002, 90-92. 以降連載継続中.
(8) 田中瑞穂. 小学校図書館司書の仕事. 現代の図書館. 39(1), 2001, 20-25.
宮崎健太郎. 高校で,ただ一人の司書として: 学校司書の仕事を見てみると. 現代の図書館. 39(1), 2001, 26-30.
(9) 中村百合子ほか, 前掲(5).
(10) 堀川照代ほか編著. インターネット時代の学校図書館: 司書・司書教諭のための「情報」入門. 東京, 東京電機大学出版局, 2003, 173p.
(11) 青山比呂乃. 司書教諭のいる学校図書館と情報教育の可能性: 1つの事例報告. 情報の科学と技術. 50(8), 2000, 425-431.
(12) 有吉末充. 学校図書館を舞台にした情報メディア教育. 教育. 52(4), 2002, 63-69.
(13) 萩原環. 実践報告: 教科「情報」とのコラボレーション授業. 現代の図書館. 42(1), 2004, 59-63.
(14) 特集: 総合的な学習と学校図書館メディア. 学校図書館. (605), 2001, 15-39.
(15) 特集:「総合的な学習」と図書館. 現代の図書館. 40(1), 2002, 3-55.
(16) 連載: 総合的な学習と学校図書館. 学校図書館. (621), 2002, 87-89. 以降連載継続中.
(17) 例えば,佐藤正代. 研究情報[国内]:高等学校における「総合的な学習の時間」に対する学校図書館の支援と利用指導. 学校図書館学研究. (5), 2003, 49-54.
佐藤幸江. 実践報告:主体的な学びを充実させる情報活用の実践:総合的な学習の時間における学校図書館の活用. 学校図書館学研究. (4), 2002, 51-56.
(18) 例えば,金沢みどりほか. シーライ・コンテンツ・モデルの比較によるアメリカの学校図書館ホームページの評価. 学校図書館学研究. (3), 2001, 19-27.
金沢みどりほか. 調査報告: アメリカの学校図書館ホームページにおけるWeb版OPACの評価. 学校図書館学研究. (4), 2002, 35-42.
(19) Reichman, Henry. (川崎佳代子, 川崎良孝訳) 学校図書館の検閲と選択: アメリカにおける事例と解決方法. 京都, 京都大学図書館情報学研究会, 2002, 285p.
(20) 前田稔ほか. アメリカにおける学校図書館蔵書をめぐる裁判事例. 京都大学生涯教育学・図書館情報学研究. (2), 2003, 101-134.
(21) 前田稔. 学校図書館蔵書の除去をめぐる裁判の核心: 表現の自由と思想の自由. 図書館界. 55(1), 2003, 2-16.
(22) 川崎良孝. 学校図書館の検閲と生徒の知る権利: チェルシー事件(1978年)の場合. 図書館界. 55(4), 2003, 194-206.
(23) 川戸理恵子. 事例研究: アメリカにおける「ハリー・ポッター」シリーズ検閲論争. 学校図書館学研究. (6), 2004, 21-29.
(24) 野口武悟. 盲学校図書館における地域の視覚障害者に対する図書館サービスの構想と展開: 学校図書館法成立前後から1960年代の検討を通して. 日本図書館情報学会誌. 49(4), 2003, 156-171.
野口武悟. 「障害児学校」における学校図書館の制度的成立と展開: 「学校図書館法」成立前後の学校図書館行政の検討を中心に. 学校図書館学研究. (6), 2004, 3-19.
(25) 松戸宏予. 特別なニーズを抱える児童生徒への学校司書の役割と支援. 東京学芸大学大学院教育学研究科提出, 2004. 修士論文.
(26) 篠原由美子. 資料紹介: メイ・グラハム「日本の学校図書館」. 図書館文化史研究. (18), 2001, 107-119.
(27) 篠原由美子. 『学校図書館の手引』作成の経緯. 学校図書館学研究. (4), 2002, 15-33.
(28) 田辺久之. 占領期GHQ/SCAPによる高等学校図書館振興施策としてのコンプトン百科事典コンテストの経緯. 学校図書館学研究. (4), 2002, 3-13.
(29) 中村百合子. 戦後日本における学校図書館改革の着手: 1945-47. 日本図書館情報学会誌. 48(4), 2002, 147-165.
(30) アメリカ・スクール・ライブラリアン協会ほか編. (同志社大学学校図書館学研究会訳) インフォメーション・パワー: 学習のためのパートナーシップの構築: 最新のアメリカ学校図書館基準. 京都, 同志社大学, 2000, 234p.
(31) 例えば,岩崎れいほか.『インフォメーション・パワー:学習のためのパートナーシップの構築』に関する一考察: 1999〜2001年の文献レビューを中心に. 同志社大学図書館学年報. (28別冊), 2002, 27-52.
(32) アメリカ・スクール・ライブラリアン協会ほか編. (同志社大学学校図書館学研究会訳) インフォメーション・パワー 2 学習のためのパートナーシップの構築: 計画立案ガイド. 京都, 同志社大学学校図書館学研究会, 2003, 116p.
(33) アメリカ公教育ネットワーク,アメリカ・スクール・ライブラリアン協会. (足立正治ほか監訳) インフォメーション・パワーが教育を変える!: 学校図書館の再生から始まる学校改革. 東京, 高陵社書店, 2003, 211p.
(34) 塩見昇ほか. 学習社会・情報社会における学校図書館. 東京, 風間書房, 2004, 279p.
(35) 山形県鶴岡市立朝暘第一小学校編著. こうすれば子どもが育つ学校が変わる: 学校図書館活用教育ハンドブック. 東京, 国土社, 2003, 199p.
浅井稔子. 司書教諭1年生: 授業・子どもがこんなに変わる. 東京, 全国学校図書館協議会, 2004, 134p.
(36) 河西由美子. インターネット利用が情報探索過程に及ぼす影響について−高校生のウェブ検索における失敗の研究−. 東京大学大学院学際情報学府提出, 2002. 修士論文.

 


中村百合子. 学校図書館に関する日本国内の研究動向. カレントアウェアネス. 2004, (282), p.24-27.
http://current.ndl.go.jp/ca1546 [129]

  • 参照(21095)
カレントアウェアネス [13]
研究文献レビュー [130]
学校図書館 [131]

No.281 (CA1529-CA1537) 2004.09.20

  • 参照(21303)

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CA1529 - 図書館システムとオープンソースの利用 / 兼宗進

  • 参照(27864)

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カレントアウェアネス
No.281 2004.09.20

 

CA1529

 

図書館システムとオープンソースの利用

 

 2000年1月,ニュージーランドのHorowhenua Library TrustでKohaの運用が開始された。オープンソースによる図書館システムが幕を開けた瞬間である。

 

1. オープンソース・ソフトウェア

 オープンソース・ソフトウェアは,自由な利用・修正・複製・再配布を認めた上で,プログラムのソースコードを公開しているソフトウェアのことである。

 多くの場合,無償または無償に近い形態で提供が行われる。世界中の有志がインターネット上で共同作業することで,世に良質なソフトウェアが提供されることになる。インターネットは,伝統的に多くのオープンソース・ソフトウェアによって発展してきた。その流れは確実に図書館にも押し寄せている(CA1316 [134]参照)。

 

2. オープンソースの図書館システム

 Koha以降,PhpMyLibrary,Obiblio,LearningAccess ILS,Emilda,Avantiなど,様々なオープンソースの図書館システムが開発されてきた。

 これらは実際に図書館で使われているシステムであり,現在も継続して開発が行われている。システムの機能としては,図書館システムの基本となるOPAC,目録管理機能,貸出機能を提供しているシステムが多い。

 画面はWWWブラウザを使用するものが多い。書誌フォーマットにはMARCを採用し,一部のシステムではZ39.50を利用したオンラインの書誌登録を可能にしている。

 システムが開発された場所はニュージーランド,フィンランド,米国,フィリピンなど多岐にわたっているが,現在はインターネットを使い世界中から共同で開発が行われている。システムの情報は個々のプロジェクトのサイトに掲載されるほか,図書館関係のオープンソース・ソフトウェアを紹介するoss4libのサイトで知ることができる。

 以下ではシステムの例として,いずれも図書館のハウスキーピングを扱うシステムでありながら対照的な特徴を持つKohaとAvantiを紹介する。

 Kohaは,2000年にHorowhenua Library TrustのためにKatipo Communications社が開発したシステムで,完成後,そのプログラムがオープンソースとして公開された。

 Kohaはオープンソースの基盤の上に構築されたシステムである。プログラムはPerlで記述され,代表的な基本ソフトウェア(OS)であるLinux上で動作する。WWWサーバーにはインターネット上で最もシェアの大きいApacheを,データベース管理ソフトにはMySQLを採用している。このように既存のソフトウェアを上手に利用することで,Kohaは短期間でシステムを構築することができた。この手法は,多くのオープンソースの図書館システムに引き継がれている。

 Kohaはその後,ニュージーランド国内で広く使われるようになり,現在はフランス語,ポルトガル語,中国語など,各国語に対応したバージョンが世界中で利用されている。

 Avantiは,シュルムフ(Peter Schlumpf)を中心に1998年から開発が進められているシステムである。

 Avantiの設計思想は,Kohaなどのシステムと大きく異なる。Avantiは,データベースやWWWサーバーを含むシステム全体をJavaで記述している。その結果,Javaが動作する数多くの環境で動作することができ,MySQLやApacheなどをUNIX上で設定する知識を不要にした。また,Z39.50やMARCなどを外部のモジュールで実現している。その結果,システムの根幹が世の中の標準の変化に縛られることがなく,将来の拡張を見据えたシステム構成にすることができた。

 

3. オープンソース・システムの魅力と今後の可能性

 図書館システムは個別システムの時代からパッケージシステムの時代に進んできた。現在はオープンソース・システムが大きな可能性を秘めている。

 下表に,商用パッケージシステムとオープンソース・システムの比較を示した。

 

表 商用システムとの比較


 

  商用 オープンソース
機能 多い,複雑 少ない,シンプル
評価 難しい 容易(インストールして比較可能)
導入費用 高い 安い
改良の速度 遅い 速い
サポート 固定,高い 選択肢多い,費用はさまざま

 

 商用の図書館システムは,機能が多く複雑になり,全体を理解することが難しくなったという指摘がある。導入費用は高価であり,導入前に複数のシステムを使いながら比較することは難しい。改良の速度は遅く,ユーザーに機能の決定権はない。運用後のサポートは,システムの提供ベンダーに依頼することになり選択肢がない。

 オープンソースの図書館システムにはこのような制約がない。システムはシンプルで理解しやすく,安価に導入できる。自由にインストールして評価でき,改良の速度は迅速である。運用後のサポートは,自前で行ってもよいし,好みのベンダーに依頼することもできる。

 現在,オープンソースの図書館システムは発展途上である。本稿では図書館システムとしてハウスキーピングを担当するシステムを取り上げたが,それ以外にも,ポータルや学術情報リポジトリを実現するシステムなど,図書館に関わるオープンソース・システムは確実な広がりを見せている。今後はオープン性を活かしてこのようなシステムと連携することにより,発展が停滞している商用システムに代り,一気に利用が加速する可能性がある。

 世界的に運用が進められているオープンソースの図書館システムだが,今後,日本国内に浸透するためには何が必要だろうか。システム面では,日本に合わせた調整が必要である。日本語のメニュー,日本の書誌フォーマット/書誌ユーティリティへの対応をはじめ,表記の読みや配列を含めた日本語データの扱いを考慮する必要がある。運用面では,導入設定や運用サポートを行うベンダーの出現,海外との連携を含む国内のユーザーコミュニティの形成が必要になる。

 オープンソースは,開発者とユーザーが世界規模で共同して作りあげる新しいシステムの開発形態である。日本でも,オープンソース・システムの利用を進めつつ,世界的な議論に参加することで,利用と貢献をバランスよく進めて行くことが重要になる。今後の展開に期待したい。

一橋大学総合情報処理センター:兼宗 進(かねむね すすむ)

 

Ref.

Avanti MicroLCS. (online), available from < http://home.earthlink.net/~schlumpf/avanti/ [135] >, (accessed 2004-07-09).

Koha. (online), available from < http://koha.org/ [136] >, (accessed 2004-07-09).

Breeding, Marshall. An Update on Open Source ILS. InformationToday. 19(9), 2002. (online), available from < http://www.infotoday.com/it/oct02/breeding.htm [137] >, (accessed 2004-07-09).

oss4lib: Open Source Systems for Libraries. (online), available from < http://www.oss4lib.org/ [138] >, (accessed 2004-07-09).

Eyler, Pat. Koha: a Gift to Libraries from New Zealand. LINUX Journal. (106), 2003, 58-60.

 


兼宗進. 図書館システムとオープンソースの利用. カレントアウェアネス. 2004, (281), p.2-3.
http://current.ndl.go.jp/ca1529 [139]

カレントアウェアネス [13]
図書館システム [140]

CA1530 - 電子ジャーナルのコンソーシアム利用が大学図書館の文献デリバリーへ及ぼす影響 / 加藤信哉

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カレントアウェアネス
No.281 2004.09.20

 

CA1530

 

電子ジャーナルのコンソーシアム利用が大学図書館の文献デリバリーへ及ぼす影響

 

 近年,雑誌の危機(Serials Crisis)への対応のため,図書館コンソーシアムの形成による電子ジャーナルの大規模な導入が世界各国で展開されている。コンソーシアムによる電子ジャーナルの導入は,特定出版社の全タイトル利用を中心とした大量の電子ジャーナルが,コンソーシアムに参加する相当数の図書館で同時にバックファイルも含めて利用できることを意味する。このような電子ジャーナルのコンソーシアム利用が大学図書館の文献デリバリーへ及ぼす影響についていくつかの事例を紹介したい。

 

1. 米国

 オハイオリンク(OhioLINK;CA1165 [142]参照)は,オハイオ州の大学図書館コンソーシアムで1998年に電子ジャーナルセンター(Electronic Journal Center)を開始し,2004年現在,70以上の出版社の電子ジャーナル5,855タイトルを提供し,2003年には約388万件の論文がダウンロードされている(1)。オハイオリンクの参加館の中で最も規模の大きなオハイオ州立大学図書館(Ohio State University Libraries)では,表1のように電子ジャーナルセンターのサービスが開始された後であっても文献複写の依頼件数は減少していない。この理由についてキューン(Jennifer Kuehn)は,オハイオリンクが多数のデータベースに対するアクセスサービスを別に提供しているため雑誌論文に対する要求が増えていることと,電子ジャーナルのコレクションがある時期に一斉に提供されたわけではないことを指摘している(2)。

 

表1 1996/1997年度から2000/2001年度にかけて
オハイオ州立大学が依頼したILL件数および充足率

年度 1996/1997 1997/1998 1998/1999 1999/2000 2000/2001*
ILL依頼件数 14,102 17,310 17,491 17,553 18,328
文献複写充足件数 6,016 6,909 8,381 7,948 8,355
現物貸借充足件数 5,069 5,168 4,873 4,362 4,498

*10ヶ月分の実績に基づく推定値
出典:Kuehn(2001)

 

2. 英国

 英国では合同情報システム委員会(Joint Information Systems Committee:JISC)が全国電子サイトライセンス・イニシアティブ(National Electronic Site Licence Initiative:NESLI;CA1438 [143]参照)を設置し,1998年から2001年にかけて全国の高等教育機関を対象に電子ジャーナルを提供するための購読契約交渉を行った。これによって最大規模の文献供給センターである英国図書館(British Library)が大学図書館の遠隔利用者に対して供給する文献件数は, 1998/1999年度から2001/2002年度にかけて1,638,272件から1,327,922件に減少した。つまり3年間で18%減少した(3)。

 ロンドン大学の聖ジョージ病院医学校図書館(St Geroge's Hospital Medical School Library)は,NESLIの電子ジャーナルやエルゼビア・サイエンスダイレクト(Elsevier ScienceDirect),ワイリー・インターサイエンス(Wiley InterScience)等の電子ジャーナルを1999年から利用しているが,表2のように1999年のILL(Interlibrary Loan)受付件数は1998年に比べて約21%減少している(4)。

 

表2 1997年から2001年にかけて聖ジョージ
病院医学校図書館で処理したILL件数

年 1997 1998 1999 2000 2001
依頼件数 6,783 7,208 6,258 6,501 6,281
受付件数 5,348 5,035 3,992 3,183 3,246

出典:Robertson(2003)

 

 

 グラスゴー大学図書館(Glasgow University Library)は,2002年7月現在で5,526タイトルの電子ジャーナルを提供しているが,その約65%は冊子体雑誌を購読していないものである。提供している電子ジャーナルは,ブラックウェル,エルゼビア等の出版社の一括購読契約やEBSCO Business Source Premier,Gale Expanded Academic等のアグリゲータ・サービスによるものである。2001年に開始されたサイエンス・ダイレクトの利用によってエルゼビアの雑誌に対する文献デリバリーの依頼件数が激減したのは注目に値する。1998/1999年度のエルゼビアの雑誌に対する依頼件数は3,813件(613タイトル)であったが,2001/2002年度は847件(327タイトル)に減少した。それは77.8%の減少となる(5)。

 

3. 日本

 国立大学図書館は2002年度に文部科学省から電子ジャーナル導入経費の配分を受け,ブラックウェル,エルゼビア,シュプリンガー,ワイリーの4社について国立大学図書館協議会電子ジャーナルコンソーシアムを成立させた。2002年度に利用できる国立大学の電子ジャーナルは平均して2,700タイトルであった(6)。これによって表3のようにNACSIS-ILLにおける国立大学図書館の2002年度の文献複写依頼件数は2001年度に比べて約10%減少している(7)。

 

表3 1999年度から2003年度における
NACSIS-ILL文献複写依頼件数の推移

年度 1999 2000 2001 2002 2003
国立大学 637,517 617,586 610,150 551,172 502,175
公立大学 73,373 95,229 105,586 112,202 127,129
私立大学 174,298 205,914 249,204 301,967 346,546
その他 63,548 69,728 73,034 78,090 84,584
合計 948,736 988,457 1,037,974 1,043,431 1,060,434

出典:国立情報学研究所.ILL流動統計(館種別). (オンライン),
入手先< http://www.nii.ac.jp/CAT-ILL/contents/nill_stat_flowdata [144] >, (参照2004-07-09).

 

 上記の報告から分かるように,コンソーシアムによる電子ジャーナルの導入は文献デリバリーの減少に影響を与えている。しかしながら概括的な報告がほとんどであるため,文献デリバリーが減少した具体的なタイトル,論文の出版年,図書館間の処理量などについては必ずしも明確ではない。包括的で精緻な個別大学レベルの調査報告が待たれるところである。

山形大学附属図書館:加藤 信哉(かとう しんや)

 

(注)
(1) 高木和子. OhioLINK最近の活動状況と今後の計画. 情報管理. 47(3), 2004, 204-211.
(2) Kuehn, Jennifer. We're still here: Traditional ILL after OhioLINK Patron-initiated requesting and Ejournals. Paper presented at the 67th IFLA Council and General Conference August 16-25, 2001. (063-108-E). (online), available from < http://www.ifla.org/IV/ifla67/papers/063-108e.pdf [145] >, (accessed 2004-07-09).
(3) British Library. “Funding Agreement and Key Performance Indicators”. The British Library 29th annual report and accounts 2001/2002. 2002, 22. (online), available from < http://www.bl.uk/about/annual/pdf/perfindic.pdf [146] >, (accessed 2004-07-09).
(4) Robertson, Victoria. The impact of electronic journals on academic libraries: the changing relationship between journals, acquisitions and inter-library loans department roles and functions. Interlending & Document Supply. 31(3), 2003, 174-179.
  ロバートソン, ヴィクトリア. (加藤信哉訳) 電子ジャーナルが大学図書館に及ぼす影響: 雑誌部門,収書部門および相互貸借部門の役割と機能の変化. オンライン検索. 24(3/4), 2003, 155-163.
(5) Kidd, Tony. Does electronic journal access affect document delivery requests? Some data from Glasgow University Library. Interlending & Document Supply. 31(4), 2003, 264-269.
(6) 国立大学図書館協議会電子ジャーナル・タスクフォース. 国立大学図書館協議会電子ジャーナル・タスクフォース活動報告書. 2004, 62p. (オンライン), 入手先< http://wwwsoc.nii.ac.jp/anul/j/projects/ej/katsudo_report.pdf [147] >, (参照2004-09-01).
(7) 国立情報学研究所.ILL流動統計(館種別). (オンライン), 入手先< http://www.nii.ac.jp/CAT-ILL/contents/nill_stat_flowdata [144] >, (参照2004-07-09).

 


加藤 信哉. 電子ジャーナルのコンソーシアム利用が大学図書館の文献デリバリーへ及ぼす影響. カレントアウェアネス. 2004, (281), p.3-5.
http://current.ndl.go.jp/ca1530 [148]

  • 参照(18096)
カレントアウェアネス [13]
文献提供サービス [122]
電子ジャーナル [149]
コンソーシアム [150]
研究図書館 [151]

CA1531 - 中国国家図書館のウェブ・アーカイビング / 王志庚

  • 参照(16224)

PDFファイルはこちら [152]

カレントアウェアネス
No.281 2004.09.20

 

 

CA1531

 

中国国家図書館のウェブ・アーカイビング

 

はじめに

 情報が,空間的,時間的安定性を欠いているというインターネットの限界を克服しようという試みは,近年,世界中の国立図書館等を中心に行われ始めている。それは,ワールド・ワイド・ウェブ上の情報資源を収集し蓄積する「ウェブ・アーカイビング(web archiving)」と呼ばれている。中国国家図書館(National Library of China:NLC)では,2003年1月より「ウェブ情報資源の収集と保存実験プロジェクト(Web Information Collection and Preservation:WICP)」(E163 [153]参照)を開始した。本稿はWICPをめぐる実践について報告する。

 

1. NLCについて

 NLCは,中国国内で刊行される出版物を納本制度により網羅的に収集蓄積し,文化遺産として長く保存する役割を担っている。NLCは,市場や一般の図書館から入手できない資料を,最後のサプライ・センターとして提供する機能を持っている。納入の対象となる出版物としては,図書,逐次刊行物,音声資料,パッケージ系電子出版物等が挙げられる。インターネット情報等の「ネットワーク系電子出版物」の納入対象化については,2003年5月に中国国家図書館長から中国図書館法起草委員会に対し提案がなされ,現在審議中である。

 21世紀における中国の重要な国家戦略の一環として,2001年10月に,中国政府は,情報化社会に対応するための基盤プロジェクトとして,中国デジタル・ライブラリー・プロジェクト(China Digital Library Project)を発足させた。ウェブ・アーカイビングは当該プロジェクトにおける情報資源構築の重要な要素である。NLCは当該プロジェクトの中核を占めていて,ウェブ・アーカイビングに関する施策の推進と技術的試験を積極的に進めている。

 

2. NLCの取り組み

 ウェブ情報資源は中華文明の成果でありデジタル文化遺産の一部であるから,適切に保存・保護されなければならない。また,ウェブ情報資源はNLCの蔵書構築とサービスにとって戦略的意義を持つものであるから,NLCは伝統的な図書資料の収集と同じように,各種ウェブ情報資源を網羅的に収集しなければならない,と考えている。

 ウェブには,表層ウェブと深層ウェブの2つの類型がある。表層ウェブは主に静的なHTML等で構成され,ロボットで比較的容易に収集できる。データベース等の深層ウェブは,アクセスの都度動的に生成され,十分な収集は困難である。NLCは,ウェブ情報資源の収集と保存に関して,表層ウェブと深層ウェブに対し,異なる組織化戦術を取っている。即ち,WICPプロジェクトとODBNプロジェクト(Online DataBase Navigation)である(下図参照)。

 

図 WICPプロジェクトとODBNプロジェクト
図 WICPプロジェクトとODBNプロジェクト

 

 ロボットによる表層ウェブの収集はウェブ・アーカイビングの代表的な手段である。まず,ロボットを用いて,ウェブのデータを図書館のアーカイブ用サーバに複製することによって,情報を「記録化」する。これによって,情報が更新,削除される恐れがなくなり,内容の安定性が確保される。また,収集した情報の組織化を行うことによって,情報の存在を空間的に安定させる。さらに,この収集した情報を将来のために保存することによって,継続的なアクセスを保証し,情報の存在を時間的にも安定させる。

 

3. WICPとその業務モデル

 今のところ,WICPは「選択的収集」のアプローチを取っている。個々のウェブ情報について,サイトとウェブページ単位で選択して収集している。

a)サイト単位でミラーアーカイブ

 ウェブロボットを用い,あるサイトのトップページからダウンロードしていき,ダウンロードしたデータは原本のディレクトリ構造を維持し,一つの情報ユニットとして保存する。ウェブ情報は頻繁に更新されるため,同じタイトル,同じURL であっても,情報の更新にあわせて異なる時点で同一対象を重複ダウンロードする必要がある。このようにして複数の情報ユニットが作られ,すべての情報ユニットはウェブ情報の一つの「版」と見なされる。

 ダブリン・コアによって,収集したウェブ情報の目録作成を行い,書誌データは全国書誌に収載する。

  • ワークフロー

    • (1)対象調査:対象になるサイトの内容とその技術的課題を調査する。
    • (2)収集条件の設定:ウェブロボットに収集の深さ,広さ,頻度などの条件を設定する。
    • (3)収集の実施:ウェブロボットを稼動させる。
    • (4)書誌作成:目録作成を行う。主な目録記述要素は,サイト名,著作権者,発行者,公開日,分類,件名,リソース類型,URLである。
    • (5)品質検証:収集したデータの品質を検証する。
    • (6)情報ユニット登録:一つ一つの情報ユニットを書誌データシステムに登録する。
    • (7)サービス提供:館内LANで来館者に提供する。
  • コレクション(2004年6月20日現在)

    • (1)政府情報コレクション:国務院各部,各委員会,各省,直轄市,自治区のサイトなど57件
    • (2)逐次刊行物コレクション:記事全文を無料で提供する電子新聞と電子ジャーナルのサイトなど34件
    • (3)中国学コレクション:中国と国外の中国研究を主題とするサイトなど25件

b)ウェブページ単位で主題アーカイブ

 WICPは選択的収集が基本ではあるが,特定の主題やイベント(たとえば,SARS,北京オリンピック)に関連するウェブ情報を網羅的に収集するという主題アーカイブも行っている。主題アーカイブでは,イベント期間を限定したうえで,ホームページ,ポータル,サーチエンジン,チャットなど動的で寿命の短いウェブ情報を対象として一日一回以上の頻度で収集を行う。

  • ワークフロー

    • (1)主題の選択:網羅的に収集すべき特定の主題やイベントについて,その重要さ,影響度,存続期間などの条件により,保存価値を判断する。
    • (2)対象調査:対象になるホームページ,ポータル,チャットなどの内容とその技術的課題を調査する。
    • (3)収集条件の設定:ウェブロボットにキーワード,収集の深さ,広さ,頻度などの条件を設定する。
    • (4)収集の実施:起点を定め,ウェブロボットを稼動させる。
    • (5)メタデータの生成:ウェブページの主題,責任者,公開日,公開時間,オリジナルURL,要約,付属ファイルそのものの抽出と,分類,件名,識別子などの自動付与をし,メタデータとする。
    • (6)スナップショット:当該ウェブページをダウンロードし,スナップショットを作る。
    • (7)データ保存:メタデータとスナップショットをデータベースに保存する。
    • (8)品質検証:収集したウェブページの品質を検証する。
    • (9)サービス提供:館内LANで来館者に提供する。
  • コレクション(2004年6月20日現在)

    • (1)「北京オリンピック」:22万ページ
    • (2)「SARS」:32万ページ
    • (3)「中国の有人宇宙飛行」:15万ページ
    • (4)「国家図書館」:1.3万ページ
    • (5)「図書館情報学」:1万ページ

 

4. おわりに

 以上,NLCのウェブ・アーカイビングについて紹介した。ウェブ・アーカイビングをめぐっては,著作権や納本制度といった制度的課題が存在しているとともに,内容選択,ロボット性能,収集方針,保存粒度(CA1431 [154]参照),品質管理,メタデータ,オブジェクト識別子,全文検索,格納形式,長期的保存等々,それぞれに制度的,技術的要素が絡み合った複雑な課題が数多く存在する。NLCは世界の国立図書館と連携して,これらの制度的,技術的問題を解決しながら,図書館の社会的役割を充実させていくつもりである。

中国国家図書館:王 志庚(おう しこう)

 

Ref.

Web Information Collection and Preservation. (online), available from < http://webarchive.nlc.gov.cn/index.htm [155] >,(accessed 2004-06-20).

国立国会図書館訪中代表団. 第23回日中業務報告―国立図書館の機能強化―. 国立国会図書館月報. (515), 2004, 1-9.

 


王志庚. 中国国家図書館のウェブ・アーカイビング. カレントアウェアネス. 2004, (281), p.5-6.
http://current.ndl.go.jp/ca1531 [156]

カレントアウェアネス [13]
電子情報保存 [157]
中国 [158]
中国国家図書館 [159]

CA1532 - アジア諸国におけるインターネットの普及と諸要因 / 池田功一

  • 参照(16483)

PDFファイルはこちら [160]

カレントアウェアネス
No.281 2004.09.20

 

CA1532

 

アジア諸国におけるインターネットの普及と諸要因

 

1. はじめに

 1997年に0.5%にも満たなかったアジアのインターネット普及率は,2000年には3.1%,2004年には6.7%と順調な伸びを見せている。また,インターネットの利用者数が北米やヨーロッパを超えるとするデータもあり,アジアでのインターネットの普及は,世間一般に言われる通り,近年目覚しい発展をとげている。

 しかし,インターネットが広く普及しているのは日本・韓国・シンガポールなどごく一部であり,普及率が5%にも届かない国が大多数を占め,1%に届かない国も依然多い。

 なぜここまで普及率に差が出るのだろうか。そもそもインターネットの発展をもたらしている要因とは何なのだろうか。ここでは,シンガポールの南洋工科大学コミュニケーション情報学部教授であるハオ(Hao Xiaoming)氏らの,アジアにおけるインターネット普及の諸要因の分析を中心に見てみたい。

 

2. インターネット普及の諸要因

 ハオ氏らは,インターネットの発展に関する理論的な論議や自らの考察から,インターネットの普及に関係していると思われる次の7つの項目を導き出した。

 まず,国の発展を示す指標のうち,ユネスコの調査からメディアインフラの発達と関連があることが明らかとなっている,「一人当たりのGDP」「識字率」「都市への人口集中」の3つの項目を挙げている。

 次に,インターネットは英語のコンテンツが多くを占めていることから「英語の能力」,通信インフラの整備の遅れがアジアでのインターネットの普及を妨げていると言われることから「通信インフラの整備」を挙げている。また,インターネットが政治的統制への脅威と見られ政府の抵抗にあうことがあることから「政治的な自由」,インターネットの普及は即座に恩恵となって表れるようなものではなく,長期的な見通しが必要であることから「政局の安定」というそれぞれの項目を挙げた。

 上記の項目が揃っているほど,インターネットの普及と相関関係が見られると仮定し,アジア28か国についてそれぞれの項目を表示したデータを基に分析した。これら28か国は,国土面積,社会的・経済的発展,政治システム,識字率,都市化の度合い,通信インフラ,地理的位置がそれぞれ異なる,アジアの国々から抽出されている。

 

3. 分析の結果

 この分析では,統計学の手法であるピアソン相関係数を用い,上述の各項目とインターネット普及率の相関関係を求めている。

 分析の結果,一人当たりのGDP,通信インフラの整備においてはかなりの相関関係が見られ,都市への人口集中,政局の安定については一定の相関関係が見られた。一方,識字率,政治的な自由についてはあまり深い関係が見られず,英語の能力については相関関係が見られなかった。

 この結果について,ハオ氏らは次のような見解を示している。

  • (1)GDPとの関係については,インターネットの構築は国家にとっても個人にとってもコストのかかるものであり,国家・個人両方の経済力を示す一人当たりGDPと因果関係にあることは自然なことである。また,通信インフラが整備されることなしには,個人ユーザがインターネットにアクセスする手段はないのであるから,通信インフラとも深く関係している。さらに,その通信インフラを整備する上で,電話線を張り巡らせる距離・費用が少なくてすむため,都市化が関係することも肯ける。
  • (2)アジアの多くの国はインターネット普及率が著しく低いため,そういった国々で現在インターネットを使っている人は特権的エリート階級である。そのため,識字率がインターネットの普及と関係してくるのは,それらの国々でインターネットの利用が一般の人にまで浸透したときだろう。政治的自由と相関関係があまり見られなかったのは,政治的統制を行おうとする人々も,インターネットによる情報への自由なアクセスが統制への脅威となると懸念はしながら,特に経済面においてインターネットの利点を期待しているからではないか。
  • (3)インターネットでは英語のサイトが多数を占める一方,英語の能力との深い関係が見られなかったのは,世界的なインターネットを構築しているというよりは,アジアの国々が自国の言語によるサイトを多く構築しているからであろう。政局の安定については,アジアの国々の政府があまりにも短期的に交代していることもあり,GDPや通信インフラほど強い相関関係は見られなかったが,一定の相関関係が見られた。

 以上ハオ氏らの見解を紹介したが,このうち,通信インフラの整備と政治的自由について個別に見てみたい。

 まずは強い相関関係が見られる通信インフラの整備についてであるが,現在高いインターネット普及率を誇っているアジアの各国は,いずれも1980年代から90年代にかけて通信インフラの整備を進めており,インターネットの登場以降,各国政府はさらに押し並べて推進政策を展開した。このことが,近年アジアで爆発的なインターネットの普及を生み出した要因とされており,ハオ氏らの見解は妥当であろう。ただ,タイのように,通信インフラがある程度整備されているにも関わらず,政府企業の独占により通信料金が高く,インターネットの普及があまり進まない国もあったことから,通信インフラ整備だけではなく,通信事業分野の規制緩和による民間の競争原理の導入も,重要な要素であると言える。

 政治的な自由については,ハオ氏らの見解のほか,政府による統制が逆にインターネットの普及を促した例もある。例えば台湾では,政府の統制によりテレビ番組が三つの国営放送局のものしかないため,海外の番組等も放映するケーブルテレビが人気を博し,ケーブルによる高速インターネットの普及に繋がった。また韓国では,政府による規制の影響で家庭ゲーム機があまり普及していない代わりに,若者の間でインターネットカフェでのオンラインゲームが爆発的人気となり,インターネットの普及を後押しした。こうした事例は,なぜ政治的自由がハオ氏らの考察においてあまり相関関係が見られなかったかの理由となるばかりでなく,インターネットの普及には,ネット上に魅力的なコンテンツがどれくらい存在するかという,ハオ氏らの考察にはない要素も重要であることを示している。

 

4. おわりに

 以上の考察では,今のところ,識字率等の社会的要因よりは,GDP,通信インフラのような経済的要因が実際の普及において重要であるということが実証されている。アジアのインターネット普及を促進して,情報格差に起因する経済上の不利・貧富の差を緩和し,アジア全体の距離が情報技術によってより近くなるためには,やはり先進国による通信インフラへの経済的な援助が必要であることが,示唆されている。

 ハオ氏らの考察は,データのみに基づくわけではなく,政治的自由などの主観的な判断を含んでいる部分があることや,データについても,インターネットの統計を統一的に出している機関がない,つまり同一の方法で体系的にデータを集計している機関がないという,インターネット統計に関わる根本的な問題から,必ずしも正確なものとは言えないかもしれない。しかし,インターネット普及の要因を多角的に捉え,理論を基にデータを用いて実際に検証した成果は,目新しさこそないが意義深い。

 ハオ氏らが述べているように,これらのインターネット普及の要因は何もアジアに限られたことではないと思われる。ただ,この考察で抽出された,国土面積,社会的・経済的発展,政治システム,識字率,都市化の度合い,通信インフラ,地理的位置などの要因がこれだけ多様であるのは,アジアの他をおいてないようにも思われる。その点で,アジアにおけるインターネット普及の諸要因を考察することは重要であり,今後は,より長期的で統一的な方法に基づいたデータと,それを用いた研究が望まれる。

主題情報部人文課:池田 功一(いけだ こういち)

 

Ref.

Hao Xiaoming et al. Factors affecting Internet development: An Asian survey. First Monday. 9(2), 2004. (online), available from < http://firstmonday.org/issues/issue9_2/hao/ [161] >, (accessed 2004-03-02).

“How Many Online?”. Nua Internet Surveys. (online), available from < http://www.nua.com/surveys/how_many_online/asia.html [162] >, (accessed 2004-06-27).

Internet World Stats. “INTERNET USAGE STATISTICS - The Big Picture ”. (online), available from < http://www.internetworldstats.com/stats.htm [163] >, (accessed 2004-06-27).

財団法人インターネット協会. インターネット白書. 東京, インプレス, 1998-2003.
大木登志枝. アジアインターネット白書: 最新版. 東京, アスキー, 2001, 341p.

飯塚留美. 韓国のインターネット事情―インターネット,ADSLの急速な普及の背景―. 通信工業. 42(2), 2002, 38-44.

田中辰雄ほか. インターネットの普及要因―需要・供給分析より. 経済産業ジャーナル. 34(5), 2001, 32-35.

 


池田功一. アジア諸国におけるインターネットの普及と諸要因. カレントアウェアネス. 2004, (281), p.6-8.
http://current.ndl.go.jp/ca1532 [164]

カレントアウェアネス [13]
アジア [29]

CA1533 - 緊急時に求められる図書館サービスについて / 清水扶美子

  • 参照(12385)

 

PDFファイルはこちら [165]

カレントアウェアネス
No.281 2004.09.20

 

 

CA1533

緊急時に求められる図書館サービスについて

 

 身近に緊急事態が発生したときに人々がまず欲するものの1つに「情報」がある。メディアによって伝えられる緊急事態そのものについての情報とともに,自分たちはどう対応すればよいのか,事態に巻き込まれた知人の行方は,といったもっと個人に密着した情報についても必要とされる。ところが,それらの一次情報は各専門機関で照会可能であるものの,どの情報をどこに照会すればよいのかといった,いわゆる二次情報を一括して入手できる公的機関はなかなかみられない。ここに情報を収集・提供する機関としてのサービスの可能性を見出した図書館がある。

 以下では,こうした図書館の事例として,中国国家図書館,ニューヨーク公共図書館(New York Public Library)及び台湾国家図書館の活動を紹介する。

 2003年4月,アジアの各地でSARSが蔓延した際に,中国では中国国家図書館および首都図書館,上海図書館など7つの省立,市立図書館が,それぞれのウェブサイトの中に予防法等SARSに関する情報を集めたページを次々に立ち上げた。中でも中国国家図書館が全国文化信息資源共享工程(全国文化情報資源共同利用プロジェクト)と共同で立ち上げたウェブサイト「抗撃“非典”,珍愛健康。(SARSに抵抗し,健康を大事にしよう。)」(“非典”とは非典型肺炎の略で,SARSのことである。)では,SARSに関する病理や治療法などの研究から家庭での予防法にいたるまで,幅広い分野の最新動向が載せられ,随時更新されている。それだけではなく,SARS対応の拠点となる病院・機関や専門家,使われる薬についても紹介されており,また,いくつかのSARS予防法に関する図書が電子化され,その全文が今でも無料で閲覧可能となっている。SARSに関する情報を求めてこのウェブサイトを訪れた人々が,ただ単にSARSという病気について知るだけではなく,どのようにして予防すればよいか,万一感染してしまった場合はどこに連絡をし,どの病院に診察を依頼すればよいかなど,SARSに関する一次,二次を合わせた広範囲の情報を効率よく得ることができるようになっている。
米国では,2001年9月11日の同時多発テロ発生を受けて,ニューヨーク公共図書館が緊急情報のページを同館のウェブサイト内に立ち上げた。その中の緊急電話番号のページでは,犠牲者家族支援センターやDNAサンプル収集の場所・時間・連絡先のような犠牲者の家族のための情報から,市の災害センターや警察などの公的機関へのホットライン,寄付・基金や献血についての連絡先,病院やカウンセリング,郵便の仮配達所まで豊富な情報が掲載された。また,これらのような二次情報の提供だけではなく,関連図書の推薦や電子メールによる司書への問い合わせの対応など,情報を保有する機関として,一次情報の提供も行っていた。

 この2例に共通して言えることは,既存の資料を利用者の求めに応じて提供するこれまでのサービスにとどまらず,図書館側から,必要とされるであろう情報を能動的に収集し,いわば情報の中継地点として活躍したということである。

 さらに,情報の提供のみにとどまらず,患者やその家族を精神面で支えるサービスを行った事例もある。

 2003年にSARSの脅威に見舞われた台湾では,台湾国家図書館が様々な抗SARS対策を展開した。まず3月末にSARS予防についてのポスターを掲示,4月末には利用者にマスクの着用を呼びかけたほか,5月には同館のウェブサイト上に「SARS心霊補給站(SARS元気補給ステーション)」を立ち上げた。

 このページは,世界保健機関(WHO)が管理するSARSについての専門ページや台北市の衛生局の専門ページなど,12のSARS関連サイトへのリンクを張るほか,11冊の電子図書および100編を超える小品の全文を無料で閲覧できるようにした。そのジャンルは,小説,笑い話からレシピ集など料理に関する図書まで多岐にわたる。

 このページの目的は,その名の示す通り,SARSにかかって隔離され,図書館を訪れることができない人々にも本を読む機会を提供することで,そうした人々の孤独を少しでも和らげ,暗く落ち込んだ気持ちを回復に向かわせようというものである。図書館職員自身はカウンセラーではないので,患者一人一人と向かい合ったカウンセリングを行うことはできない。だが,このように来館したくてもできない潜在的利用者をも視野に入れたサービスを展開することにより,「何かあっても図書館に行けば(あるいは,図書館のウェブサイトを見れば),自分にとって助けになる何かが得られる」という,図書館の存在価値についての再認識を導き出せるのではないだろうか。

 以上に述べた3館のサービスが住民に大いに歓迎されたことは,緊急事態に図書館がどう対応していくべきかを考える上で,注目に値する。

関西館資料部収集整理課:清水 扶美子(しみず ふみこ)

 

Ref.

孫継林. 国内図書館抗SARS網頁述評. 国家図書館学刊. (46), 2003, 63-65.

中国国家図書館. 抗撃“非典”,珍愛健康。(online), available from < http://202.96.31.16/kjfd/ [166] >,(accessed 2004-06-20).

The New York Public Library. Emergency information. (online), available from < http://www.nypl.org/branch/services/emerginfo.html [167] >, (accessed 2004-03-19).

菅谷明子. “第3章 市民と地域の活力源”. 未来をつくる図書館−ニューヨークからの報告−. 東京, 岩波書店, 2003, 92-102.

台湾国家図書館. SARS心霊補給站. (online), available from < http://book.ncl.edu.tw/ncl/sarsweb/index.asp [168] >, (accessed 2004-06-20).

兪小明. 国家図書館SARS防疫相関措施. 国家図書館館訊. (97), 2003, 26-28.

 


清水扶美子. 緊急時に求められる図書館サービスについて. カレントアウェアネス. 2004, (281), p.8-9.
http://current.ndl.go.jp/ca1533 [169]

カレントアウェアネス [13]
図書館サービス [170]
目録作業 [171]
感染症 [172]

CA1534 - 動向レビュー:セマンティックウェブと図書館 / 渡邊隆弘

  • 参照(24704)

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カレントアウェアネス
No.281 2004.09.20

 

CA1534

動向レビュー

 

セマンティックウェブと図書館

 

1. セマンティックウェブとは(1)

 標準的なウェブ文書では,機械処理のためのマークアップ表現は文書構造・レイアウトに対してのみ行われ,その内容,すなわち「意味的な(Semantic)」側面については,人間による読解が前提となっている。しかし爆発的な情報量となった今日では,その総体を巨大なデータベースとみなす検索エンジンや,散在する資源を横断的に統合する情報サービスが不可欠なものとなっており,それらをより洗練させるには,人間だけではなくコンピュータにも情報の「意味」を理解させる必要がある。

 「セマンティックウェブ」は,ウェブの発明者であるバーナーズ=リー(Tim Berners-Lee)によって提唱された枠組みであり,「ウェブに記述される情報に明確な意味の定義を与え,コンピューターと人間とがうまく協力して作業できるように」「現在のウェブを拡張したもの」(2)である。イメージはウェブの設計当初からあったとされるが,直接的な提唱は1998年頃であり,2001年のScientific American誌に掲載された論文“Semantic Web”(3)で世界的に注目され,用語としても定着するようになった。この論文の邦訳題は「自分で推論する未来型ウェブ」だが,その最終目標は,知的エージェントソフトウェアが人の代わりに問題解決のためのデータ収集・判断・評価を行ってくれるという未来図にある。

 米国やEUではセマンティックウェブに関わる大規模な開発プロジェクトが動いており,標準化活動はW3Cによって行われている(4)。日本では情報処理相互運用技術協会(5)が調査・翻訳などの普及活動に努めている。また,2002年から国際セマンティックウェブ会議(ISWC)(6)が行われているが,2004年は広島での開催が予定されている。

 

2. セマンティックウェブの諸要素技術と標準化動向

 セマンティックウェブの考え方は,情報リソースの内容やその処理方法を明示的かつ標準化された形式で共有化することで,高度な処理が可能になるというものであり,様々なデータに対してメタデータを確実に付与することが基盤となる。その全体像は,XMLやURIといった基盤技術を前提として,以下にあげる各層の諸要素技術が順次開発され,組み合わされて機能するという枠組みで説明されることが多い。

  • (1)RDFモデルおよびシンタックス層
  • (2)RDFスキーマ層
  • (3)オントロジ層
  • (4)ルール層
  • (5)ロジックフレームワーク層
  • (6)プルーフ層
  • (7)トラスト層

 まず,RDF(Resource Description Framework)(7)を用いたメタデータの記述が行われる。RDFは意味論には関わらず,XMLによるメタデータ記述の汎用的な構文枠組みを規定したものであり(「リソースのプロパティとその値」という単純な情報の集積として記述する),上記(1)のRDF/XML Syntax Specificationとして早くから標準化されている。セマンティックウェブでは単一のメタデータ規則(例えばダブリン・コア)の使用を推奨・強制する発想はなく,どのような規則に基づいたメタデータであってもRDFによる構文記述を行えば交換・共有化が可能であるという考え方に立っている。

 とはいえ,構文的な統一があってもプロパティや値の相互関係が伝達できなくては,「意味」の共有にはならない。例えば,異なるメタデータ規則のデータ要素「責任表示」と「作成者」の対応関係や,「自動車」と「乗用車」といった辞書的な関係情報が求められる。こうした情報は上記(2)のRDFスキーマ層(RDF Vocabulary Description Language として標準化)で一定程度管理され,異種スキーマを統合的に扱うためのより詳細な語彙・概念の管理が(3)のオントロジ層で行われる。オントロジは概念間の階層関係や概念定義間の整合性を記述した知識ベースであり,1980年代から人工知能分野などで研究がなされてきた。セマンティックウェブでは普遍的・集権的なオントロジ構築は想定されておらず,異なるオントロジ間の相互運用に資するオントロジ記述言語の標準化が急務であったが,2004年2月にOWL(Web Ontology Language)(8)がW3C勧告文書として完成している。なお,これらとは別に,情報リソースから独立した形で概念間の関係を定義する「トピックマップ」の標準化活動が1990年代から行われているが,セマンティックウェブとの関連で新たな注目を集めている(9)。

 RDFメタデータは実用化が徐々に進み,オントロジは標準化が一段落した現状にあるが,これだけでは知的エージェントは実現されない。データ解釈・処理のルールを論理式として共有化し(上記(4)(5)層),さらには情報の信頼性を保証する枠組み(上記(6)(7)層)が必要であるが,これらはまだ構想段階で具体化されておらず,長い道のりが予想される。

 

3. セマンティックウェブと図書館

 アダムス(Katherine Adams)(10)は,「シソーラス構築,メタデータデザイン,情報組織化といった図書館の伝統的スキルのいくつか」がセマンティックウェブに組み込まれると述べている。図書館情報学の蓄積がそれほど直接的に採用されているとはいえないが,メタデータやオントロジによって情報の相互利用性拡大をめざすセマンティックウェブが,情報の組織化・提供を本旨としてきた図書館と高い親和性を持つのは疑いない。

 また一方,情報組織化の長い伝統を持ち,ウェブ上の情報爆発によってその限界にも直面している図書館にとって,セマンティックウェブの動向は重要な意味を持つものである。図書館情報学の立場からセマンティックウェブをとらえた論考は,バーナーズ=リーらの論文が出た2001年以降いくつか発表されている。また,2002年4月には,欧州図書館自動化グループ(European Library Automation Group)が年次セミナーのテーマに「セマンティックウェブと図書館」をとりあげ,RDFやオントロジに関する講演が行われている(11)。

 以下,学術雑誌等の論考を中心にいくつかの論点を紹介する。

3.1 典拠管理とセマンティックウェブ

 目録すなわちメタデータを作ること自体がセマンティックウェブの第一歩ともいえるが,意味の共有という観点から典拠管理がしばしばとりあげられる。

 フランクリン(Rosemary A. Franklin)(12)は,現在のウェブ上の学術情報探索には検索精度を保証する典拠管理が欠落しており,「次世代のウェブ」であるセマンティックウェブでは図書館情報学における目録法・主題索引法が取り入れられていくという見通しを述べている。ブルックス(Terrence A. Brooks)(13)も,典拠管理の手法によってウェブにおける検索上の問題は相当部分解決するとし,セマンティックウェブを実現するためには各種の「値(value)」を管理するリポジトリ(「バリュースペース」と名付けている)を設けることが有効であると述べている。またLCのティレット(Barbara B. Tillett)(14)は,自らの主導する「バーチャル国際典拠ファイル」(CA1521 [174]参照)が未来のセマンティックウェブの不可欠な一部分になるというシナリオに言及している。なお,ブルックスが上記の構想について,集権的な管理機構を持たないウェブ世界の現状では「実行不可能」と自ら懐疑を示しているように,分散環境を前提とするセマンティックウェブにどう適用していくのかは大きな問題である。

3.2 主題アクセスとオントロジ

 オントロジは,図書館から見れば分類・件名・シソーラスなどの主題アクセスツールと関連づけてとらえられる。ゼルゲル(Dagobert Soergel)(15)は,オントロジは図書館における分類の「再発明」であるとし,分類表,シソーラス,辞書,オントロジといった多くのタイプの知識ベースをオーバーラップさせるコミュニティ間の対話が必要だと指摘している。先にあげたアダムスは分類とオントロジの同質性を述べたうえで,図書館分類が人(利用者)を援助するのに対して,オントロジは機械(ソフトウエア)との対話を重視するという強調点の違いがあるとしている。また前節にあげたフランクリンもセマンティックウェブにおけるシソーラスや分類の役割について述べ,特にファセットアプローチが重要としている。

 より実践的には,AAT(Art and Architecture Thesaurus)をはじめとする4種のオントロジをRDFスキーマに変換し,オントロジ間のリンクを施して絵画等の画像データベース検索に生かす実験システムが,フリー大学(オランダ)の研究グループから発表されている(16)。またアダムスはトピックマップを次世代ウェブのインフラとして高く評価しているが,OCLCでは,ウェブページ群からの主題情報抽出とトピックマップ生成をある程度自動的に行い,ウェブ上の主題ナビゲーションを改善する“RDF Topicmaps”(17)のソフトウェア開発が進行中である。

3.3 ポータル,リポジトリとセマンティックウェブ

 Ex Libris社のサデー(Tamar Sadeh)ら(18)は,図書館ポータルにおけるセマンティックウェブの重要性について述べている。スキーマを共有しない異種リソースの同時検索にはデータベース内容の構造に関する情報を共有する必要があるが,Z39.50におけるExplainファシリティなどこれまでの試みは結局根付いておらず,サデーらはオントロジによってこの問題が解決されることを期待している。

 またファスト(Karl V. Fast)ら(19)は,各種のリポジトリで用いられているメタデータ収集プロトコルOAI-PMH(CA1513 [88]参照)とセマンティックウェブの考え方を比較し,メタデータを用いて分散・非集権環境下で情報の相互利用を円滑化するという共通性はあるが,ドキュメント単位の情報流通を前提とするOAI-PMHに対して,セマンティックウェブではより分節化された細かな単位にメタデータを付すという粒度の違いがあると論じている。より実践的には,機関リポジトリDSpace(CA1527 [87]参照)をセマンティックウェブ技術を用いて拡張するSIMILEプロジェクト(20)がMIT, HP, W3Cの3者共同で立ち上げられている。

 

4. おわりに

 以上のように,図書館界でも様々な観点から,セマンティックウェブが注目されてきている。しかしながら,この技術は様々な側面を持つため焦点が絞りにくく,多くの論者が自らのフィールドにあわせて接点を設定しているきらいがある。また,親和性が高いとはいいながら,図書館における情報組織化の伝統とセマンティックウェブの方向性には無視しえない相違点もある。図書館の発想は目録規則や統制語彙を統一してデータを標準化させる方向に傾きがちなのに対して,セマンティックウェブがめざすのはあくまで分散・非集権を前提とした情報共有化を可能とする標準化技術である。また,対象リソースとなる粒度の異なりも大きな問題であり,知的エージェントの推論に資するオントロジと,ドキュメント単位のアクセスを前提とする図書館の主題ツールは,必ずしも同列には論じられない。

 OCLC出身でW3Cにおけるセマンティックウェブ開発の中心人物の一人であるミラー(Eric Miller)ら(21)は,目録規則やMARCの伝統を持ち,利用者行動の観察や大量データの操作にも豊富な経験のある図書館コミュニティは,セマンティックウェブに大いに貢献できると述べている。上述した両者の異なりも自覚しながら,さらに研究・実践が深まっていくことが望まれる。

神戸大学附属図書館:渡邊 隆弘(わたなべ たかひろ)

 

(1) セマンティックウェブの概略については多くの解説記事があるが,まとまった特集を一つだけあげておく。 特集: セマンティックWeb. 情報処理. 43(7), 2002, 707-750.
(2)Berners-Lee, T. et al. (村井純ほか訳)自分で推論する未来型ウェブ. 日経サイエンス. 31(8), 2001, 54-65.
(3) Berners-Lee, T. et al. The Semantic Web. Scientific American. 284(5), 2001, 34-44. (online), available from < http://www.sciam.com/article.cfm [175]?chanID=sa006&colID=1&articleID=00048144-10D2-1C70-84A9809EC588EF21 >, (accessed 2004-07-12). (注2の原文)
(4) World Wide Web Consortium. “Semantic Web”. (online), available from < http://www.w3c.org/2001/sw/ [176] >, (accessed 2004-07-19).
(5) INTAP セマンティックWeb委員会. (オンライン), 入手先< http://www.net.intap.or.jp/INTAP/s-web/ [177] >, (参照2004-07-19).
(6) International Semantic Web Conference. (online), available from < http://iswc.semanticweb.org/ [178] >, (accessed 2004-07-19).
(7) World Wide Web Consortium. “Resource Description Framework (RDF)”. (online), available from < http://www.w3c.org/RDF/ [179] >, (accessed 2004-07-19).
(8) World Wide Web Consortium. “Web Ontology Language (OWL)”. (online), available from < http://www.w3c.org/2004/OWL/ [180] >, (accessed 2004-07-19).
(9) TopicMaps.Org. (online), available from < http://www.topicmaps.org/ [181] >, (accessed 2004-07-19).
(10) Adams, Katherine. The semantic Web: differentiating between taxonomies and ontologies. Online. 26(4), 2002, 20-23.

(11) European Library Automation Group 2002. (online), available from < http://www.ifnet.it/elag2002/ [182] >, (accessed 2004-07-12).
(12) Franklin, Rosemary Aud. Re-inventing subject access for the semantic Web. Online Information Review. 27(2), 2003, 94-101.
(13) Brooks, Terrence A. The Semantic Web, universalist ambition and some lessons from librarianship. Information research. 7(4), 2002. (online), available from < http://informationr.net/ir/7-4/paper136.html [183] >, (accessed 2004-07-12).
(14) Tillett, Barbara B. AACR2 and metadata: Library Opportunities in the Global Semantic Web. Cataloging & Classification Quarterly. 36(3/4), 2003, 101-119.
(15) Soergel, Dagobert. The rise of ontologies or the reinvention of classification. Journal of the American Society for Information Science. 50(12), 1999, 1119-1120.
(16) Hollink, Laura et al. Semantic annotation of image collections. Knowledge Capture 2003, Florida, 2003. (online), available from < http://www.cs.vu.nl/~guus/papers/Hollink03b.pdf [184] >, (accessed 2004-07-18).
(17) RDF Topicmaps. (online), available from < http://topicmap.oclc.org:5000/ [185] >, (accessed 2004-07-18).
(18) Sadeh, Tamar et al. Library portals: toward the semantic Web. New Library World. 104(1184/1185), 2003, 11-19.
(19) Fast, Karl V. et al. The ontological perspectives of the semantic Web and the metadata harvesting protocol. Canadian Journal of Information and Library Science. 26(4), 2001, 5-19.
(20) SIMILE. (online), available from < http://simile.mit.edu/wiki [186] >, (accessed 2004-07-18).
(21) Miller, Eric et al. “Libraries and the future of the semantic Web: RDF, XML, and alphabet soup”. Cataloging the Web: Metadata, AACR, and MARC21. Lanham, Scarecrow Press, 2002, 57-64.

 


渡邊 隆弘. セマンティックウェブと図書館. カレントアウェアネス. 2004, (281), p.9-12.
http://current.ndl.go.jp/ca1534 [187]

カレントアウェアネス [13]
動向レビュー [38]

CA1535 - 動向レビュー:米国におけるデジタルレファレンスサービスの動向 / 杉江典子

PDFファイルはこちら [188]

カレントアウェアネス
No.281 2004.12.20

 

CA1535

動向レビュー

 

米国におけるデジタルレファレンスサービスの動向

 

1. はじめに

 デジタルレファレンスサービス(Digital Reference Service)とは,主にインターネットを介したレファレンス質問のやりとりである。図書館員と利用者をつなぐコンピュータ技術によって様々な形態が存在する(1)。現在最も主流となっているのは,電子メール(あるいはウェブフォーム)とチャットによる質問のやりとりで,それぞれメールレファレンス,チャットレファレンスなどと呼ばれる。米国で始まったこのデジタルレファレンスサービスについては,すでに田村俊作(CA1437 [189]参照)と斎藤泰則(CA1488 [190]参照)がその概要や動向を本誌で取り上げている。本稿では,主にそれ以後の文献を取り上げ,最近の動向を紹介してゆく。

 米国の図書館では,1990年代以降,デジタルレファレンスサービスの試行が,多くは研究助成を受けて繰り返されてきた。このデジタルレファレンスサービスの可能性については,単にレファレンスサービスの担当者や専門家の間だけでなく,図書館界全体において華々しく語られているように見える。しかしインターネットはプラスの側面ばかりをもたらしてくれたわけではない。デジタルレファレンスサービスが盛んに語られる傍らでは,多くの利用者が検索エンジンに代表されるインターネット上の情報源や,商用の質問回答サービスを好んで使うようになり,ますます現実の図書館でのレファレンス利用が減ってしまうことへの危惧も語られ続けている。確かに現実の図書館でおこるレファレンス質問数の減少については,様々な文献で述べられている。

 最もよく引用される米国研究図書館協会(Association of Research Libraries:ARL)による統計では,ARL加盟館における1館あたりのレファレンス質問処理件数の中央値は,1996年の157,275件をピークに急激に減少しつつあり,2003年には93,036件にまで落ち込んでいる(2)。ただし,ジェーンズ(Joseph Janes)が2000年に図書館員を対象に行った調査結果(3)によると,全体の質問数が減っていると考えるのは大学の図書館員が最も多く,逆に公共図書館の図書館員では,増えていると考える人数が最も多かった。この結果を規模別にみると,質問が減っていると考えるのは大規模館の図書館員が最も多く,小規模館の図書館員では,増えていると考える人数が最も多かった。また,米国図書館協会公共図書館部会(Public Library Association:PLA)の統計によると,公共図書館におけるレファレンス質問の処理件数は,この10年でははっきりした増減は見られない(4)。

 以上のことから,インターネットの登場によって最も大きな影響を受けているのは,現時点では大規模な大学図書館であると言うことができよう。

 

2. デジタルレファレンスサービスの動向

2.1 図書館によるサービス提供状況

 それでは現在米国では,どの程度の図書館がデジタルレファレンスサービスを提供しているのであろうか。2000年から2001年にテノピア(Carol Tenopir)らによって,ARL加盟館を対象として実施された調査の結果(5)からは,回答館の99%がメールレファレンスを提供し,29%がチャットなどによるリアルタイムのレファレンスサービスを提供していることがわかった。また2002年にARLが加盟館に対して行った調査結果からは,回答館のうち54%がチャットレファレンスを提供していることがわかっている(6)。

 ジェーンズが2000年に図書館員を対象に行った上記の調査結果では,公共図書館で71%,大学図書館で83%が何らかの形でデジタルレファレンスサービスを提供していることがわかった(7)。さらに,2001年にバオ(Xue-Ming Bao)が大学図書館のホームページを調査した結果(8)からは,ウェブを利用してデジタルレファレンスサービスを提供している図書館は全体の46.9%であったこと,大学の規模・設立母体別にみると,最も割合が高かったのは,修士課程を持つ公立大学の図書館で75.0%,最も低かったのは4年制の私立大学の図書館で27.3%であったことがわかった。

 ジェーンズらの調査は図書館員が質問紙に回答する方法で行われたため,サービスを活発に行っている館で働く図書館員が回答に協力的であり,結果が実際よりも高めであることが推測される。かたやバオの調査は,著者が自分自身でホームページにアクセスをして行った調査の結果であるため,データは現状そのままを表していると考えてもよいだろう。これらの調査結果からは,デジタルレファレンスサービスの様々な形態のうち1990年代前半に始められたメールレファレンスは,ほぼ10年を経て,大規模な図書館では定着したと見ることができる。しかしメールレファレンスでも,依然として一部の規模の小さな図書館ではあまり提供されていないという事実も浮かび上がってくる。

2.2 利用者による利用状況

 図書館の提供するデジタルレファレンスサービスを,利用者はどの程度利用しているのだろうか。上記のARLの調査結果(9)中で,回答館のうち数館については2002年中のチャットレファレンスの質問受付数が示されている。これを見ると,最も受付数の多いイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校では1日平均41件受け付けているが,これは全体からするとずば抜けており,大半の大学図書館が10件にも達していない。また,クロス(Louise Kloss)らが,ノースイースタン・オハイオ図書館協会地域図書館システム(Northeastern Ohio Library Association Regional Library System)という公共図書館を中心とするコンソーシアムの提供するチャットによるレファレンスサービスについて行った調査結果(10)では,調査期間中の参加館は14〜17館であったが,システム内の利用は平均すると1日7.6人とあまり多くない。

 チャットレファレンスは,メールレファレンスに比べると,スタッフの配置や訓練など運営にはコストがかかると言われているにもかかわらず,大規模な図書館ですらあまり利用者からは利用されていないことがわかる。まだサービスを始めてから日の浅い館が多いことも関係していると考えられるが,この傾向は様々な場面で指摘され,導入の是非についても議論されるようになってきている(11)。

2.3 利用者の質問とサービスに対する評価

 デジタルレファレンスサービスでは,レファレンスインタビューが困難であることなどから,利用者からの質問や図書館員とのやりとりが,現実の図書館で起こるものとは違ったものになる。上記のジェーンズの調査(12)では,図書館員は,デジタルレファレンスサービスには,即答質問が最もふさわしく,調査質問は最も困難であると考えていることが明らかになっている。

 実際に図書館に対して利用者がどのような質問を投げかけているのかを調べた調査がある。マーステラ(Matthew R. Marsteller)らが,2000年から2001年にかけてカーネギーメロン大学のチャットレファレンスの記録分析を行った調査(13)では,利用案内的な質問が34%,特定の資料の所在が28%,事実調査が19%,調査の必要な質問が19%となっていた。また,上記のクロスらのチャットレファレンスについての調査結果で最も多かった質問のタイプは,「中高生が宿題に対する援助を求める質問」となっており,「即答質問」,「娯楽に関する質問」,「個人的関心に関する質問」が同数で2番目に多かった。大学図書館では確かに比較的短時間で回答できそうな質問が中心となっているが,「調査の必要な質問」も19%だが含まれている。また,質問項目が違っているが,公共図書館でも即答のできる質問は2番目に多く,それ以外にも,多様な質問を受け取っている。

 次に,利用者がデジタルレファレンスサービスをどのように評価しているかを調べた調査結果についても触れたい。上記のクロスらのチャットレファレンスについての調査(14)では,ある期間,サービス利用後の利用者に質問紙による調査を実施している。調査対象者は12名と少ないが,8名から回答があり,「図書館員が役に立った」は6件,「回答が得られた」は7件,「サービスが気に入った」は8件,「また利用したい」は8件など,大半が前向きなものであった。また上記のマーステラらの調査(15)でも,回答に対する利用者のフィードバックから,利用者がサービスを肯定的に評価していることがうかがえた。

2.4 サービス担当職員

 上記のクロスらは,一定期間にサービスを担当した図書館員7名に質問紙で調査を行った(16)。サービスにあたる図書館員はどのような人々で,サービスの利点や障害についてどう考えているかについて調べている。

 回答した図書館員は,7名中5名が図書館学修士あるいは図書館情報学修士を持っており,レファレンスサービスの経験年数は5年から22年,デジタルレファレンスサービスの経験年数は4年から6年であった。全員がサービスに使われているソフトウェアの訓練を事前に受けており,ソフトウェアの利用に対して問題は感じていないなど,サービスのための技術も実践経験も十分持っているとクロスらは判断している。また図書館員は,このサービスが図書館閉館後にも提供できる点を最も評価している。同時に7人中5人が,利用者が図書館員とのやりとりにおいて,非現実的な期待を寄せていることがサービスの障害になっていると考えている。例えばウェブ上の情報源には限界があること,図書館員が必要な情報を探すことには時間がかかるということなどが利用者には理解されていないという。その他にも,レファレンスインタビューの困難さ,利用者のあきらめの早さなどが挙げられていた。チャットレファレンスでは,メールレファレンスにはなかったような負担が生じていることがわかる。

 

3. デジタルレファレンス自動化のための基礎研究

 前述のように,メールレファレンスは現存するデジタルレファレンスサービスの様々な形態の中で最初に始められ,最も浸透している形態である。メールレファレンスでは,図書館が電子メールを受け取ってから利用者に回答を送るまでの作業を効率的に行うために,各種のソフトウェアが使われている。ソフトウェアの機能は年々進化しており,サービスのバリエーションは増している。デジタルレファレンスサービスは,特にコンソーシアムや協同レファレンス,あるいは大規模なシステムにおいて,大量のレファレンス質問を処理する必要があるため,いかに労力をかけずに質の高いサービスを提供できるかが重要である。

 このような状況の中で,デジタルレファレンスサービスのプロセス自動化にむけた研究が,ランケス(R. David Lankes)らによって進められている。彼らは,1998年に,インキュベーター(Incubator)というプロジェクトの中で,AskAサービス(ウェブ上で受け取ったレファレンス質問に,その主題の専門家が回答するサービス)で受け取った質問を処理するソフトウェア開発のために,メールレファレンスのジェネラルプロセスモデル(下図)を作成した(17)。このモデルには,利用者がウェブ上のAskAサービスに質問を送ってから,質問が主題専門家に振り分けられて回送され,専門家の回答が利用者に送り返されるまでのやりとりと,利用者からの質問傾向を追跡し,質問のやりとりを蓄積していくことや,さらにはそれらの情報を元に図書館における情報源を構築するプロセスが表されている。

 

図 AskA サービスのためのジェネラルプロセスモデル

出典:Pomerantz et al.(2004)

 

 

 2001年頃から,このソフトウェアの改訂版を開発するために全米科学財団(National Science Foundation:NSF)の助成金を受けて,現存するメールレファレンスのプロセスを解明しようとする一連の研究が行われている。ランケスらの研究では,このプロセス中の“triage(質問の振り分け)”というステップに焦点を絞って質問の振り分けに影響を与える要因を調査し,15の要因を特定した(18)。以下で紹介するのは,初代のジェネラルプロセスモデルを現存するデジタルレファレンスサービスに適用して,モデルを改良しようとする試みである(19)。これ自体はサービス自動化にむけたプロセス解明のための研究だが,この結果からはデジタルレファレンスサービスの現状が読み取れる。

 この調査では,図書館員にプロセス中のそれぞれのステップをさらに細分化したプロセスの実施状況を尋ね,それぞれのサービス中で実現されているプロセスの傾向を分析している。特に顕著であった傾向は,以下のようなものであった。

 過去の質問と回答のやりとりがデータベースに蓄積されているというサービスは40%あり,質問を受け取った後,自動的にそのデータベースを検索してくれるプロセスがあるサービスは6%であった。また届いた質問を適切な人に振り分けるサービスは60%あったが,そのうち人が振り分けているサービスは71%で,自動的に振り分けているサービスは14%であった。また利用者とのやりとりが繰り返される場合,改めて届いた質問が前に受け付けた質問の続きであることが自動的に判断できるサービスは25%,判断を人手によっているサービスは75%となっていた。

 このように,メールレファレンスでは,やり取りの媒体は電子メールであるが,実際の作業には人の手がかかっている部分が多い。また図書館員が実現を望むサービスも,受け取った質問の自動検索や,届いた質問の状態が自動的に示されることなど,サービスの自動化に関するものが上位となっていた。自動化の進んでいるのは主に大規模サービスであり,小中規模サービスでは人手に頼るプロセスが多かった。その他に,図書館員が利用者に回答を送り返す際に,その質や正確さについてチェックしているというサービスの割合が19%と低いことも指摘されていた。デジタルレファレンスでは,特にコンソーシアムや協同レファレンス,AskAサービスなどの場合,回答の責任を誰が負っているのかが不明確になりやすい。図書館以外の商用の質問回答サービスとの競合において,回答の質を売りにしてきた図書館にとって,この点での改善策が望まれるだろう。

 

4. おわりに

 本稿では,デジタルレファレンスサービスのここ数年の動向を,最近出版された文献を元に紹介してきた。デジタルレファレンスサービスに関する文献はこの数年でかなり増え,実態は少しずつ明らかになってきているが,それでも個別の事例紹介にとどまる文献が多い。またサービスのあり方そのものが変化のただなかにあるため,全体像を把握することは依然難しい。さらに,調査が行われているのは比較的規模の大きな大学図書館が多く,公共図書館や小規模な図書館の状況は把握しづらい。更なる研究が望まれる。

駿河台大学文化情報学部:杉江 典子(すぎえ のりこ)

 

(1) 福田求.デジタルレファレンスサービスにおけるコミュニケーション技術に関する考察. 情報科学研究. (20), 2002, 29-40.
(2) Association of Research Libraries. “Service Trends in ARL Libraries, 1991-2003”. Association of Research Libraries. (online), available from < http://www.arl.org/stats/arlstat/graphs/2003/graph1_03.xls [191] >, (accessed 2004-07-11).
(3) Janes, Joseph. Digital Reference: Reference Librarians’ Experiences and Attitudes. Journal of the American Society for Science and Technology. 53(7), 2002, 549-566.
(4) Public Library Data Service. Statistical report. Chicago, Public Library Association, 1993-2003.
(5) Tenopir, Carol et al. A Decade of Digital Reference: 1991-2001. Reference and User Services Quarterly. 41(3), 2002, 264-273.
(6) Association of Research Libraries. “SPEC Kit 273 Chat Reference December 2002”. Association of Research Libraries. (online), available from < http://www.arl.org/spec/273sum.html [192] >, (accessed 2004-07-11).
(7) Janes, op. cit., 549-566.
(8) Bao, Xue-Ming. A Study of Web-Based Interactive Reference Services via Academic Library Home Pages. Reference & User Services Quarterly. 42(3), 2003, 250-256.
(9) Association of Research Libraries, op. cit. (6).
(10) Kloss, Louise et al. An evaluative case study of a real-time online reference service. The Electronic Library. 21(6), 2003, 565-575.
(11) Coffman, Steve. To Chat Or Not to Chat: Taking Another Look at Virtual Reference, Part 1. Searcher: The Magazine for Database Professionals. 12(7), 2004, 38-49. (online), available from < http://www.infotoday.com/searcher/jul04/arret_coffman.shtml [193] >, (accessed 2004-07-11).
(12) Janes, op. cit., 549-566.
(13) Marsteller, Matthew R. et al. Exploring the Synchronous Digital Reference Interaction for Query Types, Question Negotiation, and Patron Response. Internet Reference Services Quarterly. 8(1/2), 2003, 149-165.
(14) Kloss, op. cit., 565-575.
(15) Marsteller, op. cit., 149-165.
(16) Kloss, op. cit., 565-575.
(17) Pomerantz, Jeffrey et al. The current state of digital reference: validation of a general digital reference model through a survey of digital reference services. Information Processing and Management, 40(2), 2004, 347-363.
(18) Pomerantz, Jeffrey et al. Digital Reference Triage: Factors Influencing Question Routing and Assignment. The Library Quarterly. 73(2), 2003, 103-120.
(19) Pomerantz, op. cit. (17), 347-363.

 


杉江典子. 米国におけるデジタルレファレンスサービスの動向. カレントアウェアネス. 2004, (281), p.12-15.
http://current.ndl.go.jp/ca1535 [194]

  • 参照(22998)
カレントアウェアネス [13]
動向レビュー [38]
レファレンスサービス [14]
米国 [107]

CA1536 - 動向レビュー:英国の図書館における健康情報サービス−National electronic Library for Health(NeLH) / 阿部信一

PDFファイルはこちら [195]

カレントアウェアネス
No.281 2004.09.20

 

CA1536

動向レビュー

 

英国の図書館における健康情報サービス−National electronic Library for Health(NeLH)

 

はじめに

 2003年に英国で行われたインターネットによるアンケート調査では,1,322人の回答者の80.3%が健康情報の調査にインターネットを利用し,そのうちの97%は特定の病気について調べていた。また,約3分の2の回答者(64%)がよく利用するのは“NHS Direct Online”であり,28.5%の人は病院に行く替わりにインターネットで調査を行ったことが示された(1)。英国では,国民の保健医療のために最良の情報を迅速かつ容易に提供する基盤として,国民保健サービス(National Health Service:NHS)が国立電子健康図書館(National electronic Library for Health:NeLH)を構築,運用している。NeLHは,極めて明確な目的を持って取り組まれている,英国の保健医療政策における情報伝達機能である。本稿ではNeLHの概要と英国における健康情報サービスとしての役割について紹介する。

 

1. 英国の保健医療制度と最近の経緯

 英国の保健医療に関わる行政機関は保健省(Department of Health)であり,医療提供を担当しているのはNHSである。現在,NHSでは276の救急病院や302のプライマリケア病院を含む全国の数百の機関で約120万人の職員が働いている(2)。NHSによって提供される医療サービスは,すべて税金によって賄われ,原則無料である。つまり,英国の医療は国営医療の形で社会主義的な制度として提供されている。そのため,予算不足による診療レベルの低下や医療スタッフの不足などを招き,深刻な問題を抱えている。

 英国では,サッチャー政権の政策として市民憲章(Citizen's Charter)が制定され,行政機関である医療提供者は市民である患者に対する説明責任が義務づけられた。しかし,医療提供者によって患者が受けられる医療の内容に差が生じる地域格差や,標準化の問題が指摘されるようになり,NHSの研究機関として1992年にUKコクランセンターが,1994年にはNHSレビュー普及センター(NHS Centre for Review and Dissemination:NHS CRD)が設立された。その後,1997年にブレア政権が発足すると,根拠に基づく医療(Evidence-Based Medicine:EBM)(3)や経済性などを重視した更なる近代化が求められるようになった。そこで,英国における患者の治療と管理の改善,医療に関する不平等の是正のために最新の情報技術を活用することを目的として,1998年に情報戦略『健康のための情報』(Information for Health)が作成され,その中心的要素として国立の電子図書館NeLHが構想された(4)。この戦略を受けて,2000年11月にテスト・プログラム“Pilot NeLH”が開始され,2003年春からは長期的な予算の裏付けを持った正式なサービスとしてNeLHの運用が開始された。

 

2. NeLHの概要

2.1 NeLHとは

 NeLHの目的は,臨床医,管理者,患者,国民一般を対象に,最良で最新の知識とその適用方法の容易な利用を可能にし,健康と保健医療,臨床行為,患者の選択を改善することである(5)。Information for Healthでは,NeLHの計画・開発・実施はすべての医療専門団体のメンバーや情報・図書館専門職との協力によることが強調された。そこで,当初はまずそのようなコミュニティの形成から取り組まれ,Pilot NeLHの段階からNHS図書館を含む多くの機関,団体が協力して開発を行ってきた。例えば,診療ガイドラインのデータベースはシェフィールド大学の図書館員と共同で開発された。

 当初は知識の組織化が重視されていたが,2003年以降はエビデンスに基づいた診断をサポートするための知識の流通の方へ重点は移ってきている。また,計画当初,知識の容易な利用はアクセス時間で表現され,患者の診療時には基本的な情報に15秒以内,同僚たちと患者について検討するためには構造化抄録や診療ガイドラインに2分以内,トレーニングや専門教育のためには本文や資料全体に1週間以内と想定されていた。

 NeLHのトップページは図のとおりであり,主な情報源について以下に解説する。

 

図 NeLHのトップページ

出典:http://www.nelh.nhs.uk [196]
(1)Know How (知識の適用方法)           
(2)Knowledge (知識)                
(3)Hitting the Headlines (ヘッドライン検証コーナー)
(4)Specialist Libraries (専門職コーナー)     

 

2.2 知識の適用方法(Know How)

 NeLHのトップに位置するKnow Howのコーナーは,明確な知識を迅速かつ系統的に実際の医療現場で適用させるためのNeLHの重要な柱とされる。情報源としては国立最適医療研究所(National Institute of Clinical Excellence:NICE)やNeLHのガイドライン・データベース,英国医療サービス・フレームワーク(National Service Frameworks:NSF)などがあり,診療ガイドラインや各種のパスウェイ等,英国の様々な機関やプロジェクトによって作成された診療に有益な情報の全文が入手可能である。

2.3 知識(Knowledge)

 NeLHは特に医療従事者に対し,膨大で複雑な健康情報の利用を知識情報の提供によってサポートすることを目指している。Knowledgeのコーナーでは,臨床トピックごとに臨床試験の結果に基づいた指針が参照できるClinical Evidence,従来の記述的なレビューに対して統計学のメタ・アナリシスを解析手法とするシステマティック・レビューなどが検索できるCochrane Library,PubMed等世界で広く利用されている情報源のほか,患者個人の経験について参照できるDatabase of Individual Patient Experiences(DIPEX)のような新しいデータベースもリストアップされ,利用可能になっている。増大を続ける健康関連の研究情報から質の高いエビデンスを抽出し,権威ある専門家のコメントの付与などにより強化したものをNeLHの知識情報の中核と位置付け,組織化している。

2.4 ヘッドライン検証コーナー(Hitting the Headlines)

 多忙を極める医療従事者のために,新しい知見に関連するエビデンスを簡単に解説したものが,NeLHの中では比較的新しいコーナーのHitting the Headlinesである。毎日の新聞等で報道される医療や新薬,疾患の治療法などに関する情報は患者や家族の関心も高く,医療従事者の正しい理解が重要である。そのため,NHS CRDのスタッフが組織的に健康関連のニュースをチェックし,それらのエビデンスを検証したものをNeLHで提供しているのである。

2.5 専門職コーナー(Specialist Libraries)

 専門分野の責任を共有するために知識のネットワークを構築することが重要であるとの知識管理(Knowledge Management)の考え方に基づき,様々なコミュニティがNeLH上に構築されている。これらのコミュニティは,知識の非公式な交換や個人またはグループでの学習によって最良の診療を見つけるための場となることを目的としている。当初は,専門分野別のコミュニティである仮想図書分館(Virtual Branch Libraries)と職種別のコミュニティである職種別コーナー(Professional Portals)の2種類に分けて開始されたが,現在は専門職コーナー(Specialist Libraries)という1つのコーナーとしてまとめられている。

 専門分野(Subject)別のコミュニティでは,あらかじめ評価を受けた情報源や意見交換のためのフォーラムなどが利用できる。ここで確立された知識をNeLH上で一般に利用できる形にしたり,前述のKnow How情報や知識,患者情報との統合の方法などについてもアドバイスを行ったりすることを目的としている。また,各分野の患者の声をNeLHに反映させたり,ニーズの高い疾患に関する質問・回答集なども充実させるなど,患者や国民一般へのNeLHのサポートを支援することも行う。

 コミュニティの専門分野は医学件名標目表(Medical Subject Headings:MeSH)を参考にした疾患(ガンや糖尿病など),対象患者の年齢群(小児や高齢者など),医療活動(プライマリケアや公衆衛生など)の3種類の視点から形成される。

 職種(Profession)別のコミュニティでは,情報探索にかける時間の少ない医療従事者や情報リテラシーの高くない専門職に対して,NeLHへの容易で迅速なアクセスを可能にするゲートウェイの役割を果たすことを目指している。特に,人数の少ない療法士のグループのサポート,各専門職の知識を使いこなすスキルの向上,各専門職グループとNeLHの関係の構築,より高品質の電子情報源の統合などを目的としている。

 

3. NHS Direct Online

 当初NeLHは医療従事者を主な対象としていたこともあり,内容的に専門的なものが多かった。その中で,糖尿病や統合失調症などの健康問題に関する情報の提供といったNHSが行ういくつかのキャンペーンで,NeLHはNHS Direct Onlineと協力することで患者や国民一般向けの窓口となっていった。2002年にはマイノリティに対する健康問題の相談キャンペーンなども行っている。

 NHS Direct Onlineは,患者や英国国民一般に対して良質で保証された患者のための情報を提供することにより,健康の自己管理を促進し,国民の医療費を抑制しようというものである。NHS Direct OnlineではNeLHよりも基本的で一般的なレベルの情報を提供する。正確には,NHS Direct Onlineの情報では不十分な患者や英国国民一般をNeLHの情報源は対象にしているのだが,そのレベルの差の大きさが問題とされ,NHSは自身のサイトnhs.ukも含めたこれらのシステム開発を統合し,情報のレベルの差を埋めることを図っている(6)。

 冒頭で述べたように,英国ではインターネット利用者の多くがNHS Direct Onlineから健康情報を得ていて,若年層よりも高齢者,男性よりも女性の利用がやや多い傾向はあるものの,より健康的な生活の自己管理に役立っている(1)。英国では人々が健康情報を入手する手段として,長年の習慣から親しみがあり利用しやすい公共図書館も依然として重要であるが,インターネットもまた情報入手の主要な部分を占めつつあると言える。

 

4. NeLHの評価と今後

 NeLHは,その利用の容易さ,速さ,関係性などについて,常に利用者によってモニターされ,様々な利用者からフィードバックを受けている。また,一般からの意見も常にトップページから受け付けている。これまでの評価では,他の情報源に比べてエビデンスに基づく基準や方法が探しやすくなったといった肯定的な意見が多い。また,従来の図書館では難しかった精神医学やプライマリケア,学習障害などの分野の情報サービスへの期待が寄せられたり,特に医療従事者の時間の節約の点で,年間300万ポンドから1,200万ポンド(6.1億円から24.4億円)のコスト削減になるとの試算もある。今後もNeLHは,その主要目的である最良な知識の迅速で容易な入手を実現するために,コミュニティの形成,協力関係の推進,内容の充実,技術の改善の4点を更に進めていく。

 しかし,ロンドンでの最近の調査では,医療従事者の48%がインターネットを使ったことがないか使う自信がなく,44%は保健医療関係のデータベースで情報を見つけるのが困難であると回答している。このような状況を打開するために, NeLHは図書館員との協力関係をより強化しようとしている(7)。これは,NHSの各病院等の図書館員に,医療従事者とNeLHなどの電子情報源との間の接点になってもらおうということであり,図書館にとってもそのサービスや情報源の価値を認識させる機会となると期待されている。そのためには図書館員の多様な研修計画が必要であり,すでに実施が始まっている。

 

おわりに

 NeLHの情報源のいくつかは日本からでも利用可能だが,基本的にはNeLHは英国国民を対象としたもので,その利用は,NHSの各機関を結ぶイントラネットであるNHSnetが利用可能な場合はIPプロトコルで,一般のインターネットでの利用にはユーザ名とパスワードで制御されている。

 NeLHは,国の保健医療戦略の中における情報基盤として極めて目的志向的に取り組まれている。わが国においても国立機関を中心とした関係団体の協力による同様の事業は可能であるし,その際,英国のNeLH等の例からは学ぶことが少なくないと思われる。

東京慈恵会医科大学医学情報センター:阿部 信一(あべ しんいち)

 

(1) Nicholas, D. et al. The British and their use of the Web for health information and advice: a survey. Aslib Proceedings. 55(5/6), 2003, 261-276.
(2) Brice, A. et al. Knowledge is the enemy of disease. Update. 2(3), 2003, 32-34.
(3) 診断方法や治療方法に関して有効性を示す情報を蓄積し,有効な方法のみを行うべきだとする考え方。英国の疫学者コクランの1971年の提唱に始まる。
(4) NHS Executive. Information for Health: an Information Strategy for the Modern NHS 1998-2005, a National Strategy for Local Implementation. London, Department of Health, 1998. (online), available from < http://www.dh.gov.uk/assetRoot/04/01/99/28/04019928.pdf [197] >, (accessed 2004-08-02).
(5) Turner, A. et al. A first class knowledge service: developing the National electronic Library for Health. Health Information and Libraries Journal. 19(3), 2002, 133-145.
(6) Lancaster, K. Patient empowerment. Update. 2(3), 2003, 36-37.
(7) Turner, A. et al. Raising e-awareness in health. Update. 2(12), 2003, 48-49.

 


阿部信一. 英国の図書館における健康情報サービス−National electronic Library for Health(NeLH) カレントアウェアネス. 2004, (281), p.15-18.
http://current.ndl.go.jp/ca1536 [3]

  • 参照(16155)
カレントアウェアネス [13]
動向レビュー [38]
電子図書館 [198]
医療情報 [199]
英国 [15]

CA1537 - 動向レビュー:オセアニアのウェブ・アーカイビング / 五十嵐麻理世

PDFファイルはこちら [200]

カレントアウェアネス
No.281 2004.09.20

 

CA1537

動向レビュー

 

オセアニアのウェブ・アーカイビング

 

 インターネット資源の収集・保存については,各国で様々なプロジェクトが進行している(CA1467 [201],CA1490 [202],CA1531 [156]参照)。本稿では,オーストラリアとニュージーランドの国立図書館における取り組みの概要を紹介する。

 

1. オーストラリア国立図書館

 オーストラリア国立図書館(National Library of Australia : NLA)は,1996年よりウェブ・アーカイビング・プロジェクトとしてPANDORA(Preserving and Accessing Networked Documentary Resources of Australia)を開始し,国内の文化や社会に関するウェブ情報を選択的に収集し,オンラインで公開している。毎年数百タイトルを新規追加し,2003年までに約5,000タイトルが登録された。タイトルによっては再収集も行っており,蓄積された収集データは10,000にものぼる。このような事業拡充の要因の一つには,州立図書館など国内の納本機関やオーストラリア戦争記念館(Australian War Memorial)など,現在9つあるPANDORA協力機関や他機関との分担収集を中心とした連携が挙げられる。

 NLAは,1996年に新聞や文学作品,児童向け情報なども含めた多岐にわたるウェブ情報の選択基準を公開した。その後の多様化するウェブ情報の現状や,2001年および2002年に行われた各協力機関のウェブ・アーカイビングの実態調査結果等に鑑み,より効率的で均質な分担収集を可能にするために,2003年には選択基準を改定し,(1)政府刊行物,(2)会議録,(3)電子ジャーナル,(4)高等教育機関の出版物,(5)索引収録誌,(6)時事ウェブサイトの6つのカテゴリーを重点的に収集することを付け加えた。

 PANDORAは,収集を円滑に行うために,2001年6月からPANDAS(PANDORA Digital Archiving System)を実装している。これは,収集から提供までを管理するトータルシステムである。PANDASのソフトウェア(現在ver.2)は,一般的なPC上で動作するので,PANDORA協力機関においても利用可能で,NLAのPANDORAサーバにデータを蓄積したりダウンロードしたりすることが可能である。

 2003年からは,特に増加が著しく,人手による発見が困難な「(1)政府刊行物」を対象に,オンライン出版物の自動収集の実験(Commonwealth Metadata Pilot Project)も開始された。7つの政府機関の協力を得て,各機関が発行するオンライン出版物のメタデータを,オーストラリアの総合目録である全国書誌データベース(National Bibliographic Database : NBD)に取り入れ,共同利用できるようにしている。2004年には,NBDからオンライン政府刊行物の情報を抽出してPANDASに登録し,PANDASでその刊行物を自動的に識別して収集できるように,システムや業務フローの研究開発を行う。

 また,収集された電子情報への恒常的なアクセスを保証しなければならないため,長期的保存に関する意識が非常に高い。これについては,1993年より,PADI (Preserving Access to Digital Information)イニシアティブと Safekeepingプロジェクトを推進している(CA1494 [203]参照)。

 制度面では,1968年著作権法(Copyright Act 1968)で規定されている納本制度の改定に向けて準備が進められている。1999年2月,著作権法審査委員会(Copyright Law Review Committee : CLRC)は,「(1)「図書館資料」の定義が視聴覚資料や電子資料を含むように拡大すること,(2)納本は義務であることに変わりはないこと,(3)NLAと国立映画音声アーカイブ(National Film and Sound Archive)は,著作権者の許可を得ることなく納本資料を保存できること,(4)納本資料は基本的にはアクセスが制限されること」を勧告した。2001年3月に施行されたデジタル技術や著作物の利用に関するデジタル基本法(2000 Copyright Amendment (Digital Agenda) Act)では実現されなかったが,現在,納本制度改正に伴うコストなどの調査が行われている。

 また,NLAは国際的なウェブ・アーカイビングの活動に対しても先導的な役割を果たしている。

 2003年10月の第32回ユネスコ総会で採択された「デジタル文化遺産保存憲章(Charter on the Preservation of the Digital Heritage)」の草案を作成する一方(E021 [204],E137 [205]参照),2003年8月には,IFLA,米国,英国,オランダ,ドイツと,書誌標準に関するIFLA-CDNL同盟(IFLA-CDNL Alliance for Bibliographic Standards: ICABS)を設立し(E124 [206]参照),NLAは,ウェブ・ハーベスティングと保存のためのガイドライン等の調査において責務を果たすこととなった。

 2003年には,カナダ,デンマーク,フィンランド,フランス,アイスランド,イタリア,ノルウェー,スウェーデン,英国,米国の国立図書館およびインターネット・アーカイブ(Internet Archive)と共に,国際インターネット保存コンソーシアム(International Internet Preservation Consortium:IIPC)を結成し,ウェブ・アーカイビングに資する相互運用可能なツールや技術を開発し,標準化を推進し,国際的な利用を促進することや,インターネット資源の収集・保存を奨励するイニシアティブをサポートしていくことなどを目標に定めた。

 2004年11月には,キャンベラで国際会議が予定されており,この分野での国際協力がますます進展していくだろう。

 

2. ニュージーランド国立図書館

 ニュージーランド国立図書館(National Library of New Zealand : NLNZ)は,2001年,電子情報資源の収集と管理,収集物への電子的アクセスの強化,電子図書館機能の拡大を盛り込んだ中期計画を策定した。電子図書館移行チーム(Digital Library Transition Team : DLTT)を設置して,電子情報の収集・保存にかかる業務フローの開発や,ストレージやデータ認証などインフラ整備のための仕様の確定,メタデータや識別子の調査・開発など包括的な研究を行ってきた。

 中でも,OAIS (Open Archival Information System)に準拠した保存用メタデータスキーマ(CA1489 [207]参照)は, CEDARSプログラムやOCLC/RLG保存用メタデータワーキンググループでも支持され,2003年6月にはそのスキーマを実装するためのXMLを用いたツールが発表された。このスキーマは,(1)オブジェクト,(2)プロセス,(3)ファイル,(4)メタデータ変更履歴からなる。(1)はオリジナルデータの特徴を18要素で特定し,(2)はタイムスタンプなどオリジナルデータを保存した過程の情報を記述し,(3)はフォーマットなど保存しているファイルの技術的情報を記述し,(4)はメタデータの変更履歴を5要素で管理している。

 NLNZは,1965年国立図書館法(National Library of New Zealand Act)に基づき,ニュージーランドの様々な資料を収集・保存してきたが,2003年5月,法律が改正され,電子,磁気,光学などあらゆる記憶装置に記録・蓄積された情報やそれらから二次的に作成された情報も文書(documents)と定義され(第4条),納本の範囲が拡大された。この2003年国立図書館法では,インターネット文書(internet documents)を,インターネット上で出版された公表文書(public documents)と定義し,ウェブサイト全体またはその一部を含むとした(第29条第1項)。この結果,国立図書館は,フォーマットの相違やアクセス制限の有無に関わらず,このインターネット文書について,何度でも複製することが可能となった(第31条第3項)。また,納本文書(deposited documents)がもともとインターネット上でアクセス制限や利用制限なく公開されていた場合,国立図書館は,当該文書をインターネット上で利用に供することが可能となった (第34条第4項)。

 このような納本制度の改正をふまえて,2003年12月には,NLNZのデジタル戦略がまとめられた。ウェブ・アーカイビングについては,これまでバルク(網羅的)収集と選択的収集の両方のアプローチを試みながらも,むしろ収集システムの検証や技術面での研究開発に資する調査が主に行われていたが,今後3年のうちにはシステムを整備し,蓄積されたデータにどこからでもアクセス可能とすることを目指している。

関西館事業部電子図書館課:五十嵐 麻理世(いがらし まりよ)

 

Ref.

マーガレット・E・フィリップス. “ウェブ・アーカイビング―オーストラリア・オンライン出版物国家コレクション”. 文化資産としてのウェブ情報:ウェブ・アーカイビングに関する国際シンポジウム記録集. 東京, 国立国会図書館, 2002, 25-35.

NLA. PANDORA Archive. (online), available from < http://pandora.nla.gov.au/index.html [208] >, (accessed 2004-04-13).

NLA. Guidelines for the Selection of Online Australian Publications Intended for Preservation. (online), available from < http://www.nla.gov.au/scoap/guidelines.html [209] >, (accessed 2004-05-20).

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Gatenby, Pam. “Digital Archiving - Developing Policy And Best Practice Guidelines At The National Library Of Australia”. (online), available from < http://www.icsti.org/2000workshop/gatenby.html [212] >, (accessed 2004-04-13).

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NLNZ. Notes for Third Reading of the National Library Bill. (online), available from < http://www.natlib.govt.nz/bin/news/pr?item=1051654963 [219] >, (accessed 2004-04-13).

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Knight, Steve. Preservation Metadata and Digital Continuity. DigiCULT. Info. (3), 2003, 18-20. (online), available from < http://data.digicult.info/download/digicult_info3_low.pdf [222] >, (accessed 2004-04-13).

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Ross, Seamus. National Library of New Zealand - Digital Library Development Review. National Library of New Zealand, 2003. (online), available from < http://www.natlib.govt.nz/files/ross_report.pdf [224] >, (accessed 2004-04-13).

 


五十嵐麻理世. オセアニアのウェブ・アーカイビング. カレントアウェアネス. 2004, (281), p.18-20.
http://current.ndl.go.jp/ca1537 [225]

  • 参照(19168)
カレントアウェアネス [13]
動向レビュー [38]
電子情報保存 [157]

No.280 (CA1521-CA1528) 2004.06.20

  • 参照(19064)

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CA1521 - バーチャル国際典拠ファイル―その試みと可能性― / 鈴木智之

  • 参照(27835)

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カレントアウェアネス
No.280 2004.06.20

 

CA1521

 

バーチャル国際典拠ファイル―その試みと可能性―

 

1. 背景

 1990年代後半以降,典拠ファイルの共同構築・共同利用に関する世界各国での取組みは,めざましい展開を見せている。

 1977年に発足したLC名称典拠ファイル(LC Name Authority File: LCNAF)の共同作成プログラムであるNACO(National Authority Cooperative Program)は,ここ10年の間に飛躍的な成長を遂げ,今や419機関の参加館を擁する一大事業となっている。一方,EUでは,2001年から3か年計画でLEAF (Linking and Exploring Authority Files) プロジェクトがスタートし,ベルリン国立図書館を中心に,オーストリア国立図書館,スウェーデン国立公文書館など10か国15機関による,名称典拠ファイルの共有を目指した活動が続けられている。また,規模自体は比較的小さいとは言え,嶺南大学の主導のもと,香港で1999年から開始された中国人名・団体名典拠データベース構築プロジェクト,HKCAN(Hong Kong Chinese Authority(Name)) も無視することはできない。

 本稿では,こうした取組みの中でも代表的な事例として注目を集めている,OCLC,米国議会図書館(LC),ドイツ図書館の三者による「バーチャル国際典拠ファイル(Virtual International Authority File:VIAF)」の構想を紹介したい。

 

2. バーチャル国際典拠ファイルの概要

 バーチャル国際典拠ファイルとは,一言で言えば,各国の書誌作成機関等が作成した典拠ファイルの標目形(著者名,タイトル,件名)を相互にリンクさせることによって,世界規模での典拠コントロールを実現しようとする試みである。

 リンクによる共有というコンセプトからも明らかなように,本構想では,同一実体に対する典拠レコードを一つに統合するのではなく,各国の作成した複数の典拠レコードを並列的に維持する,という考え方が採られている。LEAFとも共通するこの考え方は,各国の利用者の多様な言語・文字に根ざした要求に応えようとする基本姿勢に立脚している。

 ある一つの著者に対する標目形は,多くの場合,それぞれの典拠ファイルにおいて用いられる言語や文字,形式によって異なっている。それらの標目形を一本化してしまうかわりに,各典拠レコードを相互リンクで結びつけることによって,書誌作成機関は各々の言語・文字・形式による典拠レコードを保持したまま,他の機関との典拠情報の共有を行うことができる。

 この構想を実現するためには,いくつかのモデルが考えられる。具体的には,Z39.50(CA1266 [228]参照)などのプロトコルを利用して各国の典拠ファイルを検索する分散モデル,各国の典拠ファイルからメタデータを取得してサーバに格納し,各ファイルに対する修正をその都度更新・反映するOAI(Open Archive Initiative; CA1513 [88]参照)プロトコル・モデル,中央の1つの典拠ファイルに他の全ファイルをリンクさせる集中モデル,などが想定される。このうちOAIプロトコルを用いたモデルは典拠レコードの維持管理という点で最も優れた方法と考えられており,後述するように,現在進行中の検証プロジェクトの主たる対象として想定されている。

 また,各典拠レコードには固有のコントロール番号が与えられるが,この番号についても,OAIプロトコルを利用して各実体ごとに機械付与する方法が想定されている。

 

3. コンセプト検証プロジェクトの進行

 こうしたバーチャル国際典拠ファイル構想の実現に向けて,OCLC,LC,ドイツ図書館の三者による「コンセプト検証(proof of concept)」プロジェクトが2002年から開始されており,2003年8月には三者による覚書が取り交わされた。

 このプロジェクトは,まず第1段階として,典拠レコードの初期マッチングの自動化を検証する。バーチャル国際典拠ファイルが実現するためには,あらかじめ各国の典拠ファイルの既存レコードを同一著者ごとにマッチングさせておく必要がある。OCLCはこうした遡及的なマッチングを機械的に行うためのアルゴリズムを独自に開発しており,現在,LCNAFの個人名典拠レコード(約3万8千件)とドイツ図書館の個人名典拠ファイルのレコード(約2万件)のマッチングを行いつつ,このアルゴリズムの実効性を検証しているところである。

 このマッチングを1年かけて行った後,プロジェクトは次の段階に移行し,前述したいくつかのモデルのうち,OAIプロトコル・モデルを用いた典拠ファイルの維持管理手法を俎上に乗せる予定である。すなわち,第2段階ではそれぞれの典拠ファイルから得たメタデータを1つないし複数のサーバーに格納し,第3段階ではOAIプロトコルを通じてメタデータの更新分を収集する仕組みを検証する。また,最終段階では,利用者の選んだ文字・言語で典拠レコードを表示する方法が検討されることとなっている。

 

4. バーチャル国際典拠ファイルのもたらすもの

 バーチャル国際典拠ファイルに代表される各地での共同典拠作成プロジェクトの展開は,現在のわれわれの情報環境にどのような恩恵をもたらすだろうか。バーチャル国際典拠ファイルの推進者の一人,LC 目録政策・支援室長ティレット(Barbara B. Tillett)女史の主張に寄り沿いながら,このプロジェクトが持つ意義について,以下に整理してみよう。

 まず,典拠コントロールそれ自体の意義については,多言を要さないだろう。統制された標目は検索の一貫性を保証し,参照形の記録は検索の網羅性を保証する。典拠ファイルは目録情報のナビゲーションにおいて欠かせないツールであるが,典拠情報の共有の仕組みが構築されれば,各国の図書館はもとより,文書館,博物館,権利管理機関,出版社も,典拠コントロールの恩恵に浴することができる。

 さらに一歩進んで,典拠ファイルは混沌としたウェブ環境に活路を開く,高精度の検索ツールとしても期待される。共有された典拠ファイルをサーチエンジンに組み入れる,あるいはウェブ上のレファレンス・ツールや情報資源とリンクする――そうした試みを通じて,ティレット女史の言葉を借りるなら,「将来の“Semantic Web”においては,共有された国際典拠ファイルが不可欠」だと見ることもできよう。

 また,典拠レコードの作成・維持管理は,目録作成業務の中でもきわめて専門的な,それゆえ非常に手間とコストのかかる作業であるが,複数の機関による典拠ファイルの共同構築には,こうした作業を省力化し,費用の節約に寄与するという側面もあることを付言しておこう。

 さて,冒頭に述べた通り,典拠情報の共有という課題はここ数年の間に世界各地での共通の関心事として捉えられ,典拠作成作業の分担化に向けたいくつもの試みが同時に進行しつつある。こうした国際動向の下,国立国会図書館でも,昨年11月に開催された第4回書誌調整連絡会議の中で,国内の他の書誌作成機関と共同で「国の典拠ファイル」を構築し維持管理する「全日本典拠総合データベース」(仮称)の検討を進めることを明らかにした。日本における典拠データの統合に向けた最初の一歩を踏み出そうとしている今,バーチャル国際典拠ファイルを初めとする世界的な典拠情報の共有の動きに,あらためて注目したい。

書誌部書誌調整課:鈴木 智之(すずきともゆき)

Ref.

Tillett, Barbara B. "A Virtual International Authority File". 日本語,中国語,韓国語の名前典拠ワークショップ記録. 第3回. 東京, 国立情報学研究所, 2002, 117-139.

Tillett, Barbara B. Authority Control: State of the Art and New Perspectives. Authority Control: Reflections and Experiences, Florence, 2003. (online), available from < http://www.unifi.it/universita/biblioteche/ac/relazioni/tillett_eng.pdf [229] >, (accessed 2004-05-14).

VIAF: The Virtual International Authority File. (online), available from < http://www.oclc.org/research/projects/viaf/ [230] >, (accessed 2004-04-09).

国立国会図書館書誌部. 名称典拠のコントロール(第4回書誌調整連絡会議記録集). 東京, 日本図書館協会, 2004, 161p.

 


鈴木智之. バーチャル国際典拠ファイル―その試みと可能性―<. カレントアウェアネス. 2004, (280), p.2-3.
http://current.ndl.go.jp/ca1521 [174]

カレントアウェアネス [13]
典拠 [231]
目録 [232]

CA1522 - イラク図書館・文書館の戦禍と復興支援 / 安田浩之

PDFファイルはこちら [233]

カレントアウェアネス
No.280 2004.06.20

 

CA1522

 

イラク図書館・文書館の戦禍と復興支援

 

 長期的なスパンで考えた場合,図書館資料の保存にとって最大の敵は災害であり,この中には人為的な災害ともいうべき武力紛争も含まれる。武力紛争の際に,文化財を民族の文化的アイデンティティの象徴とみなして破壊したり,無政府状態に乗じて略奪するなどの行為が跡を絶たない。図書館や文書館も破壊・略奪の対象となることが多く,イラクにおける昨年の戦闘でも,多くの文化施設が被害を受け,文化財が破壊・略奪された。ここでは,イラクの図書館・文書館の被害状況と,ユネスコ等の国際組織や各国によるイラクへの支援についてまとめてみたい。

 

1. 図書館・文書館の状況

 ユネスコは,2003年5月15日〜20日(現地調査は17日から4日間)と6月27日〜7月6日(現地調査は28日から8日間)の二度,イラクに調査団を派遣して被害調査を行った(E082 [234],E091 [235],E104 [236]参照)。また,米国議会図書館(LC)も同年10月25日から11月4日に専門家チームによる現地調査(E160 [237]参照)を実施している。

 これらの調査結果(注)によると,首都バグダッドと南部のバスラ,北部のモスルの図書館・文書館の建物・設備は概ね破壊され,略奪を受けるなど被害が大きい。資料についても,例えばバスラの大学中央図書館のように,その大半が焼失または破壊された館がある一方で,イラク国立図書館や国立文書館(National Archives)等,イラク攻撃前に職員が館の封鎖や資料の移動等の対策を行った館では,その多くが無事である。また,バグダッドのイラク文書センター(Iraqi Centre for manuscripts)の資料もシェルターに隔離されていたため無事であるが,換気や温度・湿度の調節ができない等,その多くが悪環境下にある。また,安全が確保できるまで元の場所に戻せないでいる。

 ユネスコの第2回調査に随行したフランス国立図書館のアルヌー(Jean-Marie Arnoult)氏は,現地調査を踏まえて,イラク国立図書館等の再建のために,建物・設備,資料,人材養成,行政・法制度の4点について提言を行っている。その報告書によると,イラク国立図書館の建物は,2003年4月の二度の略奪と放火のために状態がかなり悪く,かつ空調等の設備は不足している。1977年以降の共和制関連文書やマイクロフィルム等が消失したが,避難した資料の大半は無事である。しかし,乱雑な状態にある書庫の蔵書点検と破壊された目録の復旧が緊急に必要な状態にある。また,同館は戦前から資金難等で未整理の資料が多かったうえ,全国書誌も作られていなかった。今後は国際協力の輪を通して,失った資料を回復しコレクションを再構築しなければならない。人材面では,資料修復,マイクロ化等の保存技術のほか,目録,コンピュータ等の幅広い分野の専門家が必要である。そして,サービスの質と人材の確保に財政面等で支援することが行政に求められる。

 

2. ユネスコ, 国際図書館連盟(IFLA)等の対応

 ユネスコは米国軍のイラク攻撃以来,その文化財保護を目的とした国際協力の呼びかけや,現地の情報収集,専門家の意見交換の場の提供に尽力している。2003年4月17日にパリで第1回イラク文化財保護専門家会合,4月29日には大英博物館で第2回会合を開催し,イラク国外への不法な文化財流出の防止,略奪された文化財のデータベース作成等について議論した。第3回にあたる国際会議は8月1日に東京で行われ,前述の調査の参加者やバグダッド博物館長がイラクの現状を報告し,専門家の議論を経たうえで今後の方針が勧告された。そこでは包括的な保存計画に基づいた博物館への設備・資材の供与,ニーズ調査を行うことによる図書館・文書館等の持続可能性の確保,文化施設等の警備強化などが盛り込まれている。

 IFLA,国際文書館評議会(International Council on Archives: ICA),国際博物館会議(International Council of Museums: ICOM),国際記念物遺跡会議(International Council on Monuments and Sites: ICOMOS)の4組織で構成されるブルーシールド国際委員会(International Committee of the Blue Shield: ICBS)はIFLAのホームページで,現地の状態やその支援の動き等を日付順に掲載している。2003年の世界図書館・情報会議(第69回IFLA大会)ではアルヌー氏の報告を踏まえて,イラク問題へのIFLAの対応が議論された。結果,IFLA評議会は各国政府に対するイラク図書館等の情報基盤の復旧支援と,イラク文化遺産の不正取引防止の要請等を決議した。

 ユネスコやIFLAのこうした動きに呼応して,各国の政府や組織も具体的な取り組みを開始している。日本はイラクの教育支援と文化財保護支援に各100万ドルの拠出を決定した。また2004年3月に,日本とフランス両政府は協同でイラク国立博物館と国立図書館の再建に協力することで合意した。英国図書館・情報専門家協会や英国図書館,米国図書館協会等もイラクの復興支援を表明している。

 

3. おわりに

 国立クロアチア公文書館のパンディッチ(Miljenko Pandzic)氏は,自らがクロアチアで武力紛争に巻き込まれた経験をもとに,武力紛争に備えて取るべき対応として,(1)所蔵目録の整備,(2)資料の重要度に基づいた資料救助の優先順位の検討,(3)避難・疎開の計画,(4)国際的な合意による文化財破壊への抑止力の構築,が必要であると指摘している。イラクの文化施設の被害状況に関する調査結果からも,これらの対策の有効性と必要性が示されているように思われる。

 武力紛争時の文化財保護を図るための国際条約として,ハーグ条約(E192 [238]参照)等があるが,イラクでの戦闘を含め,頻発する武力紛争に対して十分な実効性を発揮しているとは言い難い。今後は,各館レベルでの備えはもちろんのこと,国際的に文化財の破壊を抑止するための実効性ある制度の整備が求められるのではないかと思われる。

関西館資料部文献提供課:安田 浩之(やすだひろゆき)

 

(注)
UNESCO. Report on the situation of cultural heritage in Iraq up to 30 May 2003. UNESCO, 2003. (online), available from < http://www.ifla.org/VI/4/admin/unesco300503.pdf> [239], (accessed 2004-04-05).
 ユネスコによる第1回イラク文化遺産調査団の報告書。 日本から調査に加わった松本健氏の報告が『図書館雑誌』97巻8号(2003年)に掲載されている。

Arnoult, Jean-Marie. Assessment of Iraqi cultural heritage Libraries and archives. UNESCO, 2003. (online), available from < http://www.ifla.org/VI/4/admin/iraq2207.pdf> [240], (accessed 2004-04-05).
 ユネスコによる第2回イラク文化遺産調査団報告書。

Deeb, Mary-Jane. et al. The Library of Congress and the U.S. Department of State Mission To Baghdad. Library of Congress, 2003. (online),available from < http://www.loc.gov/rr/amed/iraqreport/iraqreport.html> [241], (accessed 2004-04-05).
 LCの専門家チームによるイラク国立図書館と文書館の調査報告書。

 

Ref.

松本健. イラク戦争と文化施設. 図書館雑誌. 97(8), 2003, 506-508.

小川雄二郎.“第4章 戦争・紛争を考える”. 文書館の防災を考える. 東京, 岩田書院, 2002, 39-45.

The International Committee of the Blue Shield (ICBS) : Iraq. (online), available from < http://www.ifla.org/VI/4/admin/icbs-iraq.htm> [242], (accessed 2004-04-05).

UNESCO and Iraq. (online), available from < http://portal.unesco.org/en/ev.php-URL_ID=11178&URL_DO=DO_TOPIC&URL_SECTION=201.html> [243], (accessed 2004-04-05).

 


安田浩之. イラク図書館・文書館の戦禍と復興支援. カレントアウェアネス. 2004, (280), p.3-4.
http://current.ndl.go.jp/ca1522 [244]

  • 参照(16711)
カレントアウェアネス [13]
イラク [245]
国立図書館 [246]
IFLA(国際図書館連盟) [247]
ユネスコ [248]

CA1523 - 英国公共図書館のビジネス支援ポータル / 桂まに子

  • 参照(13138)

PDFファイルはこちら [249]

カレントアウェアネス
No.280 2004.06.20

 

CA1523

 

英国公共図書館のビジネス支援ポータル

 

 米国の公共図書館におけるビジネスサービスが日本に紹介されて以降(CA1224 [250],CA1286 [251]参照),我が国でもビジネス支援図書館推進協議会が発足し,同協議会の事業・普及活動を通じて「ビジネス支援サービス」を新サービスに掲げる公共図書館が一部登場し始めている。ただし,図書館による積極的なビジネスサービスの傾向は見られるものの,図書館が地域のビジネス情報の窓口(ポータル)として機能する段階にはまだ達していない。本稿では,英国公共図書館におけるビジネスサービスの状況を把握するために,バーミンガム中央図書館のビジネス情報部門「ビジネスインサイト(Business Insight:BI)」が管理・運営するビジネス支援ポータル“Best for Business”を紹介する。

 

1. ビジネスインサイト

 英国中部(ウェストミッドランド州)に位置し,18世紀には産業革命の一翼を担った英国第2の大都市であるバーミンガム市は,1992年にブックスタート(CA1498 [252]参照)を開始した都市としても有名である。現在同市が抱える重要課題は,1970年代からの不況の打撃を受けて低下した地域経済の再生を図ることであり,近年は電気通信,金融,観光などの産業が振興され,産業構造のソフトサービス化が進められている。地域経済の活性化に伴いビジネス情報の要求が必然的に高まる中,バーミンガム中央図書館でビジネスサービスを担当するBIは,利用者ニーズを考慮したサービスの再編成に着手した。BIの新たな試みの1つとして,有用なインターネット上の無料ビジネス情報源にアクセスを提供するウェブサイト“Best for Business”が注目されている。

 BIのサービスは1919年にバーミンガム市の商業図書館で開始され,戦後の経済再生を今日まで支援してきた歴史をもつ。しかし,近年見られるインターネットの急速な普及と,図書館における最新のビジネス情報源の不足が影響し,BIの利用者は一時期減少する。特に,1997〜2002年にはレファレンス件数が以前に比べて60%も低下するという事態に陥り,サービスも縮小傾向にあった。このような危機を打開するために,BIのスタッフは2002年からサービス・アプローチを市場主義的でビジネスライクなものへと転換させた。BIが設定するサービスの主要な目的は,(1)バーミンガム市内の創業促進と雇用創出を支援すること,(2)ビジネス情報をより広範なコミュニティに関連づけること,(3)経済再生に貢献し,図書館のサービスおよび施設利用を増大させるために地域の関連企業とのパートナーシップを築くこと,(4)限られた予算内で持続できる新しいサービスを考案することである。再編成されたBIのサービスは,「ビジネス情報」というメインカテゴリーが細分化され,市場調査,会社情報,統計,創業,信用調査,輸出入,規制のようにサブカテゴリーごとの具体的な内容になっているのが特徴である。中央図書館内のBIコーナーは毎月20,000人に利用され,約10,000件のビジネスレファレンスが寄せられている(2003年11月現在)。

 

2. ビジネス支援ポータル:Best for Business

 BIはインターネットを用いた情報提供にも積極的である。バーミンガム市が所属するウェストミッドランド州は14の地方自治体から形成され,州政府の図書館情報サービス課のもと,各図書館はパートナーシップを結び,教育・文化・ビジネス支援に必要な情報源を広く提供するためのプロジェクトを戦略的に推進している。BIが管理・運営する非営利のビジネス支援ポータル“Best for Business”もその一環として構築されたサイトであり,欧州地域開発基金(ERDF)の出資によりウェストミッドランド地域の経済的な見通しを改善するために計画された“Interall Project”の成果である。第1段階の2001〜2003年には,バーミンガム,コベントリー,ソリハルなど州内7都市の図書館が,中小企業向けに無料のビジネス情報を提供した。さらに,ビジネス情報専門の職員が雇われ,地元のビジネス・コミュニティとの連携強化,顕在/潜在ニーズの発掘,“Best for Business”の構築がなされた。同サイトは2002年よりBIの管理下にある。

 “Best for Business”は,インターネット上に存在する無料のビジネス情報源へのアクセスを豊富に提供し,図書館コミュニティのもつ広範な知識を活用しながら州内のビジネス,ビジネス顧問,図書館を支援し,ウェストミッドランド地域のためのビジネス支援ポータルとなることを目指している。具体的には,インターネット上にビジネス情報を公開しているサイトへリンクを張り,ビジネス情報(創業,ビジネスアドバイス,購買,電子商取引,雇用問題,経営,助成,法規制,特許,不動産,営業,貿易他),会社情報,ビジネス研修関連情報,入札情報,地域内のビジネス顧問リストなどを提供している。その他,競合他社,国内外の経済事情,雑誌記事,マーケットリサーチ,中小企業などに関する情報検索やサイト内検索ができ,質問フォームを使用すれば専門家に直接質問することも可能である。情報の品質と適合性を保証し,利用者が望むサービスを常に保持するために,サイト内の情報源は情報の専門家および専用のソフトウェアによって監視・評価される。

 

3. 自己資金運用によるビジネスサービスの維持

 BIの主要資金はバーミンガム市から提供されるが,BIが運営する非営利サイト“Best for Business”については,サイトの管理,職員の給与,既存のビジネスサービスの維持,さらなる開発の創造のために必要な資金の多くを自己資金で運用する仕組みをとっている。ここでの運用益は有料サービスやプロジェクトの収入であり,最近加わった「Company Formation(会社設立情報)」「Creative Insight(知的財産サービス)」などの新規サービスもBIの自己資金で賄える範囲で設計された。また,BIは民間機関だけでなく自治体の各課や他の図書館などの公共機関に対しても定額制のサービスを開始し,官民問わず持続性のあるビジネスサービスを一貫して提供しようと試みている。

 

4. おわりに

 以上のように,BIはビジネス情報を必要とする地域のニーズに応えるために,サービス内容の細分化とインターネットを用いた現代的なビジネスサービスの強化を実践している。BI独自のビジネス支援ポータル“Best for Business”は月間のサイトアクセス数が70,000件近くあり(2003年11月現在),図書館による公的なビジネス情報サイトとして英国内での評価も高い。多くの利用者に支持されるサービスを提供するには,顕在/潜在ニーズの的確な把握と,ニーズの変化への柔軟な対応が求められる。公共図書館主導のビジネスサービスを行なうBIが,英国の地域経済再生に向けてどのような戦略を今後展開していくのか注目される。

東京大学大学院教育学研究科:桂 まに子(かつらまにこ)

 

Ref.

Birmingham City Council. “Business Insight”. (online), available from < http://www.birmingham.gov.uk/businessinsight.bcc> [253], (accessed 2004-04-01).

Business Insight. “Best for Business”. (online), available from < http://www.bestforbusiness.com/index.htm> [254], (accessed 2004-04-01).

Prosser, Catherine. Getting down to business. Update. 2(11), 2003, 42-43.

Black, A. et al. Understanding Community Librarianship. Ashgate Publishing, 1997, 173p.

 


桂まに子. 英国公共図書館のビジネス支援ポータル. カレントアウェアネス. 2004, (280), p.4-6.
http://current.ndl.go.jp/ca1523 [255]

カレントアウェアネス [13]
公共図書館 [23]

CA1524 - 電子資料の共同購入―ニュージーランドのナショナルサイトライセンスEPIC― / 柴田容子

  • 参照(12310)

PDFファイルはこちら [256]

カレントアウェアネス
No.280 2004.06.20

 

CA1524

 

電子資料の共同購入−ニュージーランドのナショナルサイトライセンスEPIC−

 

 ニュージーランドの図書館が共同で電子資料を購入し,すべての国民に提供する,という事業EPIC(Electronic Purchasing in Collaboration 旧称PER:NA Purchasing Electronic Resources : a National Approach)が2004年3月始まった。参加できる図書館は,大学図書館などの研究図書館だけでなく,学校図書館や公共図書館,企業図書館のほか情報関連機関など,多岐にわたる。すべての図書館に役立つ電子資料を調査の上,選定し,パッケージ化することで,参加図書館はパッケージ化された電子資料すべてを利用することができる。各図書館は,規模等を考慮して設定された価格表に基づいて,費用を分担する。内容面では,伝記や参考図書,郷土資料が充実している。

 EPICは,国立図書館戦略諮問委員会(Te Puna Strategic Advisory Committee)が国立図書館の支援部門(Te Puna Support)に電子資料購入コンソーシアムを計画するよう勧告したことに端を発する。国立図書館(National Library of New Zealand:Te Puna Matauranga o Aotearoa)と各種図書館関係者で構成されるこの委員会は,国立図書館が提供するサービスの方針や基準を勧告し,また,国立図書館とニュージーランドの図書館界とをつなぐ役割を果たしてきた。当初,電子資料を目録化する際の書誌事項や所蔵に関する記述の問題について議論があったところへ,2001年ごろからは,ナショナルサイトライセンスへの関心も議題にのぼるようになった。

 これを受けて,2002年,委員会は国立図書館に対して,各図書館のコンソーシアムへの関心,資金調達の可能性,必要な電子資料についてのアンケート調査を命じた。回答率は42%で,1館を除いては自己資金によるコンソーシアムへの参加に興味があることがわかった。この結果を受け,資料を選定する評価委員会と導入モデルを検討する管理委員会が立ち上げられた。

 計画をすすめるため,国立図書館は,費用効果があり,信頼ができ,使いやすい電子資料を少なくとも2種類提供できる館種横断型の図書館コンソーシアムを立ち上げる6か月間のプロジェクト費用を措置することにした。

 評価委員会は調査結果にもとづいて,多くの図書館の希望を満たす初期導入電子資料として,次の主題を選んだ。

  • ニュージーランドの新聞
  • 一般/ビジネス, 健康(消費者の側から見た)
  • 一般参考図書(辞書, 百科事典など)
  • 一般科学

 これに基づき,EBSCOとGaleのデータベースを導入することにし,何万件もの伝記,ニュースサービス,写真,図なども含めたフルテキストが約16,000タイトル利用可能となった。ニュージーランドの郷土資料,新聞,雑誌や伝記,参考図書が豊富な点で際立っている。ほかに,参考書誌,企業情報,健康・医学雑誌,歴史,文学,論争,女性学,学術雑誌などの電子資料が用意されている。なお,EBSCOの提供する資料には利用者数の制限はない。Galeは,各データベースにつき同時アクセス20人という制限がある。ユーザー認証は,図書館またはベンダーの管理により,IPアドレス方式でもID・パスワード方式でもどちらでも良い。

 費用負担の原案は,各種図書館の代表からなるPER:NA実行委員会(The PER:NA Steering Committee)のサブチームが作成した。館種や規模に応じて,公正で,受け入れ易く,小規模図書館にも魅力的で,加盟館になることによる利益があり,価格体系がわかりやすいこと,PER:NAの管理費用も含むことを原則とした。

 図書館はコンソーシアムに参加しなくても,国立図書館のウェブサイトを通じて電子資料を利用できるが,コンソーシアムに参加した場合より,利用できる資料の範囲に制限がある。各図書館は,国立図書館と共同購入することにより,国民ひとりひとりにきめの細かいサービスを提供するという意義ある活動に貢献し,知的社会に役に立つ機関であることを示すことができる。コンソーシアムに参加すれば,すべての資料にアクセスでき,契約の範囲内で各図書館の利用者のニーズに応じたカスタマイズができ,カレントアウェアネスサービスに利用したり,目録に取り込んだりできる。また,ベンダーから必要な研修,技術的サポートなどを受けることができる。学校図書館については,教育省が1年目の費用負担をするため,すべての学校で費用負担なしに電子資料が利用できる。提供予定の電子資料は,パッケージとなっており,一部の資料のみの利用権利を負担する,といった形での参加はできない。ただし,利用可能な電子資料を図書館が利用者に提供しないことはできる。

 国立図書館は,ベンダーやコンソーシアムに参加している図書館との契約を処理する役割を果たしている。しばらくは,EPICの運営に協力する予定である。

 コンソーシアムメンバーの共同負担により,あらゆる館種の図書館が,委員会が選定した豊富な電子資料をすべて利用できる,ということにより,国民ひとりひとりの電子情報へのアクセスを確保しようというニュージーランドの取り組みは,興味深い。予備調査の段階では,学校図書館など小規模な図書館では,希望するコンテンツをアンケートに記入する以前に,電子資料に対する知識や情報が乏しいといった図書館もあった。また,電子情報を提供するためのホームページをもたない図書館もあった。そういった図書館も含めて,電子資料に関する情報の提供や紹介といった活動を行いながら,全国規模での電子資料の共同購入という事業を調査・企画し,2002年の予備調査から短期間で実現させた実行力と熱意は敬服に値する。国民の知的活動の向上に寄与したニュージーランドの国立図書館および図書館関係者の活動に学ぶべき点は多い。

 この度,名称を改めて実行段階に移ったEPICのウェブサイトは,衣替えされた。各図書館が組織内やマスコミに広報するためのノウハウ,資料をダウンロードできるページが用意され,ポスター,ロゴマークなども取得できる。今後の発展および活動に注目したい。

関西館資料部文献提供課:柴田 容子(しばたようこ)

 

Ref.

EPIC. EPIC-Electronic Purchasing In Collaboration. (online), available from < http://www.epic.org.nz/nl/epic.html> [257], (accessed 2004-05-11).

PER:NA. EPIC - Electronic Purchasing In Collaboration. (online), available from < http://www.perna.org.nz/nl/perna.html> [258],(accessed 2004 -04-23).

Te Puna Strategic Advisory Committee. (online), available from < http://subscribers.natlib.govt.nz/contact/advisory.htm> [259], (accessed 2004-04-15).

National Library of New Zealand. “A digital strategy for the National Library of New Zealand (December 2003)”. (online), available from < http://www.natlib.govt.nz/en/whatsnew/4digitalstrategy.html> [260], (accessed 2004-04-17).

石附実ほか編. オーストラリア・ニュージーランドの教育. 東京, 東信堂, 2001, 247p.

 


柴田容子. 電子資料の共同購入−ニュージーランドのナショナルサイトライセンスEPIC−. カレントアウェアネス. 2004, (280), p.6-7.
http://current.ndl.go.jp/ca1524 [261]

カレントアウェアネス [13]
ライセンス契約 [262]
ニュージーランド [263]
国立図書館 [246]

CA1525 - 公共図書館における電子本の導入 / 疋田恵子

PDFファイルはこちら [264]

カレントアウェアネス
No.280 2004.06.20

 

CA1525

 

公共図書館における電子本の導入

 

 昨年来,新聞紙上をはじめ各種メディアで電子本,いわゆる“ebook”の特集をよく目にするようになった。国内では電機大手の松下電器,ソニーが電子本市場へ新規参入,昨年11月には電子出版コンテンツの配信,レンタルを行うオンライン電子出版事業会社「パブリッシングリンク」が設立された。また今年に入って相次いで読書専用端末が発売されたことも大きな話題となっている。電子ペーパーの技術革新や急速に普及するネットワーク環境もあいまって,一躍脚光を浴び始めた感のある電子本市場だが,2000年にも同じような盛り上がりを見せたことがある。米の人気小説家スティーブン・キングが最新作を電子本で発売,これがネットワークを一時不通にさせるほどの大反響となった。日本国内でも大手出版社らが次々と電子本業界に参入,「これからは電子本の時代!」とばかりに期待されたが,結局のところ,その後もそれほど世間には受け入れられていない。今回は期待どおりの華々しい躍進を遂げられるのか,大いに注目されるところだ。

 既に学術・大学図書館では電子メディアの導入が一般化している。電子本ベンダーも市場としての図書館を重視しており,既存の電子本パッケージも学術図書館向けのものが多く見られる。一方,電子メディアの導入に関してはやや出遅れた感のある公共図書館にとっても,近年,電子本の台頭は無視できない存在となりつつある。国内外の公共図書館での電子本導入例をいくつか紹介しよう。

 

1. リッチモンド図書館の導入事例

 ロンドンのリッチモンド図書館では国民のネットワーク(People's Network;CA1500 [265]参照)の支援を受け,OCLC netLibraryおよびSafari Technical Books Onlineの電子本パッケージを導入,2003年3月より本格的にサービスを開始した。利用者は,自館のPCから電子本にアクセスできるほか,自宅など遠隔地からもアクセスできる。

 netLibraryで提供されているのは,図書館の購入分であるビジネス,IT,ネットワーク関連,コミュニケーション,マネージメント,医学,心理学,法律といった分野およそ350タイトル(閲覧可,貸出可)と,netLibraryのフリーコレクションとして歴史,文学の古典作品3,000タイトル(閲覧可,貸出不可)。netLibraryでは紙の出版物同様,電子本を1冊ずつ購入する形式をとっており,貸出システムも従来の図書館システムに倣って,ひとつの電子本は一度に一人しか利用することができない。複数ユーザーに同時に提供したい場合は,図書館は同じ電子本を複数購入する必要がある。ここでは貸出期間が24時間(冊数無制限)に設定されており,貸し出された電子本は24時間後には自動的に返却扱いとなる。

 一方,Safari Technical Books OnlineではIT関連分野,およそ250タイトルが提供されている。Safari Technical Books OnlineはIT,プログラミングといった分野で世界的シェアを誇るオライリー社とピアソン・テクノロジー・グループの共同出資によって開始されたため,ここで提供される多くが紙の出版物に先立って利用可能なのが特徴的である。Safariは同時アクセス数とタイトル数を基本とした価格設定となっており,契約の範囲内でタイトル変更および複数ユーザーの同時アクセスが可能だ。netLibraryのような貸出システムは持っていない。

 netLibrary,Safari Technical Books Onlineとも,閲覧する際はオンライン上での常時接続が必要となるが,netLibraryでは購入した電子本については,MARC 21フォーマットのMARCレコードが提供されるので,自館のウェブOPACにそのMARCレコードを反映させることによって,利用者は直接電子本を検索,アクセスすることもできる。

 

2. エセックス図書館の導入事例

 同じく英国のエセックス図書館ではOverDriveの電子本パッケージを導入,携帯情報端末(PDA)の利用を中心とした電子本のサービスモデルが試行されている。これはライブラリコンソーシアムであるCo-Eastとラフバラ大学がレイザー財団からの資金提供を受け,2003年4月から2004年3月までの1年間の予定で実施しているプロジェクトで,公共図書館における電子本の導入,維持管理のためのガイドラインの策定を目的としている。

 当プロジェクトではOverDriveのほか,ebraryの電子本パッケージも導入予定だが,現時点ではOverDriveの電子本のみ,およそ230タイトルが閲覧可能となっている。ここでは文学作品を中心にミステリー,サスペンス,サイエンスフィクション,ファンタジー,スリラーといった分野がPalm Readerフォーマット,Adobe Readerフォーマットのいずれか(もしくは両方)で提供されている。OverDrive のシステムも,netLibrary同様,従来の図書館システムに倣っており,ひとつの電子本は一度に一人しか利用することができない。利用者は3冊まで,21日間貸出を受ける(=自分のPCやPDAにダウンロードする)ことができる。貸出期限が過ぎるとPC上にダウンロードしたファイルが開かなくなり,これをもって返却されたこととなる。またOverDrive のシステムは閲覧,貸出ともにPCへのダウンロードが基本なので,閲覧時にオンライン上での常時接続は必要としない。

 一方,ebraryはオンライン上での閲覧となる。OverDrive,ebraryともnetLibrary同様,購入・契約した電子本については,MARC 21フォーマットのMARCレコードが提供される。

 エセックス図書館ではebraryの“general interest”コレクション全2,500タイトルの提供を予定しているが,ラフバラ大学による2003 年 6 月第1 四半期レポートによると,ebraryのマルチユーザモデルのアクセス数の算定方法が米国マーケットを中心とした設計であったため,英国の公共図書館モデルに当てはまらず懸案となったとある。結局どのような解決を経たのか,その他,プロジェクトの最終報告が待たれるところである。

 

3. 国内の導入事例

 国内では,北海道の岩見沢市立図書館が2002年に,石川県のいしかわシティカレッジデジタルライブラリーが2003年7月にイーブックイニシアティブジャパンと提携して,電子本の貸出サービスを開始している。岩見沢市立図書館では電子化された岩波文庫の作品を館内PCで閲覧可能であり,いしかわシティカレッジデジタルライブラリーでは東洋文庫や岩波文庫など約600冊が閲覧できる。

 イーブックイニシアティブジャパンが提供する貸出システムは,電子本を1冊ずつ図書館が購入する方式ではなく,作品数や予想される閲覧者数を元に算出された年額料金を同社に支払うシステムとなっている。同社は実際の閲覧回数に応じた各作品の使用料を出版社や著作権者に配分するとのことだ。

 最近の出版不況で,出版業界からは図書館でのベストセラー本の大量購入や無料貸出の是非について異議が唱えられているが,同社システムの運用形態は今後,著作権保護や利用に応じた課金制度といった問題を考える上でも興味深い材料といえる。

 

おわりに

 このほか米国でもクリーブランド公共図書館(E047 [266]参照)をはじめ,多くの公共図書館で電子本サービスの試行,本格運用が開始されている。

 急速に発展するネットワーク情報社会にあって,電子情報資源の組織化,提供は図書館の新たな役割のひとつと位置づけられている。電子本の導入によって,図書館は書庫スペース,劣化,盗難,遅延問題から解放され,利用者は遠隔地からの24時間アクセスの実現,全文検索,横断検索,ハイパーリンクの利用といった電子本の特性である多様な情報検索が可能となる…というのは電子本ベンダーの受け売りだが,電子本サービスが図書館,利用者双方にとって有益なサービス形態のひとつであることには間違いないだろう。ただ,実際のところ電子本業界は未だ発展途上であり,乱立するフォーマットの統一等,広く一般に定着するには解決すべき課題が数多くある。一方,図書館も限られた予算,限られた人的資源のなかで幅広い利用者層に対応しなければならない。電子本サービスの有用性は認識しつつも,まだ利用者ニーズ,導入効果がつかみきれないというのが現状のようだ。同じ電子メディアである「電子ジャーナル」と共通する課題も多い。

 電子本サービスに関しては,まだこれといった包括的な評価や分析結果が出されていない。今後電子本市場がどう発展をし,どう図書館に影響を与えてくるのか。先陣を切って電子本サービスを開始した各図書館,各プロジェクトの結果報告を待つとともに,引き続き今後の動向を見守りたい。

総務部情報システム課:疋田 恵子(ひきたけいこ)

 

Ref.

Garrod, Penny. Ebooks in UK libraries: Where are we now? Ariadne. (37), 2003. (online), available from < http://www.ariadne.ac.uk/issue37/garrod/> [267], (accessed 2004-04-16).

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OVERDRIVE Inc. (online), available from < http://www.overdrive.com/> [273], (accessed 2004-04-16).

ebrary: Where Content and Technology Unite. (online), available from < http://www.ebrary.com/> [274], (accessed 2004-04-16).
 ebraryは,ランダムハウス,ピアソン,マグローヒルから出資を受けて,1999年に設立された有限会社。一般教養,ビジネス・経済,コンピュータ,人文科学,自然科学分野の図書等約4万冊をデータベース化して,オンラインで図書館,学会等に提供している。

宇田川信生ほか. eBook 最新事情 : 電子書籍ビジネスの「離陸」へ向けて意気盛んな日本,図書館・学術機関のeBook利用に「次」を模索する欧米. Kinokuniya e-Alertレポート. (オンライン), 入手先< http://ealert.kinokuniya.co.jp/kinoentry.html> [275], (参照2004-04-16).

イーブックイニシアティブジャパン. (オンライン), 入手先 < http://www.ebookjapan.co.jp/> [276], (参照2004-04-16).

北海道岩見沢市立図書館で岩波文庫の電子書籍を導入: 市の光ファイバー網使って市民向けに閲覧サービス. INTERNET Watch. (オンライン), 入手先< http://www.watch.impress.co.jp/internet/www/article/2002/0514/iwa.htm> [277], (参照2004-04-16).

 


疋田恵子. 公共図書館における電子本の導入. カレントアウェアネス. 2004, (280), p.7-9.
http://current.ndl.go.jp/ca1525 [278]

  • 参照(11933)
カレントアウェアネス [13]
電子出版 [279]
公共図書館 [23]

CA1526 - 動向レビュー:LibQUAL+TMの展開と図書館サービスの品質評価 / 佐藤義則

PDFファイルはこちら [280]

カレントアウェアネス
No.280 2004.06.20

 

CA1526

動向レビュー

 

LibQUAL+TMの展開と図書館サービスの品質評価

 

はじめに

 近年,行政評価の進展などを背景として,図書館サービスの評価への関心が急速に高まるとともに,新たな評価手法への取り組みが行われるようになってきた。そうした取り組みの一つに,顧客の視点からのサービス品質評価がある。

 本稿では,現在,国際的な規模で展開されているLibQUAL+TM(CA1404 [281]参照)の手法を紹介し,図書館のサービス品質の測定手法をめぐる今後の課題と展望について整理したい。

 

1. サービス品質評価とSERVQUAL

 「サービス品質」の概念はマーケティング研究の成果に基づくものである。マーケティング研究では,サービスにおける非有形性(サービスは行動あるいは行為であるため,かたちとして捉えにくい),不可分性(サービスでは生産と消費が同時に発生し,買い手もサービスの生産過程に参加しパフォーマンスと品質の決定に関与する)という特性から,サービスの品質は「サービスの卓越性」についての顧客の判断に基づいて把握することが相応しいと考えられてきた。

 サービスの質を測定する指標のひとつに,1980年代半ばにパラシュラマン(A. Parasuraman),ザイタムル(Valarie A. Zeithaml),ベリー(Leonard L. Berry)によって開発されたSERVQUALがある。SERVQUALは,顧客のサービスに対する期待と実際に受けたサービスに対する判断(以下,これを「認知」という)を測定することによってサービス品質の把握を行うもので,公共・非営利分野を含めた数多くのサービス領域で活用されてきた。パラシュラマンらは,複数の業種の顧客に対して行ったフォーカスグループ・インタビューの分析からサービスの良し悪しに関する顧客の判断基準を抽出したうえで,それぞれの判断基準に対応する質問項目をまとめたアンケート調査を実施し,そのデータの多変量解析(主として,探索的因子分析および相関係数の分析)によって質問項目の絞り込みを行った。この結果から最終的に,有形性(tangibles),信頼性(reliability),応答性(responsiveness),保証性(assurance),共感性(empathy)という五つの局面(dimension)とそれらに対応する22項目の質問によるSERVQUALがまとめられた(1)。

 

2. LibQUAL+TM

2.1 LibQUAL+TMの概要

 1990年代に入り,図書館サービスの分野にSERVQUALを適用する試みが行われるようになった。初期の調査においては,図書館サービスに向けた若干の表現の手直しは別として,SERVQUALの局面構成と質問項目はそのままにする方式がとられた。しかし次第に,これらの調査結果の分析からSERVQUALの5局面が大学図書館のサービスの品質を捉えきれていない可能性が報告されるようになった。このため,SERVQUALを基にしつつも,図書館サービスに適合する局面と質問項目の設定を前提とした調査研究が進められるようになった。その一つにLibQUAL+TMがあげられる。

 LibQUAL+TMは,テキサスA&M大学の研究チームおよび研究図書館協会(Association of Research Libraries : ARL)が,米国教育省(U. S. Department of Education)の高等教育改善基金(Fund for the Improvement of Post-Secondary Education : FIPSE)の資金援助を受けて行っている,図書館サービスの品質評価に関するプロジェクトである。このプロジェクトは,ARLの新尺度イニシアチブ(New Measures Initiative)の一つとして1999年に開始された。

 LibQUAL+TMの調査は,大規模なデータ収集を前提として,ウェブ方式(電子メールで案内を行い,記入はウェブページで受ける方式)で行われる。これまでの調査は,2000年に12機関(ARL加盟機関のみ),2001年に43機関(ARL加盟機関以外の研究機関,私立単科大学,健康科学図書館を含む),2002年に164機関(OhioLINK,スミソニアン研究所・ニューヨーク公共図書館の研究図書館部門を含む),2003年に308機関(米国だけでなく,英国,カナダ,オランダの機関も対象,その中には英国国立・大学図書館協会(Society of College, National & University Libraries : SCONUL)も含む)の参加を得て実施され,次第に規模が拡大され国際的な広がりを持つに至っている(2)。

2.2 LibQUAL+TMの局面と質問項目

 LibQUAL+TMの開発は,調査,分析,修正(再設計)の繰り返しを通して行われてきた。このため,調査の対象となる局面とそれに対応する質問項目は,調査の都度,場合によってはかなり大幅に変更されてきた。

 最初の調査に先立って,クック(Colleen Cook)とトンプソン(Bruce Thompson)は,テキサスA&M大学図書館が1995年,1997年,1999年に実施したSERVQUAL調査のデータを用いて主成分分析を行い,そこからサービスの姿勢(affect of service; SERVQUALの保証性,応答性,共感性が融合),信頼性,有形性の3因子を抽出した(3)。また,クックとヒース(Fred M. Heath)は,ARL加盟機関の図書館利用者60名に対する質的調査(インタビュー調査)を実施し,そこからSERVQUALに追加すべき局面として,「場所としての図書館」,「コレクションへのアクセスの容易さ」,「セルフ・リライアンス(利用者が自分だけの力で図書館を利用できるよう条件が整えられていること)」の三つを取り出した(4)。

 これらの結果を受け,2000年の調査では,SERVQUALの22項目に「場所としての図書館」(9項目),「コレクションとアクセス」(10項目)を追加した41項目が用いられた。その分析の結果,追加の2局面の妥当性が示されたとし(5),続く2001年調査では56項目の質問項目が設定された。

 2002年の調査では,質問項目が25項目と大幅に減少する。項目の削減は,2001年データの認知値を用いた主成分分析により,先の質的調査から得られた局面に適合する25項目を選び出す方法で行われた。この結果,「サービス姿勢」,「場所としての図書館」,「パーソナル・コントロール(電子的情報環境において手助けなしに情報アクセスを行える環境の提供)」,「情報アクセス」の4局面が設定されることになった(6)。

 2002年には25項目による調査が,2003年には22項目の調査が実施され,最終的に「サービスの姿勢」,「場所としての図書館」,「情報のコントロール」(範囲,適時性,利便性,探索の容易さ,最新の設備)の3局面が確認されたとされる(7)。

2.3 評価の基準

 LibQUAL+TMの最大の特色は,「異なる図書館間およびサービス設定において共通に使用でき,比較のための基準(norm)を提供できる調査ツールの開発」を目指した点にある。SERVQUALでは,各組織における顧客の期待値(最低限受入可能なレベル,望ましいレベルの2つ)と認知値を比較することによって,サービスの適切さや卓越性,ニーズへの適合度の測定を行うのであるが,LibQUAL+TMではこれに加えて,組織間の比較を行うための基準値を算出し評価に使用する。

 2002年のデータをもとにした資料では,個人単位の基準値(individual norms)と機関単位の基準値(institutional norms)の2種類が示されている(8)。個人単位の基準値とは,各調査対象館の平均値が全回答者中のどの程度にあたるかを示すものであり,機関単位の基準値とは各調査対象館の平均値が全調査対象機関のどの程度にあたるかを示すものである。基準値としては,認知値と2種類のギャップ値(サービスの適切さ=認知値から最低限の期待値を引いた値,サービスの卓越性=認知値から望ましい期待値を引いた値)が用意されている。また,適切な比較を行えるよう,基準値は全体についてだけではなく,同等のグループ(peer group ; 例えば,ARL加盟機関のみ),あるいはサブグループ(例えば,ARL加盟機関の教員のみ)ごとにも算出されている。

2.4 e-QUAL:電子図書館サービスの評価

 LibQUAL+TMの一環として,2003年からは,FIPSEと全米科学財団(National Science Foundation : NSF)からの資金援助を受け,電子図書館サービスの品質評価への取り組み“e-QUAL”が開始されている。e-QUALの基本的な目的は,NSFの全米科学電子図書館(National Science Digital Library : NSDL)に関連し,学生の学習を充実させるための電子図書館のサービス品質評価プロセスを整備することにある(9)。

 これまでに,図書館が仲介して行うサービスと,利用者が自分自身で行う情報探索環境を含めたサービス提供空間全体を明らかにするための,質的な分析作業が行われてきた。具体的には,学習のための電子図書館の評価活動に取り組んでいる数学分野のMath Forum,MERLOT(Multimedia Educational Resource for Learning and Online Teaching)のサービス内容の分析や,地球科学分野のDLESE(Digital Library for Earth System Education),MERLOTの利用者に対するフォーカスグループ・インタビューなどである。

 なお,さまざまな電子図書館におけるかなり大規模でより多様な利用者に対応するには,より単純な回答フォーマットが必要であるとして,e-QUALにおける今後の利用者アンケートでは,認知値のみを収集することが予定されている。

 

3. サービス品質評価の課題と展望

3.1 LibQUAL+TMの拡大の要因

 今後の図書館のサービス品質評価を考えるうえで,LibQUAL+TMの展開プロセスは示唆的である。特に,飛躍的ともいうべき規模の拡大要因を検討しておくべきであろう。主たる要因としては,クックらが述べているように,個々の図書館においては頑健性と安定性を備えたサーバーや,データの集計と分析を行うためのスキルや専門知識の確保が難しいことから,容易に参加できるプロジェクトが魅力的であることがあげられる(10)。また,テキサスA&M大学チームにおける,質的分析のリンカーン(Yvonna S. Lincoln),教育心理統計のトンプソンという権威ある専門家の存在がポジティブな影響を与えたことも考えられよう。さらに,もう一つの要因として想定されるのは,図書館運営に関連する全国基準等において数量的規定が用いられなくなる傾向が強まっているなかで,図書館の現場はわかりやすい評価手法を求めているのではないかという点である。

3.2 サービス品質評価のあり方

 ハーノン(Peter Hernon)らは,それぞれの図書館における期待は異なるので比較には意味がないと基準値の設定を否定し,それぞれの図書館の期待に合わせたオーダー・メイド方式の調査を提唱した(11)。図書館や利用者の属性による期待の異なりについてはクックやトンプソンらも認めており,基準値は同等のグループで活用すべきことを強調している。しかし,基準値は各局面単位に設定されるにとどまっており,個々の図書館の経営にどれだけ活用できるかは不明である。また,サービス評価の目的から離れて,各館の数値や基準値から得られる順位値が一人歩きしてしまう危険も考えられる。

 2002年の調査では,期待値についてはサンプルの半数からしか収集されておらず,前述したように今後のe-QUALでは認知値のみの収集が予定されている。サービスに対する期待値は,必ずしも認知値と同様に変動するものではなく,そこに生じるギャップ値の幅や期待値そのものの高さが経営戦略の選択に重要な情報を提供するという点こそが, SERVQUALの出発点であった。この点については,今後さらなる議論が必要であろう。

 また,局面や質問項目の設定といった点では,LibQUAL+TMが図書館のサービス品質の全体を捉えているか疑問が残る。この点については,永田,佐藤による調査分析の結果(12)を参照されたい。

 

おわりに

 利用者があってはじめて図書館サービスは成り立つのであるから,サービスの向上には顧客の視点による評価が不可欠である。これまでに用いられてきた,蔵書冊数,受入冊数などのインプット指標や,貸出冊数などのアウトプット指標による評価は,提供者側の視点に立つものであり,限られた一面しか伝えない。サービス品質評価は,これまでは看過されてきた側面に光をあてるものである。ただし,サービス品質を含め個々の評価手法から得られる指標は,ジグソー・パズルの破片のようなものに過ぎない。状況を的確に把握するためには,さまざまな手法あるいは指標を多面的に組み合わせることが必要なのである。LibQUAL+TMを契機に,さまざまな評価手法およびその活用への関心と理解がより一層高まることを期待したい。

三重大学人文学部:佐藤 義則(さとうよしのり)

 

(1) Parasuraman, A. et al. SERVQUAL: a multiple-item scale for measuring consumer perceptions of service quality. Journal of Retailing. 64(1), 1988, 12-40.
(2) Cook, C. et al. “Developing a National Science Digital Library (NSDL) LibQUAL+TM Protocol: An E-service for Assessing the Library of the 21st Century”. LibQUAL+TM. (online), available from < http://www.libqual.org/documents/admin/NSDL_workshop_web.pdf> [282], (accessed 2004-04-15).
(3) Cook, C. et al. Reliability and validity of SERVQUAL scores used to evaluate perceptions of library service quality. Journal of Academic Librarianship. 26(4), 2000, 248-258.
(4) Cook, C. et al. Users' perceptions of library service quality: a LibQUAL+ qualitative study. Library Trends. 49(4), 2001, 548-584.
(5) Cook, C. et al. Psychometric properties of scores from the web-based LibQUAL+ study of perceptions of library service quality. Library Trends. 49(4), 2001, 585-604.
(6) Cook, C. A Mixed-methods Approach to the Identification and Measurement of Academic Library Service Quality Constructs: LibQUAL+TM. Graduate Studies of Texas A&M University, 2001, 341p. Ph. D. available from University Microfilms International, Order no. 3020024.
(7) Hipps, K. et al. Library Users Assess Service Quality with LibQUAL+TM and e-QUAL. ARL Bimonthly Report. (230/231), 2003, 8-10. (online), available from < http://www.arl.org/newsltr/230/libqual.html> [283], (accessed 2004-05-05).
(8) Thompson, B. LibQUAL+TM Score Norms. (online), available from < http://www.coe.tamu.edu/~bthompson/libq2002.htm> [284], (accessed 2004-05-05).
(9) Cook, C. et al. 前掲 (2).
(10) Cook, C. et al. LibQUAL+TM: preliminary results from 2002. Performance Measurement and Metrics. 4(1), 2003, 38-47.
(11) Hernon, P. et al. Methods for measuring service quality in university libraries in New Zealand. Journal of Academic Librarianship. 22(5), 1996, 387-391.
Hernon, P. et al. Service quality : a concept not fully explored. Library Trends.49(4), 2001, 687-708.
Nitecki, D. et al. Measuring service quality at Yale University's Libraries. Journal of Academic Librarianship. 26(4), 2000, 259-273.
(12) 佐藤義則ほか. 図書館サービスの品質測定について:SERVQUALの問題を中心に. 日本図書館情報学会誌. 49(1), 2003, 1-14.
佐藤義則ほか. 大学図書館の「サービス品質」評価を構成する局面. 情報メディア学会誌. 2(1), 2003, 1-15.
永田治樹. “大学図書館の経営計画と「顧客評価」”. 図書館の経営評価. 東京, 勉誠出版, 2003, 29-47.

 


佐藤義則. LibQUAL+TMの展開と図書館サービスの品質評価. カレントアウェアネス. 2004, (280), p.9-12.
http://current.ndl.go.jp/ca1526 [285]

  • 参照(18695)
カレントアウェアネス [13]
動向レビュー [38]
図書館評価 [286]

CA1527 - 動向レビュー:DSpaceをめぐる動向 / 荘司雅之

PDFファイルはこちら [287]

カレントアウェアネス
No.280 2004.06.20

 

CA1527

動向レビュー

 

DSpaceをめぐる動向

 

はじめに

 DSpaceとは,マサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology: MIT)図書館とヒューレット・パッカード(Hewlett-Packard: HP)研究所が共同で開発した,デジタル学術資料を対象とする機関リポジトリ・システムである(1)。このシステムは,誰でもダウンロードして利用できる(2)オープンBSDライセンス(3)の下に公開されており,多数の研究機関がこれをダウンロードしている(4)。その多くは自機関でDSpaceが使えるか評価するためであろうが,DSpaceのようなシステムに対する大きなニーズが存在しているのは明らかである。

 本稿では,DSpaceの開発・導入プロジェクト,システムとしてのDSpaceの特徴,および,DSpace連盟(DSpace Federation)やMIT以外の機関での事例を中心とした最近の動向などを簡単に紹介する。なお,DSpaceのインターフェイス,機能などシステム面の詳細については今回触れていない。

 

1. DSpaceプロジェクト

 2000年3月にMIT図書館とHP研究所が共同開発に調印し,HPよりDSpace構築に18か月間180万ドルの助成がなされた。これは,invest@MIT [288](5)と呼ばれるMIT-HP連合(MIT-HP Alliance)のプロジェクトのひとつに位置づけられている。開発期間は,当初12か月と見積もられていたが,実際は2002年11月4日に公式に公開されるまで2年以上を要している。

 DSpaceの開発は, MITへの導入と並行して調整をとりながら進められた。このため,DSpaceはMITの使命(6),ニーズ(7),文化などを反映したシステムとなっている。例えば,「コミュニティーごとのポリシー(8)管理が可能なシステム」は,リポジトリへ研究成果を投稿できる資格,査読の有無など,投稿手続に対する考え方が,MIT内の学部,研究所,センターなどの組織(DSpaceではコミュニティーと呼ぶ)ごとに異なっていることを反映したものであろう。

 プロジェクトの段階にあったDSpaceをMIT図書館の通常業務のひとつに組み込み,維持発展させるために,MIT図書館はDSpace事業計画作成に取り組んだ。まず,アンドリュー・メロン財団の助成金を得て2名の事業戦略家(ビジネス・ストラテジスト)を採用し,続いて図書館の主要部門の代表者による移行計画グループを結成した。この両者の協力により,財政的な裏づけのある正式な事業計画が作成(9)された。

 この事業計画の中で,MITコミュニティーに無料で提供する「コア・サービス」と有料の「プレミアム・サービス」が提案されている。コア・サービスは,教員自身によるDSpaceへの投稿・閲覧に関するサービス,および,バックアップなどの基本的な運用に関わるサービスである。一方,プレミアム・サービスには図書館員の手を煩わすもの,例えば,メタデータの作成,サポート外のデジタルデータの変換作業,あるいは規格外の大容量の成果物を蓄積する場合などがある。

 また,MIT図書館の組織変更が提案され,新たにDSpace専従のスタッフ2名の職位(10)が新設された。この人件費と運用費,機器類などに年間約28.5万ドル(人件費に約22万ドル)の経費が算出されている。もちろん,他の機関でDSpaceを運用する場合は,運用方法,リポジトリの規模(DSpaceはPCでも稼動するスケーラブルなシステム),人件費などにより金額は異なってくる。

 

2. DSpaceシステム

 ソフトウェアとしてのDSpaceの特徴を以下に簡単に紹介する。

2.1 データモデル

 DSpace内に蓄積されるデータの編成は図1のとおりである。DSpaceサイトの最大の管理単位は,研究所,学部などのコミュニティーである。各コミュニティーの内部に,コンテンツの種類や研究領域などにより種々のコレクションを作成できる。その中の各々のコンテンツがアイテムである。これがデポジトリに蓄積されるデータの基本的な単位となり,限定子付ダブリン・コアのメタデータ・レコードが付与される。なお,このメタデータの必須フィールドは,タイトル,言語,投稿日の3フィールドのみで,その他のフィールドは全てオプションとなっている。

 アイテムはさらにビットストリーム(ビット列:普通のコンピュータ・ファイル)を集めたバンドルに分かれる。バンドルとは,例えばHTMLファイル(ビットストリーム)と画像ファイル(ビットストリーム)で構成されたHTMLドキュメント(バンドル)のように,ビットストリームを束ねた(ひとつでも可)単位である。

 各々のビットストリームには,必ずひとつのビットストリーム・フォーマットが対応する。これはファイル拡張子より詳細(11)な,保存のための重要な情報でありOAIS(Open Archival Information System;CA1489 [207]参照)(12)の概念を適用したものである。

 さらに,このビットストリーム・フォーマットにはサポート(Supported),既知(Known),非サポート(Unsupported)の3段階のサポートレベルを設定する。デジタル・ファイルの長期間の保存では,ソフトウェア,ハードウェアの陳腐化に伴う利用可能性の維持が問題になる。このサポートレベルは,各々の機関がデジタル・ファイルのフォーマットごとに,将来にわたり如何にサポートしていくかのレベルである。MITの定義では次のようになっている。

  • サポート:

    将来も(変換やエミュレーションを用い)利用可能を表明しているフォーマット。
  • 既知:

    フォーマットは認識されているが,ビット列の保存のみで将来の利用を保障していない。サポートにレベルを上げるべく情報収集を行うフォーマット。
  • 非サポート:

    フォーマットが未知。ビット列の保存のみとするフォーマット。

 

図1 データモデル図


 

図1 データモデル図
出典:Tansley(2003)

 

2.2 受入(Ingest)プロセス

 DSpaceはOAISの影響から,データの取り込み,および,取り込んだ情報をリポジトリへ格納する機能・サービスにIngestという単語をあてている。

 データの取り込みには2つの方法がある。外部からSIP(Submission Information Package)(13)をバッチ処理で取り込む方法と,教員,研究者が自らウェブインターフェイスを用いてメタデータとデジタルデータを投稿する方法である。

 図2の中の「ワークフロー」は,投稿されたSIPをリポジトリに保管する前に行う,査読,メタデータ修正,承認などのフィルタリング作業である。このフィルタリングの定義,分担などはコミュニティーごとに設定できる。また,コミュニティーの各メンバーは,DSpace管理者により e-people として登録され,その属性に応じて然るべき権限が与えられる。

 

図2 受入プロセス


 

図2 受入プロセス
出典:Tansley(2003)

 

2.3 その他の特徴/h4>

 DSpaceは採用機関のみならず,他の機関リポジトリやプレプリント・サーバなどとの相互運用性を実現するために,OAI-PMH(Open Archives Initiative Protocol for Metadata Harvesting;CA1513 [88]参照)を実装している。このソフトウェアには,OCLCが作成したオープンソース・ソフトウェアのOAICat(14)が採用されている。なお,メタデータはアイテムの限定子付きダブリン・コアから限定子を削り,シンプル・ダブリン・コアに変換したものを使用している。

 また,リポジトリにアーカイブされたアイテムの長期間にわたるアクセスが有効となるよう,永続的識別子としてCNRI(Corporation for National Research Initiatives)のHANDLE SYSTEM(15)を実装している。これは出版社向けのDOI(CA1481 [289]参照)と同様の考え方で,サーバ名などが変化してもアイテムへのアクセスを保障しようというものである。

 DSpaceはUNIX上で稼動するJavaで書かれたシステムであり,他のオープンソースのミドルウェアやツールを積極的に採り入れて構成されている。リレーショナル・データベースにPostgreSQL(16),JavaサーブレットエンジンにはTomcat,索引化のための検索エンジンにはLucene(17),そして上述したOCLCのOAICatなどを使用している。これらのコンポーネントやライブラリも全てオープンソース・ソフトウェアである。

 2004年4月末にDSpace Version 1.2がリリースの予定である。現行Version 1.1との主な変更点は:サブ・コミュニティーのサポート,コミュニティーに「管理権限」を付与,バッチ入出力に使用するメタデータ(XML)のMETS(18)サポート,アイテムの全文検索(現在はアイテムのメタデータのみが検索対象),アイテムのサムネール画像の表示,などである。

 

3. 他機関でのDSpace

 DSpaceはプロジェクトの段階から,オープンソースのシステムとして他の機関へも積極的に普及させようとの意図があった。その理由として以下の諸点が挙げられている。

  • 研究の最先端をいく世界中の大学の知的生産物による重要なコンテンツ集大成を作成するため。
  • オープンソース・コミュニティーによるDSpaceサービスの継続的な開発を促進するため。
  • 学術リポジトリの相互運用性と学術的研究成果の長期保存を促進するため。

 実際にオープンソースのDSpaceを基に様々な機関がソフトウェアの追加,変更を行っている。代表例に英国エジンバラ大学の電子学位論文プロジェクト“Thesis Alive!”(19)があり,学位論文用のオープンソース・ソフトウェアがDSpaceの追加モジュールの形で構築,公開されている。

 中でもケンブリッジ大学(英国)(20),トロント大学(カナダ),コロンビア大学,コーネル大学,ロチェスター大学,オハイオ大学,ワシントン大学(以上米国)はMITと協力関係を結び,DSpace連盟を立ち上げた。ここでは,以下に挙げる課題に取り組んでいる。

  • 他機関のシステムを首尾よく導入するには,どうすればよいか。
  • どの程度のローカライズ,カスタマイズが必要となるか。
  • 機関のデジタルコレクションを活用するためには,どのようなサービスを用意し,実装すべきか。
  • DSpace連盟の組織は,どのような体制(コンソーシアム,新たな会員制組織,あるいは,非公式で緩やかな協力関係など)にすればよいか。また,その組織はMIT内部組織か,他のメンバー機関の組織か,あるいは完全に独立した組織とするか。

 こうした取り組みを通じて,DSpace導入のノウハウを蓄積し,他機関においてもより精錬されたシステムとして受け入れられることが期待されている。

 

4. DSpaceの最近の動向

 2004年3月10,11日にMITで初のDSpaceユーザ会が開催された。本稿執筆時には未だウェブサイトに掲載されていないが,メーリングリスト(21)に流れていた会議のサマリーを紹介する。

  • DSpaceは機関リポジトリのみならず,電子学位論文リポジトリ,教材リポジトリ,電子ジャーナルリポジトリなどに採用されている。このようなコンテンツに適したアプリケーションが作れるよう,より一層モジュール化したDSpace Version2.0のアーキテクチャが承認された。
  • DSpace連盟をオープンにし,誰でも参加できるように変更する。プログラムの正式開発者(committersと呼ばれている)や,評価者,ドキュメント作成など様々な分野で協力者を求めていく方針である。
  • MIT,HPの外部に,W3C(22)などのオープンソース・ソフトウェア団体のような管理組織を作る計画を開始した。
  • 機関リポジトリの諸問題に対処するためのコミュニティーをDSpaceユーザであるか否かを問わず形成する。
  • Spaceの特定領域グループ(Special Interest Group: SIG)を立ち上げる。現在リストアップされているSIGは,機関リポジトリ,電子学位論文リポジトリ,教育教材リポジトリ,レコード管理システムと出版システムの各グループである。

 

 

おわりに

 DSpaceはUnicode対応のソフトウェアである。しかし,実際にダウンロードして試してみると,画面の日本語化は単純ではないし,日本語の索引検索(Lucene)の不具合(23)も経験した。画面の日本語化(国際化)については,スマートな方法がメーリングリストに提案されている(24)が,実装されるまで時間がかかりそうだ。

 誰かがソフトウェアの改良をしてくれるのを待つのではなく,必要な改良点があれば自ら積極的に参加し修正するのが,本来のオープンソース・ソフトウェアへの関わり方であろうが,業務の片手間にやるには荷が重い作業である。

 システム以外の面でも,機関リポジトリを構築するには課題が多い。例えば,機関内でのオーサライズ,協力者の募集,広報,リポジトリに蓄積されるコンテンツの知的財産権の問題(25)などの課題がある。また,運用の面では,ポリシー作成やメタデータのチェック者としての図書館,図書館員の関わり方,また,システムの運営・維持体制などの問題がある。

 解決すべき点は多いが,MITをはじめ世界中の英知を集めて進化しているDSpaceが魅力的なシステムであることは間違いない。

早稲田大学図書館:荘司 雅之(しょうじまさゆき)

 

(以下に記載したURLは2004年4月10日に存在を確認した。)
(1) MIT図書館は「機関リポジトリ」について「一大学,あるいは,複数の大学等からなるコミュニティーの知的生産物を記録し保存するデジタルコレクション」というSPARCの定義を採用している。< http://www.arl.org/sparc/IR/IR_Guide.html> [290]
(2) Source Forge からダウンロード可能。< http://sourceforge.net/projects/dspace/> [291]
(3) 再頒布の際は著作権表示を行なうことのみを条件とした極めて制限の緩いライセンス。< http://www.opensource.org/licenses/bsd-license.php> [292]
これに対し,EPrints (サウサンプトン大学が作成したDSpaceと同様のオープンソースのオンラインアーカイブ・ソフトウェア。< http://software.eprints.org/> [293]) は,再頒布者が,変更の有無を問わず再頒布される人にもコピーし変更を加える自由を要求するGNU General Public License(GPL)を採用している。< http://www.gnu.org/copyleft/copyleft.html> [294]
(4) 2002年11月4日の公開から2,3か月の間に約1,500件のダウンロードがあった。
(5) MITとHPの間で2000年8月に調印された1999年11月から5年間のデジタル技術の共同研究を行うためのパートナーシップ。HPは,総額2,500万ドルの助成を表明している。< http://www.hpl.hp.com/mit/> [295]
(6) MITのミッションステートメント中の“generating, disseminating and preserving knowledge”を指す。 < http://web.mit.edu/mission.html> [296]
(7) デジタルで生み出された論文,データセットなどのMITの知的成果物を格納する基盤作成と,広い読者層に対し長期間にわたるアクセスを可能とすることが,MITのニーズから抽出されたDSpaceの元来の目的。
(8) 投稿資格者の規定などの方針。DSpaceは,デジタル資料の収集,管理,索引化および配布のためのシステム(ツール,プラットフォーム)であり,機関がどう使用するか,使用者は誰か,何をデジタル資料の対象とするか,どのくらい保存するか等々の問題は,システムを採用する各組織で決めるべき「ポリシー」上の問題だとしている。MIT図書館は,システムとポリシーの違いを明確にするため,ポリシーを一般に公開している。< http://libraries.mit.edu/dspace-mit/mit/policies/index.html> [297]
(9) Barton, Mary R. et al. Building a Business Plan for DSpace, MIT Libraries’Digital Institutional Repository. Journal of Digital Information. 4(2), 2003. (online), available from < http://jodi.ecs.soton.ac.uk/Articles/v04/i02/Barton/> [298], (accessed 2004-04-10).
(10)役職名はDSpace User Support ManagerとDSpace Systems Manager。
(11)例えば拡張子“doc”だけではMS Word のどのバージョンのファイルであるか分からない。
(12)国立国会図書館. “3 OAIS参照モデル”. 電子情報保存に係る調査研究報告書.国立国会図書館, 2003, 24-39. (online), available from < http://www.ndl.go.jp/jp/aboutus/preservation_02_01.html> [299], (accessed 2004-04-10).

(13)OAISで使用されている用語。情報のProducerからOAISに送られるXMLメタデータファイルとコンテンツからなる情報パッケージ。
(14)OAICat. < http://www.oclc.org/research/software/oai/cat.htm> [300]
(15)HANDLE SYSTEM. < http://www.handle.net/> [301]
(16)PostgreSQL. < http://www.postgresql.org/> [302]
(17)TomcatとLucene.< http://jakarta.apache.org/> [303]
(18)METS.< http://www.loc.gov/standards/mets/> [304]
(19)Thesis Alive!はJISC(CA1501 [305]参照)の助成を受けエジンバラ大学が進めている電子学位論文プロジェクト。< http://www.thesesalive.ac.uk/dsp_home.shtml> [306]
(20)Cambridge-MIT Institute. 英国政府や企業が助成している団体。< http://www.cambridge-mit.org/cgi-bin/default.pl> [307]
(21)DSpace General Discussion List,DSpace Announcement List,DSpace Technology Listの3種類のメーリングリストがある。< http://www.dspace.org/feedback/mailing.html> [308]
(22)The World Wide Web Consortium. < http://www.w3.org/> [309]
(23)CJKTokenizer.javaなどを組み込む必要がある。
(24)DSpace Technology List の次のメール参照。Tansley, Robert. “RE: Multilanguage support”. dspace-tech. (mailing list), available from < http://sourceforge.net/mailarchive/forum.php?thread_id=4113646&forum_id=13580> [310], (accessed 2004-04-10).
(25)知的財産権に関してはDSpaceにアクセス制限の機能がある。DSpace at MITにMIT Press の絶版になった資料が保管されているが,メタデータは OAI-PMHのハーベスティングなどで入手できる一方,資料そのものには「認証」が求められる。

 

Ref.

 

MIT's DSpace Experience: A Case Study. (online), available from < http://www.dspace.org/implement/case-study.pdf> [311], (accessed 2004-04-10).

Smith, MacKenzie et al. DSpace: An Open Source Dynamic Digital Repository. D-Lib Magazine. 9(1), 2003. (online), available from < http://www.dlib.org/dlib/january03/smith/01smith.html> [312], (accessed 2004-04-10).

Tansley, Robert et al. DSpace System Documentation: DSpace Version: 1.1.1, 29-Aug-2003. (online), available from < http://prdownloads.sourceforge.net/dspace/dspace-docs-1.1.1-1.zip?download> [313], (accessed 2004-04-10).

 


荘司雅之. DSpaceをめぐる動向. カレントアウェアネス. 2004, (280), p.12-16.
http://current.ndl.go.jp/ca1527 [87]

  • 参照(18787)
カレントアウェアネス [13]
動向レビュー [38]
メタデータ [314]

CA1528 - 研究文献レビュー:図書館と著作権問題 / 村上泰子

PDFファイルはこちら [315]

カレントアウェアネス
No.280 2004.06.20

 

CA1528

研究文献レビュー

 

図書館と著作権問題

 

1. はじめに

 2001年12月,文化審議会著作権分科会から審議経過の概要が公表された。同分科会情報小委員会は権利制限の見直しを討議し,特に教育目的の利用と図書館における利用についてはワーキンググループを設けて検討を進めてきた。その検討結果が盛り込まれたものである。本稿ではまずはこれを起点としたい。委員会での検討状況については,文化審議会著作権分科会の審議経過の報告,および議事録でその審議状況を知ることができる(1)。

 審議において整理された論点は,その後法制問題小委員会で検討され,「法改正を行う方向とすべき事項」「『意思表示』システム等により対応すべき事項」「引き続き関係者間の協議が行われる事項」として整理し直された(2)。法改正を行うべきとされた内容のうち,教育目的の利用に関しては,2003年6月,児童生徒等による複製,遠隔授業における教材等の送信などについての改正法が成立した。一方,図書館における利用に係る事項で法改正を行う方向が適当とされたものは,図書館資料保存のための媒体変換,映画の著作物の上映,貸出補償金の3点であった。このうち先の2点はすでに法案作成段階に入っているが,貸出補償金,すなわち公共貸与権(以下,公貸権)の問題については,関係者間の合意が十分に形成されていない等の事情から,方向性の決定にとどまり,具体的な制度のあり方については継続協議とされ,現在も議論が続けられている(3)。

 継続協議とされた事項はおおむね複製に関わるもので,公衆の用に供するコピー機での私的複製,図書館等による複製物のファックス送信,商業目的での複製,複製補償金,録音資料の作成,がある。このうちファックス送信については,いったん関係者間の合意が形成されたにも関わらず法改正に至らず,継続協議とされた点は興味深い(4)。

 これらの状況を踏まえ,本稿では,第一に現在も継続協議中である文献複写(ファックス送信を含む),第二に公貸権に関する論議の動向を探り,第三に,第一,第二の課題とも関連する問題として著作権集中管理機構を取り上げる。第四に,大きな関心が寄せられている電子資料と著作権に関する研究動向を概観し,最後に,障害者サービスと著作権の課題を取り上げる。

 概観するにあたっては,著作権分科会の審議経過の概要が公表されるに至る2001年以降の国内文献で,図書館と著作権の問題を扱っている文献のうち,図書館情報学研究者や図書館職員等の図書館関係者の手になる著書,雑誌論文を中心にした。ただし必要に応じて,図書館関係者以外の文献で図書館関係の雑誌に掲載されたもの等も取り上げた。

 図書館関連雑誌における著作権の取り扱いを全体としてみたときにまず特徴的なのは,先の審議経過の概要に関連した特集が『図書館雑誌』はじめ各誌で組まれていることである(5)。特に『図書館雑誌』が2002年の5月と6月と連続して著作権をテーマとした(6)ところから,関心の強さと同時に問題の多様さが窺われる。同年,第88回全国図書館大会が群馬で開催され,著作権関連のシンポジウムが企画されるとともに,はじめて著作権分科会が設置されたことでも,著作権問題が広く図書館界で注目された年だったといえる(7)。

 こうした図書館界における著作権問題について国内の動向をレビューした先行研究として,山本の論考をあげることができる。電子情報通信技術の影響という視点からの幅広い考察である(8)。しかし参照文献として取り上げられているものはごく限定的であった。以下,前述の5つの観点から研究動向を概観する(9)。

 

2. 文献複写

(1)紙媒体資料の館内複写に関わる問題

 図書館における複写問題が顕在化したのは,大学図書館にセルフサービスの複写機が導入されるようになった頃からである。大学図書館における複写については1991年の日本複写権センターの発足以来,そのあり方についての協議が続けられてきた。その主な論点は,このようなコピーが著作権法第31条で認められている複製に該当するかどうかにあった。協議のポイントおよび現時点における大学図書館側の取組みについては,国公私立大学図書館協力委員会のホームページで概略をつかんでおきたい(10)。昨今の動向としては,2002年1月の「大学図書館における文献複写に関する実務要項」(11)合意とそれを受けての「著作権問題Q&A」の改訂(12),そして著作権思想普及運動の展開が主なところである。黒澤はこの協議結果を「現実的で運用可能な方法として評価できる」としている(13)。しかしながら「Q&A」に記されている回答は両論併記的なものも多く残されており,現実に起こっている問題に対して単純明快な回答を示したものというわけではない。実際の運用にはまだ相当な難しさがあると思われる。

 複写の問題に対しては,著作権管理システムの整備の必要性を指摘する論考も多数見られる。そのような指摘の背景には,館外コピーの現状に加え,図書館における著作権法第31条遵守状況把握についても実際には図書館における格差があり,遵守されていない実態もあるとの指摘がみられる(14)(15)。

 複写の問題は主に大学図書館や専門図書館において主要な関心事として取り上げられてきたのであるが,近年公共図書館においても,図書館に対する関心が高まりを見せる中,他館種同様の複写の問題が顕在化してきている。なかでも著作権法第31条に基づくのではなく,同法第30条に基づく私的コピーとして処理する市立図書館の事例が議論を呼び,著作権者からの批判(16)のみならず,図書館関係者からも,図書館と著作権者との信頼関係を壊しかねないものとの懸念が表明されている(17)。

 また複写の分量すなわち「一部分」の解釈をめぐって,百科事典の一項目や雑誌記事の一論文をひとつの著作物とみなしその半分までしか複写できないとする法解釈の,実態との乖離を指摘するものもある(18)。複写目的である「調査研究」の範囲について,営利,非営利をどのように切り分けるのか,切り分けることが合理的なのかといった論議については「大学図書館著作権問題ワークショップ」に詳しい(19)。一方,複写機による館内コピーの問題を一足飛びにこえて,小型スキャナなどによるパソコンへの取り込みといった状況もある(20)。

 一方,学校図書館と著作権の問題については森田が継続的に取り上げているが(21),以前から広く指摘されてきた「学習者」による複製問題は,冒頭でも触れたように平成15年度の著作権法改正によって,第35条の複製の主体に「授業を受けるもの」も含められたことにより一定の解決をみたといえる。しかしながら,構内LANでの教材共同利用等,解決すべき課題はまだ多く残されている(22)。

(2)ドキュメント・デリバリーに関わる問題

 一館のみでは,過去および現在,未来にわたって創作されるすべての資料を収集し,利用者に提供することはできない。利用者の求めに応じた資料提供を実現するために,いまや図書館協力は不可欠の要素となっている。

 しかしながらファックスによる文献の送付は,公衆送信権に権利制限がかけられていないことや,発信者の手元に複製物が残ることなどを理由に,図書館サービスとして利用できないとされてきた。しかしグローバルILLによって海外とも文献のやりとりをする時代を迎え,こうした取り決めの不合理を指摘する声も大きくなってきた。権利者との協議において,個人へ直接送信せず,図書館間のやりとりに限定することなど,一定の条件のもとに「利用者からの求めに応じて,図書館が利用者の代理人として他の図書館に図書館資料の複製を依頼した場合に,当該図書館間でファクシミリ等による公衆送信を行うことを権利制限の対象に加える法改正を支持すること」(23)についての合意が得られ,法制問題小委員会に報告されるという経緯があったことが知られているが(24),最終的な法改正には至っていない。この理由について岡本は,著作権分科会の整理した関係者間協議事項に含まれていなかったという手続き上の問題や,「代理人」を図書館に限定することへの疑念などを挙げている(25)。最近の関心はむしろ電子的手段を用いた個別利用者への直接的な文献提供に向かっており,館内複写の問題とあわせて補償金制度との関係のもとに,権利処理の観点から論じられる傾向にある。これについては5で扱う。

 

3. 公貸権

 公貸権問題は,公共図書館における大量複本購入が書籍販売に負の影響を与えているとの指摘が著者や出版関係者から上がったことから,公共図書館の本来的役割に対する問いかけとともに,活発化したものである。2003年1月の著作権分科会審議経過報告によれば,「映画の著作物」同様の補償金の導入に関して,審議会では基本的な反対はなかったという。ただし導入方法について当事者双方ともに検討が必要ということで見解が一致したことから,その時点でただちに法改正の手続きに入ることは見送られた(26)(27)。

 例えば三田は一連の論考を通して,作家の立場から公共貸与権の導入を求めている(28)。これに対して図書館側からは,権利者の利益がどの程度損なわれているかの実態が不明である,現段階では図書館数や資料費の点において先進国とはいえない,などの点からの反対表明がみられる(29)。この間,権利者どうしが一堂に会して議論をたたかわせる場も設けられ(30),徐々にではあるが双方の抱える状況についての理解の溝を埋める努力が払われたものの,双方ともに正確な実態にもとづく論議ではなく,感覚的な噛み合わない論議になっていることは明白であった。そうした閉塞状況に突破口を見出すことを目的として,2003年に実態調査が実施された。ここには,複本数等の実データのほか,このデータを受けての図書館員,作家等関係者からの意見等も掲載されており,当事者の具体的な意見を反映した貴重な資料といえる(31)。

 国内の実態を把握する動きの一方で,海外の補償金制度を調査する動きもあった。この問題については南や前田が諸外国の公貸権制度を幅広く比較検討している(32)(33)。南は別稿でも,諸外国では,対象となる図書館,書籍の分野や言語によるかなり限定的な権利であること,さらにその補償額の算定方法などから考えて,その制度の導入スタイルをイギリス型,ニュージーランド型,北欧型,ドイツ型の4つに分類できることを指摘している(34)。このうちドイツの状況については,ほかに寺倉の論考がある。寺倉は補償金を公費負担するというドイツのシステムは,著作物使用の対価というよりも,むしろ文化振興からの一種の助成金と捉える見方もあることに触れ,概念整理の必要性を指摘している(35)。

 根本はこれらの一連の考察を手際よく整理している。特に,文芸書の実態をさらに細区分し,貸出最上位のやや下あたりに位置する文芸書の売上に図書館の貸出しの与える影響が小さくないとの指摘は興味深い(36)。公貸権問題については幅広い議論と文化振興,文化政策としての取組みが必要であることが,前田,根本らによって指摘されている(37)。

 

4. 電子資料と著作権

 図書館と著作権の問題を考えるとき,電子資料とそれ以外の資料とを分けて考えることは必ずしも適切とはいえない。しかし電子資料をひとつの切り口とする取り上げ方はしばしば見受けられることから,本稿でも別項目を立てた。

 著作権という観点からみた図書館における電子資料と図書館活動との関係については,北が詳細に検討している(38)。その中で現在関心の高い問題のひとつは,電子ジャーナルのプリントアウトやファックス,およびILLであろう。この問題についての契約による解決に一定の評価を与えつつも,力関係で決定されてしまうあり方への土屋の警告は注目に値しよう(39)。

 資料のデジタル化については個別権利処理を行う方向で各事業がすでに進められており,2001年以降デジタル化と著作権を扱ったものは多くはない。国立情報学研究所の著作権処理モデル(40),奈良先端科学技術大学院大学電子図書館の権利処理プロセス(41)を紹介した文献が見られる程度である。その中で,国立国会図書館が「近代デジタルライブラリー」構築のために実施した明治期刊行図書等の著作権調査について述べた文献は,その過程がつぶさに報告されており興味深い(42)。

 また目新しいところでは,権利者側からの問題提起という形で新聞記事の電子化と著作権問題を取り上げたもの(43),部分的ではあるが中国電子図書館の著作権処理の問題点を取り上げたもの(44)がある。

 インターネット上の情報資源と著作権の問題については,山本が一般利用者の立場からみた視点を示している(45)ほか,デジタルミレニアム著作権法後の米国の動向を報告している(46)。

 データベースの法的保護についても見ておきたい。長塚が海外の動向を紹介するとともに,わが国の今後のありかたについて提起している(47)。

 

5. 著作権集中管理機構 (48)

 現在,複写権の権利処理機関は国内に3つ(日本複写権センター,学術著作権システム,日本著作出版権管理システム)あり,その混乱ぶりについては数多くの報告がある。松下が3機関の許諾システムの全体像を平明に記している(49)ほか,三浦が問題の所在を概観している(50)。特に企業図書館等をメンバーにかかえる専門図書館系の雑誌でこの問題は頻繁に取り上げられ(51),利用者・図書館側の多くが権利処理機関の一本化を要望している(52)。国公私立大学図書館協力委員会主催のシンポジウムのパネル討議中,土屋も,簡便な許諾システムの必要性について指摘する一方,現在の日本複写権センターがそれを担うに不十分であることを指摘している(53)。この問題に対する図書館側からの要望・意見やそれに対する権利処理機関側からの回答について,INFOSTAのホームページも見ておくべきであろう(54)。

 複写権の権利処理についての海外の実践も見逃せない。長塚はフランスの法定集中管理について(55),山岡はドイツのsubitoにおける著作権処理の現状について(56),山下は世界の複写権処理機構の概要について(57),報告している。

 

6. 障害者サービスと著作権

 障害者サービスと著作権については,録音図書の作成が著作権法第37条により認められている図書館(点字図書館等)以外の公共図書館等においても,権利者の許諾を得ずにできるよう法改正の要望が提出されていたが,法制問題小委員会では「簡便な許諾契約システム」や「事前の意思表示システム」等の構築による当事者間解決が示唆された(58)。これに関しては,文芸作品に限定されるものではあるが,2004年4月,日本図書館協会と日本文藝家協会との間で「公共図書館等における音訳資料作成の一括許諾に関する協定書」が取り交わされ,運用にあたって双方が順守すべき事項を定めた「障害者用音訳資料利用ガイドライン」が作成された(59)。しかし問題はそれだけではないことを,梅田が著作権法第37条の対象となる障害者の範囲を中心に指摘しており(60),さらに佐藤が大学図書館における問題点を指摘している(61)。ほかに障害者の情報アクセス権の保障に関する国際レベルでの取組みについて,問題点と要求内容が整理されている(62)。

 

7. おわりに

 以上,約3年にわたる国内文献についてみてきたが,最後に著作権問題から図書館の役割について考察している文献をいくつか取り上げて終わりにしたい。岡本は著作権問題のほとんどが契約マインドによって解決可能と断じる(63)。すなわち図書館の役割は契約の中で個別に位置づけられるとするのである。他方,山本は図書館の役割の公共性は法による著作権の制限を可能とする合理的理由となりうることを主張している(64)。拠って立つところはまったく異なる両者であるが,双方に一致しているのは,ステークホルダーどうしがその主張をはっきりと表明して解決すべきであるとしている点である。名和は電子資料の世界における著作権についてではあるが,権利者の側の主張と図書館側の主張を「ディジタルは違う」と「ディジタルでも同じ」と対比してみせ,もし図書館が自らの主張を通すことができなければ「ディジタルは違う」とする論に屈することになる,とする(65)。こうした権利者と利用者間の対立はまた,法と契約の守備範囲についての揺れももたらす。名和はさらに近著において,現行の著作権制度はやがて行き詰まり,複数の著作権制度が競合する「二重標準の時代」が到来するとの見解を示している(66)。糸賀の指摘からも窺われるように(67),こうした揺れが図書館関係者の中にも見られることが問題をいっそう見えにくくしていると思われる。大きな課題といえるだろう。

梅花女子大学文化表現学部:村上 泰子(むらかみやすこ)

 

(1) 文化審議会著作権分科会. 文化審議会著作権分科会審議経過の概要. 平成13年12月. (オンライン), 入手先 < http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/toushin/011201.htm> [316], (参照2004-05-04).
また,それ以降の著作権分科会における審議の状況についても著作権分科会のホームページで見ることができる。
文部科学省. 審議会情報(文化審議会). (オンライン), 入手先 < http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/index.htm> [317], (参照2004-05-04).
特に,「審議経過の概要」における当事者間の協議の場を設ける必要があるとの指摘を受けて,「図書館等における著作物等の利用に関する検討」の会が設けられ,その検討の結果が,2002年9月27日の著作権分科会法制問題小委員会に提出されており,その概要を議事録から知ることができる。
これらの審議経過やそのポイントについては,以下の文献で確認できる。
日本図書館協会. 著作権の権利制限の見直しをめぐる状況について. 図書館年鑑 2003年版. 2003, 402-403.
奥村和廣. 公共図書館の現場と著作権法の今日的課題. 図書館雑誌. 96(5), 2002, 308-309.
糸賀雅児. 著作権をめぐる図書館ワーキング・グループ審議の問題点. 図書館雑誌. 96(6), 2002, 396-399.
酒川玲子. 著作権の権利制限の見直しをめぐる状況―「図書館等における著作物等の利用に関する検討結果」の報告―. 図書館雑誌. 97(1), 2003, 48-56.
前園主計. 著作権に係る専門図書館の現状と問題点. 専門図書館. (188), 2001, 15-18.
前園主計. 著作権問題の進展と専門図書館―専門図書館の立場で著作権者側と話し合いを続けてきた経過の報告―. 専門図書館. (197), 2002, 21-31.
著作権委員会. 「図書館等における著作物等の利用に関する当事者協議」の動向(報告). 専門図書館. (202), 2003, 48-50.
(2) 文化審議会著作権分科会. 文化審議会著作権分科会審議経過報告. 第1章 法制問題小委員会における審議の経過. 平成15年1月. (オンライン), 入手先 < http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/toushin/030102b.htm> [318], (参照2004-05-04).
また,平成15年度の検討結果が次に報告されている。
文化審議会著作権分科会. 文化審議会著作権分科会報告書. 第1章 法制問題小委員会. 平成16年1月. (オンライン), 入手先 < http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/toushin/04011402.htm> [319], (参照2004-05-30).
(3) 2004年4月,文化庁は2008年を目処に公貸権を導入したい考えを示した。なお補足であるが,2004年1月の著作権分科会報告書には,書籍等の貸与についての経過措置を定めた著作権法附則第4条2項の廃止が盛り込まれている。さらに知的財産戦略本部による「知的財産の創造,保護及び活用に関する推進計画」の中にも同様の記述が見られる。直接,図書館の貸出しに関係するものではないが,日本図書館協会はこれに対し,「 『公貸権』 制度と混乱した議論がみられる」こと,同項の廃止が図書館事業に及ぼす影響への懸念などの意見を提出した。
(4) これらの協議については,図書館関係以外のものも含まれるが,次の文献で概観できる。
岡本薫. 知的財産戦略に基づく最近の動きについて. コピライト. (509), 2003, 2-25.
(5) 2001年以降の主な特集テーマと掲載誌には次のものがある。
著作権・公貸権・図書館. 現代の図書館. 40(4), 2002, 207-253.
図書館サービスと著作権. 図書館界. 54(2), 2002, 51-83, 129. (これは,日本図書館研究会の第43回研究大会におけるシンポジウムの内容を特集として組んだものである。)
図書館・情報センターと法制度. 情報の科学と技術. 51(11), 2001, 555-590.
情報・メディアの活用と著作権. 学校図書館. (617), 2002, 15-31.
電子出版に関わる著作権. 専門図書館. (187), 2001, 1-15.
文献複写の著作権をめぐる問題. 薬学図書館. 47(2). 2002, 111-149.
著作権. 医学図書館. 50(4), 2003, 324-340.
著作権. 大学の図書館. 22(11), 2003, 186-194.
(6) 特集 : 図書館と著作権法の今日的状況と課題. 図書館雑誌. 96(5), 2002, 298-316.
特集 : 図書館と著作権法のこれからを考える. 図書館雑誌. 96(6), 2002, 395-409.
(7) この年のシンポジウムのテーマは「進化する図書館−著作権を中心とする課題と将来像を考える−」,第10分科会(著作権)のテーマは「著作権をめぐる現状と課題」であった。さらに翌年の静岡大会の第8分科会(著作権)のテーマは「著作権をめぐる最近の動向−公貸権問題を中心に−」であった。
平成14年度第88回(群馬大会)全国図書館大会記録.
平成15年度第89回(静岡大会)全国図書館大会記録.
(8) 山本順一. 図書館と著作権. 図書館界. 53(3). 2001, 355-363.
(9) 図書館サービスに直接関わるものを扱い,たとえば学校において授業中に使用する教材の著作権について扱ったようなものは除いた。図書館と著作権とのかかわりは非常に広範囲にわたっているが,現在主に話題になっている問題を中心にレビューし,それ以外のものについては,注のなかで選択的に触れるにとどめている。たとえば音楽図書館と著作権については 『MLAJ Newsletter』 に数点の文献が見られるが,ここでは取り上げなかった。また,『出版ニュース』 でも継続的に著作権問題が扱われているが,これも範疇外とした。なお文中,個人の敬称は略させていただいた。
(10) 国公私立大学図書館協力委員会. 大学図書館における著作権法と図書館の今日的課題. 図書館雑誌. 96(5), 2002, 302-304.
(11) 国公私立大学図書館協力委員会. 大学図書館における文献複写に関する実務要項. 平成15年1月30日. 3p. (オンライン), 入手先 < http://wwwsoc.nii.ac.jp/anul/index.html> [320], (参照2004-05-04).
(12) 国公私立大学図書館協力委員会大学図書館著作権検討委員会. 大学図書館における著作権問題Q&A(第3版). 平成16年3月29日. 81p. (オンライン), 入手先 < http://wwwsoc.nii.ac.jp/anul/index.html> [320], (参照2004-05-04).
1年前の第2版(平成15年3月19日)発行時点でまだ日本複写権センターとの合意が得られていなかった「実務要綱A案」が正式に認められたことにより,それにあわせて改訂されたもの。
(13) 黒澤節男. 図書館サービスと著作権の今日的課題. 現代の図書館. 40(4), 2002, 207-214.
(14) 「図書館における複製がなぜ優遇されるのか」との権利者側の不公平感や図書館の社会的役割に対する認識が得られていないことがこの問題を引き起こしているとし,複写条件の図書館による格差やカウンターでのトラブルに触れている。
JLA著作権問題委員会. 図書館における著作権問題の今日的状況と課題. 図書館雑誌. 96(5), 2002, 298-301.
また,公共図書館からの問題提起ではあるが,次の文献では著作権法第31条の運用の実効性に対する疑問が提示されている。
愛知県公立図書館長協議会の著作権問題についての意見―文化審議会著作権分科会の「審議経過の概要」をめぐって―. 2002年10月. 図書館年鑑. 2003年版. 2003, 403-404.
(15) たとえば次の文献にそうした指摘が見られる。
長塚真琴. 複写権の法定集中管理と図書館における複写―フランスの法と運用. 現代の図書館. 40(4), 2002, 239-247.
細井五. 21世紀の図書館活動と著作権問題―著作権料請求権の実態化事業はJLAの仕事である―. 図書館雑誌. 96(6). 2002, 407-409.
(16) 松本功. 横浜市図書館は,パラサイトイブ?あるいは寄生獣? 横浜市図書館のセルフコピーと著作権法の問題について. みんなの図書館. (289), 2001, 65-73.
(17) 前田章夫. 著作権法をめぐる最近の動向. みんなの図書館. (308). 2002, 20-26.
(18) たとえば前掲(13)
(19) 国公私立大学図書館協力委員会著作権問題拡大ワーキンググループ. 「大学図書館著作権問題ワークショップ」報告. 大学図書館研究. (64), 2002, 64-71.
(20) 阿部哲. 図書館内での資料のPC取り込みについて. 大学の図書館. 22(11), 2003, 192-194.
(21) 森田盛行. 学校図書館と著作権. 学校図書館. (617), 2002, 15-17.
(22) 学校図書館と著作権を扱った文献にはほかに次のものがある。
村山功. 学校図書館と著作権. 現代の図書館. 40(4), 2002, 248-253.
森洋三. 学校図書館メディアリテラシー. 学校図書館. (617), 2002, 18-20.
山本順一. インターネット利用と著作権. 学校図書館. (617), 2002, 23-25. 
文献複写とは少し離れるが,遠隔教育における資料利用に対応した法改正も同時期に行われた。山本は遠隔教育プログラムの導入と著作権法の関係をアメリカの事例から考察している。
山本順一. アメリカにおけるデジタル遠隔教育と著作権―技術・教育・著作権協調法(TEACH Act)の検討―. 学校図書館学研究. (5), 2003, 19-29.
(23) 前掲(2)平成13年12月の「文化審議会著作権分科会審議経過の概要」にも,複写物に限ること,ファックスによるイメージの送信に限ること,著作権法第31条1号の範囲内であること,非商業目的の調査研究に限ること,の4条件を満たすならば,図書館側の要求を容認するとの意見があったことが記録されている。
(24) 経緯については次の文献から窺い知ることができる。
南亮一. 著作権をめぐる最近の動向. 薬学図書館. 49(1), 2004, 1-8.
またファクシミリによる送信が必要とされる理由として,病院図書館における緊急性をあげるものも見られる。
田引淳子. 病院図書館と著作権. 図書館雑誌. 96(6), 2002, 403.
(25) 前掲(4) 岡本はまた同文献において「(他の事項との関係での「取引」などもあってか)」関係者間の協議は「審議会の宿題とは違うテーマに移って行ってしまったよう」だとの指摘を加えている。
関連する議論に,前田,土屋,糸賀らが日本図書館研究会第43回研究大会シンポジウムにおいて複写と公貸権に関して交わしたものがある。
討議:図書館サービスと著作権. 図書館界. 54(2), 2002, 70-83, 129.
(26) 前掲(2)
(27) 映画の著作物に公貸権がすでに導入されているという論に対しては,森が,そうした主張の問題点を指摘している。
森智彦. 公貸権についての考察―日本でもすでに導入されているという主張の検討. 2004年度日本図書館情報学会春季研究集会発表要綱. 青山学院大学. 2004年5月22日. 23-26.
(28) 三田誠広. 図書館が侵す作家の権利―複本問題と公共貸与権を考える. 論座. (91), 2002, 184-191.
三田誠広. 図書館への私の提言. 東京, 勁草書房, 2003, 219p.(ここでの提言の内容は一貫して著作権問題である。)
(29) 前川芳久. 図書館のこれまでの著作権論議と補償金に関わる二つの論点について. 図書館雑誌. 96(6). 2002, 404-406.
(30) 猪瀬直樹ほか. 図書館問題をめぐる作家と図書館の大激論. 創. 32(10), 2002, 98-118.
著作権をめぐる最近の動向―公貸権問題を中心に. 平成15年度第89回(静岡大会)全国図書館大会記録. 静岡, 全国図書館大会実行委員会事務局, 2004. 130-141.
(31) 日本図書館協会, 日本書籍出版協会. 公立図書館貸出実態調査2003報告書. 東京, 日本図書館協会, 日本書籍出版協会, 2004, 68p. (オンライン), 入手先 < http://www.jla.or.jp/kasidasi.pdf> [321] (参照2004-05-04).
(32) 南亮一. “付録A「公貸権」に関する考察”. 図書館サービスと著作権 改訂版(図書館員選書10). 東京, 日本図書館協会, 2003, [199]-232.
(33) 前田章夫. 公共貸出権(Public Lending Right)について. 図書館界. 54(2), 2002, 58-65.
(34) 南亮一. 「公貸権」に関する考察―各国における制度の比較を中心に. 現代の図書館. 40(4), 2002, 215-231.
(35) 寺倉憲一. ドイツの図書館における著作権問題―公共貸出権を中心に. 現代の図書館. 40(4), 2002, 232-238.
またフランスにおける最近の貸出有料化導入経緯が宮本によって紹介されている。
宮本孝正. 図書館での貸出有料化の問題―フランスの場合―[CA1492 [322]]. カレントアウェアネス. (276), 2003, 3-5.
(36) 根本彰. 続・情報基盤としての図書館. 東京, 勁草書房, 2004. 199p. 第1章 ベストセラー提供と公貸権について考える. 1-56.
この書籍に掲載されている引用文献リストには,公貸権に関わる国内文献が広範囲にカバーされており,公貸権について研究する際の大きな助けになる。
(37) 前掲(33),(36) および山田奬. 著作権シンドローム. 情報管理. 46(2), 2003, 120-122.
なお2004年3月,日本図書館協会が公表した「図書館における貸与問題についての見解」においても,「文化を担う」という観点から日本の図書館の役割に対する理解を求める見解が示された。
日本図書館協会. 図書館における貸与問題についての見解. 2004年3月5日. (オンライン), 入手先 < http://www.jla.or.jp/kenkai/taiyo.pdf> [323] (参照2004-05-25).
(38) 北克一. 図書館活動, 電子資料と著作権. 図書館界. 54(2), 2002, 66-70.
その後の状況をフォローしたものが次の文献にまとめられている。
北克一, 村木美紀. 図書館活動と著作権法. 大阪市立大学学術情報総合センター紀要. (4), 2002, 25-36.
(39) 国公私立大学図書館協力委員会平成14年度シンポジウム企画委員会. 第2回シンポジウム「学術コンテンツ流通と著作権」報告. 大学図書館研究. (67), 2003, 76-88. 土屋は,同シンポジウムの基調講演「学術コミュニケーションの将来と『著作権』」で,この問題に言及している。
(40) 船渡川清. 国立情報学研究所(学術情報センター)電子図書館サービスにおける著作権処理モデル. 大学図書館研究. (60), 2001, 58-62.
(41) 奥田正義ほか. 奈良先端科学技術大学院大学電子図書館の現状と課題. 大学図書館研究. (65), 2002, 23-34.
(42) 関西館事業部電子図書館課. 明治期刊行図書等の著作権調査―資料電子化の舞台裏―. 国立国会図書館月報. (511), 2003, 1-9.
(43) 中田彰生. 図書館における新聞記事電子化の著作権問題. 情報の科学と技術. 53(11), 2003, 557-561.
(44) 安藤一博. 中国の図書館と電子図書館プロジェクト―中国電子図書館プロジェクトを中心に―. 情報の科学と技術. 53(12), 2003, 581-586.
安藤一博. 中国の電子図書館「超星数字図書館」[CA1472 [324]]. カレントアウェアネス. (273), 2002, 10-11.
(45) 山本順一. 市民の視点からみた‘インターネットと著作権’. 図書館雑誌. 96(5), 2002, 314-316.
(46) 山本順一. デジタルミレニアム著作権法施行から2年(米国)[CA1478 [32]]. カレントアウェアネス. (274), 2002, 5-7.
(47) 長塚隆. データベースの法的保護―ヨーロッパにおけるデータベースの新たな権利sui generisをめぐる最近の動き―. 情報管理. 44(5), 2001, 332-341.
長塚隆. 連載講座:企業活動と知的財産制度第10回:データベースの保護制度の現状と課題. 情報管理. 46(12), 2004, 816-827.
データベースの独自の権利(sui generis right)の導入に関しては,平成13年10月17日に日本学術会議が導入反対の声明を出している。この声明の検討状況,学術関係者からの反応については,雑誌『学術の動向』に詳しい。
日本学術会議第136回総会について. 学術の動向. 6(12), 2001, 10-11.
声明: データベースに関して提案されている独自の権利(sui generis right)についての見解. 学術の動向. 6(12), 2001, 12-22.(説明と参考資料を含む。)
なお,声明は日本学術会議のサイトでも入手できる。< http://www.scj.go.jp/info/kohyo/pdf/kohyo-18-k136.pdf> [325]
江沢洋. 第136回総会声明「データベースに関して提案されている独自の権利(sui generis right)についての見解」をめぐって. 学術の動向. 7(3), 2002, 65.
国沢隆ほか. 解説: 声明: 「データベースに関して提案されている独自の権利(sui generis right)についての見解」. 学術の動向. 7(3), 2002, 66-69.
木棚照一. データベースの法的保護に関する若干の問題. 学術の動向. 7(3), 2002, 70-74.
矢原一郎. データベース「独自の権利(sui generis right)」について、 もう一つの考え方. 学術の動向. 7(3), 2002, 75-77.
中村紀夫. 「データベースに関して提案されている独自の権利(sui generis right)についての見解」の紹介・内容検討と私見. 学術の動向. 7(3), 2002, 78-80.
(48) ここでは権利処理システムの構築について技術面から取り扱ったものは除く。
(49) 松下茂. 著作権を巡る動きについて:特に複写権を中心に. 医学図書館. 50(2), 2003, 165-170.
(50) 三浦勲. 外国文献複写と著作権. 情報の科学と技術. 51(11), 2001, 579-584.
(51) 例えば次の文献がある。
三浦は利用者の立場から,3機関の鼎立状態が利用者にとっての最大の不便・不都合を生じさせていることを指摘し,この問題にINFOSTAの果たす役割を評価している。
三浦勲. 文献複写の著作権問題をとりまく現状と問題点. 薬学図書館. 47(2), 2002, 114-120.
末廣はそれぞれ図書館の立場から,3機関の混乱の原因を探り,集中処理機構がきちんとした権利処理をする責務を果たすべきことを厳しく指摘している。
末廣恒夫. 文献複写の現状と問題点. 薬学図書館. 47(2), 2002, 145-147.
末廣恒夫. 企業内専門図書館が直面する文献複写問題. 図書館雑誌. 96(5), 2002, 305-307.
中西は権利処理機関の立場から,より合理的なシステムの構築を追求する一方,著作権法第31条の対象から営利目的の調査研究を除外することを提起している。
中西敦男. 学著協をめぐる新しい動き. 薬学図書館. 47(2), 2002, 132-137.
中西敦男. 著作権法第31条問題と複写権集中処理の現状―著作権者の立場から―. 図書館雑誌. 96(5), 2002, 310-313.
金原は同じく権利処理機関の立場からの問題提起をしているが,著作権法の規定範囲を厳しく限定する。
金原優. 学術専門出版物複写利用の適正化に向けて. 薬学図書館. 47(2), 2002, 138-144.
(52) 松下茂. 切望される利用者の声を反映した著作権処理システムの確立. 薬学図書館. 48(1), 2003, 3-6.
松下茂. 著作権の現状と将来―病院図書館との関わり. 病院図書館. 22(3), 2002, 128-136.
加藤均. 複写サービスを提供する側からみた著作権. 医学図書館. 50(4), 2003, 337-340.
(53) 前掲(39)
(54) 情報科学技術協会. (オンライン), 入手先 < http://www.infosta.or.jp> [326] (参照2004-05-04).
たとえばINFOSTA複写権問題対策委員会の作成した「学術情報の円滑な流通を阻害しない著作権処理システムの現実に向けたアピール」などをみることができる。
(55) 長塚真琴. 複写権の法定集中管理と図書館における複写―フランスの法と運用. 現代の図書館. 40(4), 2002, 239-247.
(56) 山岡規雄. ドイツのドキュメントサプライサービスsubitoの現在[CA1484 [114]]. カレントアウェアネス. (275), 2003, 3-4.
(57) 山下邦夫. 世界の複写権処理機構. 専門図書館. (189), 2001, 62-70.
(58) 前掲(4)
(59) 松岡要. 障害者用音訳資料作成の一括許諾について―日本文藝家協会との協定について―. 図書館雑誌. 98(5), 2004, 294-297.
(60) 梅田ひろみ. 障害者の著作物利用にかかわる著作権法制限規定のあり方への提起―障害者の情報アクセス権と著作権の調和を求めて―. 図書館雑誌. 96(6), 2002, 400-402. 
梅田は他稿でこの問題を著作権法だけでなく,他の関連法とともに取り上げている。
梅田ひろみ. 障害者サービスの法的根拠. 情報の科学と技術. 51(11), 2001, 585-590.
(61) 佐藤聖一. 大学図書館における障害者サービスと著作権について. 大学の図書館. 22(11), 2003, 190-192.
(62) 佐藤聖一. 「障害者の情報アクセス権と著作権問題の解決を求める声明」発表について―JLAがNGOとして国連ハイレベル政府間会合等に出席―. 図書館雑誌. 97(1), 2003, 58-59.
全国視覚障害者情報提供施設協会ほか. 障害者の情報アクセス権と著作権問題の解決を求める声明. 2002年10月. 図書館雑誌. 97(1), 2003, 60.
(63) 岡本薫. 著作権の考え方. 東京, 岩波書店, 2003, 226p.
(64) 山本順一. 図書館と電子メディアの著作権問題について. 北海道地区大学図書館職員研究集会記録. (44), 2001, 4-11.
また次の文献も公共性を根拠とした法改正を求めている。
阿部峰雄. 図書館の公共性と著作権. 図書館雑誌. 96(2), 2002, 134-136.
(65) 名和小太郎. 著作権法. (シリーズ図書館情報学のフロンティア.no.2. 図書館を支える法制度. 東京, 勉誠出版, 2002, 151p. 所収), 61-79.
名和小太郎. 学術情報と知的所有権―オーサシップの市場化と電子化. 東京, 東京大学出版会, 2002, 346p.
(66) 名和小太郎. ディジタル著作権 二重標準の時代へ. 東京, みすず書房, 2004, 276p.
(67) 糸賀雅児. 著作権をめぐる図書館ワーキング・グループ審議の問題点. 図書館雑誌. 96(6), 2002, 396-399.

 


村上泰子. 図書館と著作権問題. カレントアウェアネス. 2004, (280), p.16-22.
http://current.ndl.go.jp/ca1528 [327]

  • 参照(26440)
カレントアウェアネス [13]
研究文献レビュー [130]
著作権 [40]

No.279 (CA1515-CA1520) 2004.03.20

  • 参照(19045)

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CA1515 - 電子ジャーナル利用の傾向と対策 / 阿蘓品治夫

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カレントアウェアネス
No.279 2004.03.20

 

CA1515

 

電子ジャーナル利用の傾向と対策

 

はじめに

 どのユーザーがどんな電子ジャーナル(Electronic Journal: EJ)を読んでいるのか,あるいは読みたがっているのか。1990年代のEJ普及初期段階から,EJの提供者側(図書館)ではマーケティング的な観点からこの種の関心は当然高く,国内外の大学等で数々の調査が行われてきた。

 しかしながら,これらの多くは,自機関ではどのEJがよく使われているか,購読を希望しているEJは何か,といったジャーナルのタイトル単位での利用度や購読希望のランキング,または,専攻や世代によるEJ vs 紙の嗜好の違い,などに焦点が置かれているように感じられる。

 誤解を恐れずにいえば,これらは「購読希望誌調査」や「来館者アンケート」の延長線上にあって,利用回数や価格といったEJの外面的価値が分析・評価の主対象となる。これは,確かにその場の利用状況の把握や短期的な状況改善には大いに役立つかもしれない。しかし,その調査結果からは,図書館として本来必要な対EJの基本方針や中長期的戦略に有益なビジョンは見出しにくいと思われる。

 米国スタンフォード大学図書館とハイワイヤー・プレスは,より包括的なアプローチによるEJ利用調査プロジェクト(e-Journal User Study: eJUSt)を実施したが,このプロジェクトの調査結果は,一大学のEJ利用調査の枠を超え,そのようなビジョンを得る上でのヒントや刺激的な提言に満ちた先例として注目に値する。本稿では,従来のEJ利用調査ではあまり掘り下げられなかった,EJの「使われ方」,図書館のとるべき今後の対策,の2点について,eJUStの知見を紹介してみたい。

 

1.eJUStの概要

 eJUStは,メロン財団の助成を受け,2000年から2002年にかけてスタンフォード大学図書館と同館の出版部門であるハイワイヤー・プレスが実施したEJ利用調査プロジェクトである。

 この調査は第一義的にはハイワイヤー・プレスの学術出版業としての今後の戦略を得るのが目的のようであるが,ウェブサイトや報告書においては,むしろ,EJに関わる業界やユーザーに向けたメッセージとしての側面が強く打ち出されている。

 手法としては,研究者や編集者の個別面談調査,学会員を対象とした3度のウェブアンケート調査,EJ提供サーバのアクセスログの分析(データマイニング)という,定性・定量調査を組み合わせたアプローチを採用しており,多面的にEJ利用の実態にせまっている。

 なお,調査対象は,EJの利用が既に確立した学問分野である生命科学分野が中心となっており,面談調査やアンケートの対象は生命科学分野の研究者や学会員であり,データマイニングの対象もハイワイヤーで提供する生命科学分野のEJ14誌に限定されている。

 

2.EJの「使われ方」

 ひょっとしたら,図書館関係者は,検索に引き続きディスプレイ上でその論文を読むことがEJの主な利用方法だと思いこんでいるかもしれない。より多くのタイトルをより安価に購読し,よりアクセスしやすくユーザーに提供することにひたすらまい進してきた立場としては,「アクセスされた後」のEJがどう利用されるのか,あるいは,「アクセスさせる以前」のEJがどうやって形作られるのか,といった「メディア特性」や「学術コミュニケーション」からEJを把握する視点が少々欠けていたと反省される。

 eJUStでは「研究活動」におけるEJというメディアの振る舞いを解き明かしている。その結論によれば,EJの「使われ方」の真骨頂は,ウェブの世界に無数に存在する研究コミュニティ同士をハイパーリンクでつなぐ点,つまりウェブ上に展開する学術コミュニティのノードとして機能する点にある,という。

 例えば,引用文献,執筆者のウェブサイト,執筆者のメールアドレス,などの形で仕込まれたハイパーリンクを用いて,研究者はより多くの知識や人に接し,互いに情報を交換する。そのような相互作用を通じて異なるコミュニティとの交流が図られてゆく。また,交わされるコンテンツも「論文」や「雑誌」と限らず,「論文」より小さい,例えば抄録等の単位での流通が容易である。これはかつての紙を媒介とした学術コミュニティとはかなり様相を異にする。

 他方,ハイワイヤー・プレスのサーバに蓄積された膨大なログを分析(データマイニング)した結果,次のような傾向も明らかになった。

  • EJ利用の最終目的はまだまだ紙出力である
  • 論文の先にある情報源の利用も大きな目的のひとつである

 EJ利用の最終目的は,現段階では論文の紙出力であることが多い。ユーザーは,必ずしも印字に適さないHTML版よりPDF版の方を好む傾向があるようだ。書き込める,持ち歩ける,綴じられる,といった簡便さにおいて,紙の圧倒的な優位性は揺るがない。紙へのニーズを満たすため,冊子に代わりEJを利用しているまでのことである。

 2つ目の事実からは,「読みたい論文が即座に入手できること」と同様に,その論文から有益な情報源にリンクがあることも,大きなEJ利用の動機であることが分かる。たとえば栄養学の雑誌から栄養素のオンラインDBへのリンクが非常によく利用されていることが指摘されている。

 このデータマイニングは,2002年2月における生命科学分野の14誌のアクセスログに調査対象を限定しているが,このことを差し引いても,「そんなこと当たり前だ」と思い込んできた事々が数値で実証された意義は決して小さくないといえよう。

 

3.図書館のとるべき「対策」とは−強い図書館になる−

 日本を含め多くの図書館が現在そうであるように,図書館はベンダーからユーザーにEJが提供される際の「通過点」にとどまっていては,寡占化した出版社やベンダーの思う壺であり,なにより図書館の顔が見えない,配分される予算も決して積極的に増えない,つまりこのままではジリ貧である。

 では,EJの蔓延が続く学術コミュニケーションにおいて,図書館はどのようにして存在意義を示すことができるのか?

 この昨今の図書館の持つ切実な関心に対して,eJUStの最終報告書は,一貫して,コンテンツや検索手段で独自色(local value)を打ち出し,ブランド力を持ち,既存のベンダーと差異化を図ること,そして,そのブランドの中身をユーザーにきちんと説明し(articulate),ユーザーから評価(evaluate)を受け,さらなる向上のためにフィードバックすることが求められる,と繰り返し訴えるが,ひとまずは,図書館は体力をつけ,もっと強くなる必要があると説いている。そのための方策は次の4点に集約される。

  • 限られたEJ予算を1社に独占させないこと
  • 提供するEJの中身を評価できる主題専門家を抱え込むこと
  • 大学の蓄えた知的財産は価値の源泉であることに気づくこと
  • 著作権関連と許諾契約は図書館の専門知識を生かせる場であると気づくこと

 1つ目の提言は,いわゆるビッグ・ディール(Big Deal)への依存体質を改めろというものであまり新鮮味はないが,2つ目は,ユーザーのニーズをつかみ,提供するEJの中身(contents)や提供方法(横断検索サイト等)を的確に評価するため,人件費を使ってでも図書館の「シンパ」を抱え込むべきだという提言であり,興味深い。

 3つ目の提言は,SPARCの文脈でもおなじみの「機関リポジトリ」が示唆されている。図書館が大学の情報発信の主役となり,大学の価値を高めると同時に図書館自身の強化にもつながるとされている。事実,欧米では多くの大学が図書館が主体となって「機関リポジトリ」事業に取り組み始めている。

 最後の提言は,上記3点に比べて少し異質であるが,EJの提供やデジタル化などを経験した図書館は,学内の他部署と比べても知的財産に関する知識と経験が豊富であり,このことは実は財産なのだと強調されている。わが国の大学でも同じことがいえよう。

 ちなみに,eJUStの最終報告書のハイライトは,「ガーデニング」になぞらえた図書館と出版業界への提言である。その「さわり」を紹介すると,次の如くである。

 耕す(Plaw):既成概念の問い直し。
 種まき(Sow):新たな環境構築に向けて先行投資。
 育成(Grow):独自色を持ち,ブランドを確立。
 収穫(Harvest):図書館が知的コンテンツの分野で優位に立ち,そこに出版業界のビジネスチャンスも生まれる。

 

おわりに

 eJUStの調査業務は,シリコンバレーのシンクタンクである未来研究所(Institute for the Future)が請け負っているせいか,その最終報告書にも,一貫して前向きな,成功へ向けての刺激に満ちた文言がちりばめられている。それらの全てが必ずしも実現可能性を帯びたものではないかもしれないが,ともすれば地味で沈みがちな図書館,学術コミュニケーションに関わる業界関係者にとって,元気が出るヒント集,として大いに注目すべきではないだろうか。

 

千葉大学附属図書館:阿蘓品 治夫(あそしなはるお)

 

Ref.

Stanford University Libraries & Hiwire Press. e-Journal User Study(eJUSt).(online),available from < http://ejust.stanford.edu/ [330] >,(accessed 2003-12-10).

Institute for the Future. "Final Synthesis Report of the e-Journal User Study December 2002".(online),available from < http://ejust.stanford.edu/SR-786.ejustfinal.html [331] >,(accessed 2003-12-10).

[Institute for the Future]. "E-Journal User Study Report of Web Log Data Mining December 2002".(online),available from < http://ejust.stanford.edu/logdata.html [332] >,(accessed 2003-12-10).

 


阿蘓品治夫. 電子ジャーナル利用の傾向と対策. カレントアウェアネス. 2004, (279), p.2-3.
http://current.ndl.go.jp/ca1515 [333]

  • 参照(12523)
カレントアウェアネス [13]
電子ジャーナル [149]
研究図書館 [151]

CA1516 - インドにおけるナショナルサイトライセンスの実践−国家的プロジェクトINDESTコンソーシアム− / 松井祐次郎

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カレントアウェアネス
No.279 2004.03.20

 

CA1516

 

インドにおけるナショナルサイトライセンスの実践
−国家的プロジェクトINDESTコンソーシアム−

 

 財政事情の厳しい大学・研究図書館が,高額な電子ジャーナルやデータベースなどの電子情報を利用契約するためには,限られた財源を最大限に活用する必要がある。その有効な手段として,欧米諸国を中心に1990年代後半からコンソーシアム契約を取り入れる動きが目立ってきたが,最近では,スケールメリットから全国規模のコンソーシアムを結成し,ナショナルサイトライセンスを採用する国が増えてきた(CA1353 [335],CA1358 [336],CA1438 [143]参照)。アジアでは,韓国などでも同様の動きがある。

 インドにおいても,1990年代後半から電子情報のためのコンソーシアムを結成する動きがいくつか見られた。しかし,冊子体で既に購読している雑誌への電子的アクセスのために,多額の追加資金を用意しなければならなかったことやコンソーシアムが参加館から費用を集金し,出版者へ送金するためには,コンソーシアムが法人格を備え,集めた資金を管理しなければならなかったことにより,そのハードルは高く,図書館員の理解不足も手伝って,どの取り組みも完全には成功しなかった。

 それらの反省を踏まえ,2003年に工業・科学技術関係の大学図書館などの機関による全国規模のコンソーシアムとしてINDEST(Indian National Digital Library in Engineering Sciences and Technology)が設立された。INDESTはインド政府の3つの省庁に提出された5つのプロジェクト提案に基づき,これらのプロジェクトを統合する形で設立された。複数の省庁にまたがる一大国家プロジェクトとなりつつある。主要38大学のほか,現在までに77大学・機関が加入している。参加機関は3種類に分類される。

 1番目は,コンソーシアムの中核メンバーである38大学である。これらは,全国に7校あるインド工科大学(IIT)や2校のインド情報技術大学(IIIT)を始めとする,インドを代表する国立大学である。これらの大学に対しては,大学によって異なるが,Science DirectやSpringer's Link,ProQuest,INSPEC,Web of Scienceなどの主要な電子ジャーナル・データベースへのアクセス費用を人的資源開発省(MHRD)が負担している。

 2番目は,全インド工業教育諮問委員会(AICTE)が選定した60の大学院レベルの教育を行う工業・科学技術関係の政府系大学である。これらの大学はAICTEから財政支援を受けて,INDESTに加入した。

 3番目は,財政支援を受けず,独力でINDESTに加入した17の大学である。AICTEまたは大学認可委員会(UGC)の認証を受け,1,000ルピー(約2,500円)の入会金を支払うことによって,国立,私立を問わず,工業・科学技術・教育関係のあらゆる大学が加入することができる。

 INDESTが主催するセミナーやワークショップには,電子情報の出版者も多数参加していて,その場で契約条件の細部に至るまで交渉することができる。その上で,INDESTは,よりよい契約条件を求めて常に努力を続けている。その結果,参加機関は,平均80%以上という高い割引率が適用された特別料金で,主要な電子情報にアクセスすることができる。出版者との交渉は価格のみではなく,アーカイブの利用やデータの更新頻度などについても,コンソーシアムはよりよい条件を引き出している。また,単に契約の条件交渉を行うだけではなく,参加機関に対する技術的支援や契約した電子情報の最適な利用法を指導する機関内研修の手配も行っている。

 INDESTの運営は,IITデリー校に設立された本部によって運営されており,運営資金はMHRDが負担している。本部は,コンソーシアムの運営委員会(National Steering Committee)の決定に従って,運営されている。運営委員会は,インド政府の全面的な指導の下にコンソーシアムの政策問題に関する決定や参加機関相互間の調整の役割を果たしている。運営委員会の他に,MHRDが設立した審査委員会(National Review Committee)は,AICTEやUGCとともにコンソーシアムの政策全般およびその監視,調整に責任を負っている。

 日本でも,国立情報学研究所によって,1999年から2003年まで5年間,ナショナルサイトライセンスの実験が行われたが,2004年以降の本格的な実施は見送られている。その最も大きな理由は,国立情報学研究所が全額を負担する方式で検討されていたため,財政的な裏付けがとれないことにあるようだ。前述したように,インドでは,政府の全面的な支援を受けて,INDESTが実現した。もし,今後,日本でもインドを参考にして,ナショナルサイトライセンスの利点を享受しようとするのであれば,関係機関が協力して,予算確保と参加機関の費用負担の仕組み作りに取り組む必要があるだろう。

収集部外国資料課:松井 祐次郎(まついゆうじろう)

 

Ref.

Arora,J. Indian National Digital Library in Engineering Science and Technology(INDEST): A Proposal for Strategic Cooperation for Consortia-based Access to Electronic Resources. International Information and Library Review. 35(1),2003,1-17.

INDEST:Indian National Digital Library in Engineering Sciences and Technology.(online),available from < http://paniit.iitd.ac.in/indest/ [337] >,(accessed 2004-01-08).

崔虎南.(高木和子訳) 韓国における電子サイトライセンスイニシアチブ(KESLI).情報管理.44(11),2002,779-789.

船渡川清.ナショナル・サイト・ライセンスによる電子ジャーナル・サービス導入の試み.大学図書館研究.(59),2000,16-25.

国立情報学研究所.(online),available from < http://www.nii.ac.jp/index-j.html [338] >,(accessed 2004-01-08).

 


松井祐次郎. インドにおけるナショナルサイトライセンスの実践. カレントアウェアネス. 2004, (279), p.4-5.
http://current.ndl.go.jp/ca1516 [339]

  • 参照(13275)
カレントアウェアネス [13]
ライセンス契約 [262]
コンソーシアム [150]
インド [340]

CA1517 - シンガポールのDIY図書館 / 井上健太

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カレントアウェアネス
No.279 2004.03.20

 

CA1517

 

シンガポールのDIY図書館

 

 国を挙げてIT化に取り組んでいるシンガポールは,1994年に図書館整備計画としてLibrary2000構想を立ち上げ,その実現のため,1995年に国立図書館委員会(National Library Board: NLB)を設置した(CA1136 [342]参照)。

 NLBにとっての第一目標は利用者満足である。NLBはここ数年,幾つものナレッジ・マネジメントのイニシアチブを始めることで利用者の様々なニーズの理解に努め,サービスレベルの向上を追求してきた。具体的には,利用者のフォーカスグループによるフィードバックシステムが作られ,サービスの提供における図書館改善が推し進められてきた。

 例えば,混雑時には返却手続きだけで45分,貸出手続きにはさらに45分を要するというような待ち時間の長さに対する不満の声を受けて,利用者が貸出時に列をなさずにすむ自動貸出システムが作られた。これは3M社のセルフサービス機器であり,利用者自身に資料の貸出手続きをさせるというものであった。また貸出情報問合せ(Borrower's Enquiry: BNQ)ターミナルが導入された。借りた本が思い出せず,図書館員に自分が借りている本を尋ねる利用者が多くいたことから設置されたものである。専用機器の指定位置に利用者登録証を当てると画面上に貸出情報,延滞記録などが表示される。この機器を通じて,データベースなどの有料サービスにかかった料金も,専用の「キャッシュ・カード」を使って支払うことができる。これも利用者の自助努力を促すもので,カウンターでの待ち行列を減少させた。資料の返却についても,無線タグ(Radio Frequency Identification: RFID;E140参照)を用いたシステムによって,資料をブックドロップに入れるだけで自動的に返却処理がなされ貸出が「返却済み」となるようになった(CA1499 [343]参照)。

 NLBのウェブサイトはワンストップサービスの拠点として位置付けられており,オンライン目録を提供するだけでなく,貸出の更新,予約といった多くのサービスを全てウェブ上で提供できるよう改善が図られてきた(CA1499 [343]参照)。

 こうした改善の結果,利用者の間に「自分でできることは自分で」という自助努力の気持ちが芽生えてきた。図書館側と利用者側の双方にセルフサービスに対する共通認識が生まれてきたことを見て,NLBのプロジェクトチームは,館内に図書館員を置かないで図書館を運営する計画をスタートさせた。この計画は開館時間の延長を求める利用者のニーズへの対応を目的とするものであった。図書館のセルフサービス化を更に進めて図書館の全サービスを利用者が「自ら行う」,すなわち「Do It Yourself(DIY)図書館」を開館させるというものであった。このDIY図書館のプロトタイプとして,センカン(SengKang)コミュニティ図書館が計画された。<

 2002年12月,ショッピング・モール内という利用者にとって極めて利便性のある場所に,10番目のコミュニティ図書館としてセンカンコミュニティ図書館は誕生した。現在毎日(国民の祝日などを除く)午前11時から午後9時まで開館している。

 この図書館で新たに始められたDIYサービスは利用者登録とレファレンスサービスである。

 NLBのそれまでの利用者登録は図書館の利用者サービスセンターや,ウェブ上のeLibraryHub(E041参照)で行われていた。センカンコミュニティ図書館の利用者登録は館内に設置されている専用のキオスク端末を使って行われる。このキオスク自体は開館以前に何度もテストが重ねられ,その結果がフィードバックされ改良されたものである。利用者は登録の際,身分証明としてNRIC(National Registration Identify Card:シンガポールの身分証明書)等の身分証明書をキオスク端末に挿入し,必要事項を入力すると図書館員の助けを借りずに利用者登録を行うことができる。登録が済めば,使用した身分証明書そのものをそのまま登録証として使用することもできる。

 レファレンスサービスについては,「サイブラリアン(Cybrarian)」というシステムが開発された。これはパソコンを利用した画面共有(co-browsing)装置を応用したもので,このサイブラリアンを使えば,利用者はどこからでもレファレンスの質問をすることができ,別の図書館(国立レファレンス図書館)にいる図書館員がそれに対応することができる。例えば,資料の所蔵や排架場所などについて他の図書館にいる職員がオンライン目録で検索し,さらに資料が排架されている場所をモニターで示すことも可能である。

 NLBは,1998年にビデオ会議装置を使って,すでにこのサービスを試みていた。この最初の試行では,図書館員と利用者はスクリーンでお互いの顔を見ることができたが,サービスを受けている時は互いの顔が見えない方が好ましいという利用者からのフィードバックがあったため,サイブラリアンでは,図書館員と利用者の顔を写せるようなカメラは設置せず,電話と画面共有装置だけとなった。センカンコミュニティ図書館では遠隔レファレンスサービスを利用者に提供するため,このような端末が館内に2つ設置された。

 センカンコミュニティ図書館は図書館員が館内にいないにも関わらず,開館日初日の利用状況は同規模の他の図書館とほとんど相違がなかった。開館初日の来館者数は12,300人以上,貸出点数は13,900点程に上り,新規で利用者登録を済ませたのは128人,サイブラリアンサービスは255件の利用があった。それから後約半年を経た翌5月31日までの来館者数は合計636,208人,貸出点数は868,589点であった。利用者からの評価もおおむね肯定的なものであった。

 また図書館員不在という条件をさらに補ったのは多くの図書館ボランティア達の協力であった。貸出システムなどに不慣れな利用者に対して,彼らボランティアがその利用を助けた。

 このセンカンコミュニティ図書館の成功は,他の図書館にも影響を及ぼしている。例えば,2003年1月にリニューアルされたアンモキオ(Ang Mo Kio)コミュニティ図書館でもサイブラリアンサービスと利用者登録等が導入された。センカンコミュニティ図書館の2倍の広さを持つクイーンズタウン(Queenstown)コミュニティ図書館も,センカンコミュニティ図書館と同様に2003年11月にDIY図書館としてリニューアルされた。各図書館からはサイブラリアンシステムを通じて,月に2,000件ほどのレファレンス質問が国立レファレンス図書館へ送られている。

 シンガポールでは,図書館のコア・コンピタンスはレファレンスであると位置付けられている(CA1499 [343]参照)。本稿で紹介したセルフサービス化の流れは,図書館員がこの方針に沿って情報マネージャーとしての役割をより重視できるよう,その日常業務を軽減させるという意味合いも含まれていると考えられる。今後の展開が注目される。

関西館資料部文献提供課:井上 健太(いのうえけんた)

 

Ref.

Teng,Sharon. et al.Knowledge management in public libraries. Aslib Proceedings. 54(3),2002,188-197.

Choh,Ngian Lek. A Totally Do-It-Yourself Library without a Library Customer Service Desk: The Singapore Experience.(online),available from < http://www.ifla.org/IV/ifla69/papers/050e-Ngian-Lek-Choh.pdf [344] >,(accessed 2003-01-21).

National Library Board Singapore Home Page.(online),available from < http://www.lib.gov.sg/ [345] >,(accessed 2003-01-21).

 


井上健太. シンガポールのDIY図書館 カレントアウェアネス. 2004, (279), p.5-6.
http://current.ndl.go.jp/ca1517 [346]

  • 参照(13977)
カレントアウェアネス [13]
レファレンスサービス [14]
シンガポール [347]

CA1518 - 動向レビュー:ライブラリアンとナレッジ・マネジメント / 梅本勝博

  • 参照(17835)

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カレントアウェアネス
No.279 2004.03.20

 

CA1518

動向レビュー

 

ライブラリアンとナレッジ・マネジメント

 

 1990年代後半から始まったナレッジ・マネジメントは,競争力の源泉としての知識の重要性に着目した最新の経営理論・実践であり,既存の知識を共有・活用する「知識管理」をベースに新しい知識を創り続けることを目指す「知識経営」を意味する。組織的な知識創造によって価値を生みだすナレッジ・マネジメントは,その名を冠した学会,学術雑誌,大学院プログラム・コース・科目が世界中で叢生していることでもわかるように,一過性の流行りのビジネス・コンセプトなどではなく,品質管理がそうであったように,社会の様々の分野に応用できる一種の社会技術であり,社会運動である。

 このナレッジ・マネジメント運動のきっかけを作ったのは,実は日本人である。一橋大学の野中郁次郎教授は,1985年に 『企業進化論 情報創造のマネジメント』(1)で当時の組織論の情報処理パラダイムを否定し,1990年にはさらに論を進めて 『知識創造の経営』(2)という本を上梓した。翌年には,経営の分野で最も権威あるハーバード・ビジネス・レビューに,英語論文The Knowledge-Creating Company(3)を発表して,当時の日本企業の強さの源泉が組織的知識創造であることを実証し,世界中の研究者のみならずビジネスの実務者にも大きな影響を与えた。さらに1995年には,同じタイトルの英文書The Knowledge-Creating Company(4)で,組織的知識創造理論を日本から世界に発信した。これが世界的ベストセラーになって,ナレッジ・マネジメントがグローバルな社会運動に発展していったのである。

 こうして始まったナレッジ・マネジメント運動の創発に,ライブラリアンが深く関わっていたことはあまり知られていない。私事にわたるが,筆者は一橋大学でライブラリアンとして働いていた1982年に野中教授と出会い,『企業進化論』 の出版には研究助手として関わった。その後,アメリカ留学から一時帰国していたときにThe Knowledge-Creating Companyの出版プロジェクトに参加し,1996年には同書を 『知識創造企業』(5)として翻訳する機会を与えられた。さらに1997年,野中教授が北陸先端科学技術大学院・知識科学研究科の初代科長に就任するのと同時に,筆者も助教授として同研究科に奉職することになり,現在は社会システム構築論講座教授として,企業のみならず,行政,NPO,医療,福祉,保健などの分野へのナレッジ・マネジメントの展開を進めるとともに,それらの啓発・普及に努めている。

 また,ナレッジ・マネジメントの分野でThe Knowledge-Creating Companyと並ぶ世界的ベストセラーWorking Knowledge(6)(拙訳 『ワーキング・ナレッジ 知を活かす経営』(7))の共著者の一人プルサック(Laurence Prusak)も,ライブラリアンである。彼は,ボストンにあるシモンズ・カレッジで情報学修士・司書資格を取った後,ハーバード・ビジネス・スクールのべーカー図書館に勤めたことがあり,現在はIBMのナレッジ・マネジメント研究所所長として,著作や講演を通じてナレッジ・マネジメントを普及させるために世界中を飛び回っている。このような彼の経歴を反映してか,Working Knowledgeでは数か所で,ナレッジ・ブローカー(知識仲介者)やナレッジ・マネジャーとしてのライブラリアンを高く評価している。

 ナレッジ・マネジメントに関する本を上梓している研究者の中には,ライブラリアンの資格を持っていないが,図書館情報学大学院に所属してナレッジ・マネジメントの教育に従事している人たちがいる。例えば,米国情報学協会(American Society for Information Science: ASIS)のモノグラフ・シリーズとして出版されたKnowledge Management for the Information Professional(8)の著者スリカンタイアー(Kanti Srikantaiah)は,シカゴのドミニカン大学図書館情報学大学院の教授であり,同大学院附属のナレッジ・マネジメント・センターの所長でもある。同書の共著者ケーニグ(Michael E. D. Koenig)は,同大学院の院長を務めた後,現在はロング・アイランド大学のパーマー図書館情報学大学院の院長になっている。また,The Knowing Organization(9)の著者でThe Strategic Management of Intellectual Capital and Organizational Knowledge(10)の編者の一人であるチュウ(Chun Wei Choo)は,カナダのトロント大学情報学部(Faculty of Information Studies)の教授である。最近出たKnowledge Management: Cultivating Knowledge Professionals(11)の著者アルハワンディ(Suliman Al-Hawamdeh)は,2000年にシンガポールの Nanyang(南陽)工科大学のナレッジ・マネジメント・プログラムを立ち上げた後,現在はオクラホマ大学図書館情報学大学院で教鞭を執っている。

 ナレッジ・マネジメントで修士号を出している大学院としては,インターネットで確認しているだけでも世界中で15に上るが,経営大学院(ビジネス・スクール)や情報科学・コンピュータ・サイエンスの大学院がほとんどで,図書館情報学の大学院としては,上記の Nanyang(南陽)工科大学とオクラホマ大学,オハイオ州のケント州立大学だけである。その他には,コロラド州デンバー大学の教育学部にナレッジ・マネジメントの修了証書(Certificate)を出すプログラムがある。今のところ,ナレッジ・マネジメントを冠した博士号(Ph.D.)を出している図書館情報学大学院はない。ミシガン大学の情報学大学院とビジネス・スクールが共同でナレッジ・マネジメント分野専攻のPh.D.を出しているとの情報があるが,同大学のホームページでは確認できない。ビジネス・スクールでは,英国アストン大学がナレッジ・マネジメントを冠したPh.D.を出しており,その他にもノース・カロライナ大学(チャペル・ヒル校)が,ナレッジ・マネジメント分野専攻で博士号を出しているそうである。

 図書館情報学という名前が示すように,元来は主に本や雑誌という形の知識を取り扱ってきた図書館は,コンピュータとデータベースの発達に伴って電子情報も取り扱うようになり,情報管理(information management)の機能を果たすようになってきたが,ナレッジ・マネジメントは,図書館にそれが本来対象としてきた知識というものを改めて見直すきっかけを与えることになった。しかしながら,経営理論・実践としてのナレッジ・マネジメントは,知識管理あるいは知識経営と訳されているにもかかわらず,実際はデータ,情報,知識,知恵という知のすべてのレベルを対象にしている。

 これら4つの知は,微妙に意味が重なり合い,定義するのが難しいが,敢えて定義すれば,人間が作り出した信号あるいは記号(文字・数字)の羅列がデータで,それらを分析することによって抽出されてきた断片的な意味が情報,行為につながる価値ある情報体系が知識,実行されて有効だとわかった知識の中でも特に時間の試練に耐えて生き残った知識が知恵ということになろう。(図1参照)。

 

図1 知の4つのレベル


 

図1 知の4つのレベル

 

 知は,生命体の持っている能力(power),その能力が発揮される過程(process),その過程から生まれてくる成果(product)の3つの意味を持っている。したがって,ナレッジ・マネジメントの課題は,成果としての知(データ,情報,知識,知恵)をいかにマネージしていくか,すなわちそれらをいかに創造・共有・活用していくか,その過程をいかにマネージしていくか,さらに能力としての知をいかに増大させていくか,ということになろう。注意すべきは,知を創造する場合,その過程は管理するのではなく支援するのだ,という点である。なぜならば,管理は創造性を殺すからである。

 知には,明確な言語・数字・図表で表現されたマニュアルや教科書などの「形式知(explicit knowledge)」と,はっきりと明示化されていないメンタル・モデル(例えば世界観)や身体的技能(例えば熟練技能)などの「暗黙知(tacit knowledge)」という二つのタイプがある。形式知は,客観的・理性的・合理的であり,言語化・数値化されているので共有しやすく,コンピュータで処理できる。一方,暗黙知は,主観的・身体的・経験的であり,言語化されていないので,獲得するためには同じ時空間での体験の共有が必要であり,コンピュータに載せるのは難しい。この暗黙知という概念は情報管理にはないことに注意すべきである。

 ナレッジ・マネジメントの基礎理論である野中教授の組織的知識創造理論は,(1)知識には形式知と暗黙知という二つの相互補完的なタイプがある。(2)人間の創造的活動において,両者は互いに作用し合い,形式知から暗黙知が,暗黙知から形式知が生成される。(3)組織の知は,異なったタイプの知識(暗黙知と形式知)そして異なった内容の知識を持った個人が相互に作用し合うことによって創られる,という前提に立っている。

 これらの前提から「知識変換」と呼ぶ4つの知識創造の様式(モード)が導き出される。すなわち,共通体験を通じて技能や思いなどの暗黙知を獲得する「共同化(Socialization)」,その暗黙知から対話を通じて明示的な言葉や図で表現された形式知を創造する「表出化(Externalization)」,断片的な形式知を組み合わせて体系的な形式知を創造する「連結化(Combination)」,そして実体験を通じてその体系的な形式知を身に付け暗黙知として体化する「内面化(Internalization)」である。組織の知は,この4つのモードをめぐるダイナミックなスパイラルによって創られる(図2参照)。この組織的知識創造のプロセス・モデルは,4つのモードのイニシャルを取ってSECI(セキ)モデルと呼ばれ,世界中で広く知られている。

 

図2 SECIモデルと知のスパイラル


 

図2 SECIモデルと知のスパイラル

 

 野中教授はさらに,知識が創造・共有・活用されるコンテクスト(空間・状況・文脈)として「場」というコンセプトを提唱した。場は,1つの英単語に翻訳することができないので,海外では"ba"が使われている。場には,閲覧室や書庫あるいは図書館全体などの物理的でリアルな場や,ネット上に存在するデータベース(電子書庫)や電子会議室などのバーチャルな場,さらには職員によって共有されて日常行動や意思決定に反映される組織の理念などのメンタルな場,プロジェクト・チームなどの組織的な場がある。

 我々が持っている知のほとんどは,場に依存している。特に経験的な暗黙知は「場」と分かちがたく結びついている。例えばマニュアルは,行為の文脈(どのような時に,どのような状況で)を説明するものだが,それらをすべて書き尽くすことはできず,暗黙知のままにとどまる部分もある。マニュアルを読んでわかったつもりになっても,実際にはできない場合があるのは,その文字の背後にある実体験者の持つ暗黙知が十分に形式知化されていないからである。

 場を理解するときのキーコンセプトは,相互作用(インタラクション)である。知識は,孤立している個人によってではなく,個人間の相互作用ならびに個人と環境の間の相互作用によって創られる。相互作用は,リアルであったり,バーチャル(すなわちITベース)であったり,それらの組み合わせであったりする。特に共同化と表出化においては,同じ時間と空間で(すなわちリアルな場で)直接顔を会わせながら相互作用することが重要である。なぜなら,これらのモードは,電子的に伝達することが難しい暗黙知を取り扱うからである。

 意図的な場の創造と支援は,特許や文書などの成果としての知の管理や,個人や組織の能力としての知のマネジメント(すなわち人材開発)と並んで,ナレッジ・マネジメントの重要な側面である。もちろん自生的に生まれてくる場もあるが,それらを意識して育成し,活性化して,つないでいくことが求められる。ナレッジ・マネジメントが対象とする組織や地域や国家は,場の重層的な集合だからである。今後はデータベースや知識ベースなどのバーチャルな場をマネージする図書館の機能とライブラリアンの役割はますます重要になっていくだろう。しかし,ライブラリアンとユーザーがあるいはユーザー同士が直接出会って情報・知識を創造・共有・活用するリアルな場としての図書館と,その場をマネージするナレッジ・マネジャーとしてのライブラリアンの存在価値がなくなることはない。

北陸先端科学技術大学院大学知識科学研究科:梅本 勝博(うめもとかつひろ)

 

(1)野中郁次郎.企業進化論: 情報創造のマネジメント.東京,日本経済新聞社,1985,272p.
(2)野中郁次郎.知識創造の経営: 日本企業のエピステモロジー.東京,日本経済新聞社,1990,278p.
(3)Nonaka,Ikujiro. The knowledge-creating company. Harvard Bus Rev,69(6),1991,96-104.
(4)Nonaka,Ikujiro. et al. The knowledge-creating company: how Japanese companies create the dynamics of innovation. New York,Oxford University Press,1995,284p.
(5)野中郁次郎ほか.(梅本勝博訳) 知識創造企業.東京,東洋経済新報社,1996,401p.
(6)Prusak,Laurence. et al. Working knowledge:how organizations manage what they know. Boston,Harvard Business School Press,1998,199p.
(7)Prusak,Laurence. et al. (梅本勝博訳) ワーキング・ナレッジ:「知」を活かす経営.東京,生産性出版,2000,372p.
(8)Srikantaiah,T.K. et al. ed. Knowledge management for the information professional. Medford,Information Today,2000,598p.
(9)Choo,C.W. The knowing organization:how organizations use information to construct meaning,create knowledge,and make decisions. New York,Oxford University Press,1998,298p.
(10)Choo,C.W. et al. ed. The strategic management of intellectual capital and organizational knowledge. New York,Oxford University Press,2002,748p.
(11)Al-Hawamdeh,S. Knowledge management: cultivating knowledge professionals. Oxford,Chandos,2003,222p.

 


梅本勝博. ライブラリアンとナレッジ・マネジメント. カレントアウェアネス. 2004, (279), p.6-9.
http://current.ndl.go.jp/ca1518 [349]

カレントアウェアネス [13]
動向レビュー [38]

CA1519 - 動向レビュー:中国図書館界におけるナレッジ・マネジメントの動向 / 李常慶

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カレントアウェアネス
No.279 2004.03.20

 

CA1519

動向レビュー

 

中国図書館界におけるナレッジ・マネジメントの動向

 

はじめに

 「ナレッジ・マネジメント」という言葉とその概念は1990年代の始めごろから,ビジネス界で流布するようになったと思われる。ビジネス界は早くから"ナレッジ時代"のグローバル経済におけるナレッジの重要性を認識してきた。図書館は情報を収集し整理および提供する重要な専門機関であるため,図書館もビジネス界で議論されているナレッジ・マネジメントと切り離せない関係にあると考えられるようになってきた。そのため,1990年代の半ばごろから,図書館界は積極的にナレッジ・マネジメントの概念や考えを取り入れて,図書館サービスの改善と向上に役立たせようと動き出した。

 以下では,中国の図書館界が欧米で注目されているナレッジ・マネジメントに対して,どのような考えを持っているのか,ナレッジ・マネジメントの概念や考えを取り入れる背景と目的は何か,また,中国図書館の実情に合わせて,ナレッジ・マネジメントのどの部分に特に関心を向けているか,などを中心に話を進めることにする。

 

1.中国図書館界におけるナレッジ・マネジメントの導入とその研究

 1998年に図書館のナレッジ・マネジメントに関する研究が中国の地方図書館シンポジウムで初めて取り上げられたが,ほとんど反応がなかった。それはナレッジ・マネジメントに関する議論がそれまでほとんどビジネス界に限られていたため,図書館運営へのナレッジ・マネジメントの導入は多くの図書館関係者から見れば,図書館とはあまり関係のないようなものに見えたからである。ところが,その後,ナレッジ・マネジメントに対する関心が各分野に広がり,図書館界でも大きな話題となり始めた。1999年に中国の図書館界ではナレッジ・マネジメントに関する研究が12本あり,2000年に28本,2001年に51本,2002年になると,研究の数が急速に増え,2002年度の前半だけでも既に60本の発表があった(1)。これらの研究は各々,異なった角度から,図書館のナレッジ・マネジメントに関する問題を論じており,主にナレッジ・マネジメントの基礎理論に関する研究やナレッジ・マネジメントの技術に関する研究,ナレッジ・マネジメントの実施措置に関する研究およびナレッジ・マネジメントの応用に関する研究などに分かれる。ナレッジ・マネジメントの基礎理論に関する研究には,ナレッジ・マネジメントの定義や内容,特徴,ナレッジ・マネジメントの機能と原則およびナレッジ・マネジメントと情報管理との比較研究などが含まれている。ナレッジ・マネジメントの技術に関する研究は,情報技術のナレッジ・マネジメントへの応用に集中しており,ナレッジ・マネジメントの実施措置に関しては,ナレッジと組織構造,国家情報インフラストラクチャーや教育普及の関係まで様々な議論が行われている。そして,ナレッジ・マネジメントの応用に関しては,図書館の組織管理,人的資源管理,図書館におけるナレッジ・マネジメントなどに関心が向けられている(2)。ところが,その研究の多くはナレッジ・マネジメントに関する理論の検討に留まり,応用的な研究は少ないのが現状である。

 

2.中国図書館界におけるナレッジ・マネジメント導入の背景と目的

 中国の図書館界では,近年,ナレッジ・マネジメントに対する関心が目に見えて高まるようになってきた。なぜなら,ナレッジ・マネジメントは,中国の図書館が置かれている社会的環境や図書館自身の発展,図書館の抱えている問題などと大きく関係しているからである。例えば,ナレッジ・マネジメントを導入することによって図書館のこれからの発展方向を示唆し,理論武装の新しい手段を獲得して,中国図書館界が抱えている問題を解決しようとする実用的な考えも見られる。

2.1 図書館を取り巻く社会的環境の変化

 まず,中国図書館の置かれている社会的環境が大きく変化しており,情報技術の発展やコンピュータの普及により,中国社会も情報化の時代に入ろうとしていることが挙げられる。多くの企業はもちろん,政府機関や学校なども新しい情報技術を取り入れている。また,インターネットの利用者数も急速に増え,2003年11月の時点で全国で既に7,800万人を突破し,米国に次いで世界で2番目の利用者数となっている(3)。これと同時に,インターネットカフェも全国各地で急増し,合法と非合法のものを合わせると,少なくとも20万軒以上存在していると言われている。多くの若者をひきつけるインターネットカフェの大量出現は,図書館に与える影響が大きい。また,営利目的のデータベース会社やコンサルタント会社,IT企業なども積極的に情報の提供に乗り出している。これらの企業が提供している情報サービスは有料のものばかりでなく無料のものもあり,図書館サービスに挑戦するかのようになっている。

2.2 図書館自身の変化

 中国の経済発展と文化教育レベルの向上につれて,図書館の建設ラッシュが現れた。特に大学や大規模公共図書館では新館建設という大きな成果が挙がっている。それによって,新しい情報技術や設備などが導入され,特にインターネットなどを利用できる環境が整うようになり,インターネット利用サービスを提供する図書館が増え続けている。こうした状況の中で,ウェブサイトを持つ図書館も急増している。新しい情報技術を採用することによって,情報メディアそのものにも使用方法などにも大きな変化が起きている。多くの図書館は相変わらず主として伝統的な文献資料を収集し提供しているが,電子情報の収集とそのサービスの提供にも力を入れ始めている。特に大学や研究機関の専門図書館と大規模公共図書館は文献資料のデジタル化を進める一方で,電子情報の収集とそのサービスの提供も重要視している。図書館のこうした変化は単なる新しい情報技術の出現によるものだけではなく,図書館利用者の文献資料に対する要求の変化にもよっている。インターネット利用者数の急増はその変化を裏付けている。従来からの紙の文献資料やそのサービスの提供だけでは,もはや中国図書館利用者の情報要求を満足させることができなくなり,より密度の濃い情報と多方式の情報サービスの提供が求められている。

2.3 図書館の抱えている問題

 ところが,社会的な環境や図書館自身が大きく変わっているにもかかわらず,中国の図書館が抱えている問題は山積みされ,迅速な対応を拒んでいる。その主なものは次の通りである。第1は,多くの図書館管理者が依然として伝統的な図書館の運営観念に留まっていることである。その運営観念を改善しない限り,図書館の運営は管理者個人の経験や習慣に頼らざるを得ない。第2は,中国図書館の管理体制およびその管理方式が極めて遅れていることである。多くの図書館は役所式の管理体制を採用している。そのため,多くの図書館は閉鎖的な管理方式になっている。第3は,多くの図書館は利用者に対する制限が多く,館内のコレクションのサービスしか提供せず,インターネットによる資源の共同利用があまり進んでいないことである。第4は,新しい管理手段や情報技術の導入などが遅れているため,業務効率の向上に支障をきたし,情報とナレッジのスムーズな交流や伝達が大きな制約を受けていることである。第5は,図書館員の研修や教育が重視されておらず,職員の資質を高めることができないために,図書館の人材構造のバランスが崩れていることである。

 こうした中国の社会的環境の変化や図書館自身の発展および抱えている問題などを踏まえて,中国の図書館界は図書館の今後の発展およびそのサービスの改善と向上に役立つ「理論武器」としてナレッジ・マネジメントを導入し,図書館の改革やその業務の遂行を改善しようとしている。

 

3.中国図書館界におけるナレッジ・マネジメントへの関心領域

 中国の図書館界におけるナレッジ・マネジメントに関する議論は,次の4点に集中している。

3.1 情報資源管理とナレッジ・マネジメントとの比較研究

 情報資源管理は本来図書館管理の重要な要素の一つであるが,ナレッジ・マネジメントはこれとどこが違うのかということが,中国図書館関係者の関心を集めている。そこで,まず情報とナレッジとの違いから,問題が提起された。代表的な考えの一つは次のように解釈できる。情報は目に見えるもので,人の行為や決定と関係なく存在し,加工処理後,形が多少変わるが,物理的なもので,周囲の環境に依存せず,伝達しやすく,簡単に複製できるものである。一方,ナレッジは目に見えないもので,人の行為や決定と密接な関係があり,加工処理後,考えや内容などが多少変わるが,精神的なもので,周囲の環境に一致させ,学習によって伝達できるが,複製はできないものである(4)。

 こうした情報とナレッジとの違いが明らかにされた上で,情報資源管理とナレッジ・マネジメントとの比較検討が進められている。情報資源管理はデータを情報に変化させ,さらに情報を組織の定めた目標の達成のために役立てるのに対して,ナレッジ・マネジメントは情報をナレッジに変化させ,そのナレッジを用いて特定の組織の対応力や創造力などを高める。ナレッジ・マネジメントは情報資源管理の新しい発展段階であり,情報資源管理が経験した各段階と異なり,情報と情報,情報と活動,情報と人を結び付け,人と人との相互交流の中で,情報とナレッジの共同利用を通してグループの知恵を用いて創造的なものを作ることになる。ナレッジ・マネジメントの強調しているところは次の2点である。1つはより多く現有のナレッジを共同利用することである。2つ目は新しいナレッジの創造と移転である(5)。多くの図書館関係者はナレッジ・マネジメントを導入することによって,図書館がナレッジ時代において重要な役割を果たし,より高いレベルのサービスを提供することができるとの期待を持っている。

3.2 新しい情報技術の採用

 中国の一部で大学図書館や大型公共図書館の新館建設や新しい情報技術の導入などが比較的順調に進められているが,図書館全体としてはまだ低いレベルに留まっている。そのため,中国の図書館界が時代の発展に追いつき,利用者の様々な情報要求を満足させるためには,新しい情報技術の導入が必要である。ナレッジ・マネジメントを取り入れることは,新しい情報技術の導入を求める重要な理論的根拠ともなる。

 図書館はナレッジ・マネジメントの実施を推進するために,丹念に設計された使いやすいナレッジ・マネジメントシステムを作り,最新の情報技術を補助手段とする必要がある。図書館長は最高の責任者として,企画部門や情報技術センター,人事部門および財務部門などの責任者と協力してナレッジ・マネジメントシステムを設計し開発すべきである。このようなナレッジ・マネジメントシステムは現在のコンピュータや情報技術の基礎の上に出来上がり,バックアップした内部ネットワークや外部ネットワーク(注),インターネットおよび内外の情報資源を獲得,分析,整理,保存および共同使用できる補助的なソフトなどを含み,多様なチャンネルやレベルを通じて,利用者と著作者(教員,研究者と主題専門家など),出版者,政府機構,ビジネス機構,企業およびその他の組織との有効なナレッジ交流の実現に役立つものとなる(6)。

3.3 図書館の管理体制への改革

 

 コンピュータやネットワークなどの情報技術が急速に発展し普及することによって,図書館はますますネットワーク世界における一つの接点となり,情報提供の基盤となっていく。そのため,図書館のこれまでの閉鎖的な管理体制を変える必要がある。

 ところが,中国図書館界の現在の運営管理の観念や管理体制,組織機構などは時代遅れのものである。これに関しては2つの問題点が指摘されている。1つは館長の任命に関してである。中国では,図書館のことをあまり知らない他の部門や政府官僚が図書館長として任命されることが多い。このような館長では,図書館の最高責任者としての業務を十分に遂行するのは困難である。2つ目は,文献資料の管理業務の流れや資料の種類に基づいて図書館の各部門を設置し,個別の方式で業務を遂行するため,各部門は閉鎖的で部門間の連携が欠けていることである。管理体制上の問題は図書館の発展にとって大きな支障となっている。そこで,ナレッジ・マネジメントを採用することによって,時代の発展変化に適応する,新しい図書館の管理体制や組織機構,管理方式などを模索し,図書館管理の総合的な能力を高めて,図書館の対応と創造的な意識を強化することが期待される。

3.4 図書館の人的資源の管理

 図書館が利用者に適したサービスを提供し,利用者の様々な情報要求を満足させることができるかどうかは,図書館員の資質や能力にかかっている。ところが,中国の図書館は極めて厳しい状況に置かれている。すべてに経済を優先している今日の中国社会では,図書館の社会的地位が低く,図書館員の収入も少ないため,図書館は優秀な人材を確保することがなかなか難しい。そして,図書館員の積極性や自発性などを発揮させるような人的資源の管理体制ができていないため,図書館を辞める優秀な人材が多く見られる。こうした状況の中で,新しい人的資源の管理体制を構築することは,多くの図書館にとって緊急の課題となっている。したがって,ナレッジ・マネジメントの導入は図書館の人的資源管理体制を構築するのに大いに役立つと思われる。

 図書館の人的資源の管理については次のような議論が行われている。まず,図書館員の知識や経験は図書館の知的財産であり,大事にされ共有されるべきである。知識や専門技能などを分かち合う組織文化の構築を奨励し,また適切な褒賞や奨励体制を作る必要がある。例えば,創作や出版,講演,指導およびアドバイスなどの形で他人と知識や経験を分かち合う図書館員に対して一定の褒賞を与えるべきである。また,図書館は毎年一定の経費を使い,図書館員に教育や研修の機会を提供し,その知識を更新拡大すべきである。そうすれば,知識の老化を防ぐことができる。さらに,図書館は経験豊富な図書館員が新しい職員に知識や経験を伝授するのを奨励し,新しい職員が経験豊かな職員から学ぶシステムを作る必要がある。また,定期的に自主的なゼミや討論会および自由な話し合いの場を設け,職員間の相互交流を促進すべきである。多くの価値のある経験は長期的に蓄積されていくものなので,図書館には職員のために良好な勤務条件や環境を作り,人材を留めさせる努力が求められる。

 

4.終わりに

 中国図書館界においてナレッジ・マネジメントは,ネットワーク時代における図書館の今後の発展方向を示す新しい理論として受け止められている。同時にナレッジ・マネジメントの検討によって,中国の図書館が抱えている問題点をより明らかにすることが期待される。ところが,ナレッジ・マネジメントに関する議論が過熱気味となり,また図書館管理者の参考になるようなナレッジ・マネジメントの成功例がないため,ナレッジ・マネジメントの性急な導入を自重する図書館関係者も少なくない。ナレッジ・マネジメントに関する理論の検討から,図書館現場での応用へどこまで進むことができるのか,まだ,はっきりしないところがあるが,ナレッジ・マネジメントに対する関心や議論は中国図書館界においてはまだ当分続きそうである。

北京大学信息管理系:李 常慶(リーチャンチン)

 

(注) 新しい情報技術の出現によってネットワークが使えなくならないように,ネットワーク自体も常に技術的にアップしなければならない。

(1)肖永霖 et al. 我国図書館知識管理研究近況. 情報雑誌.(7),2003,20.
(2)盛小平. 国内知識管理研究総述. 中国図書館学報. 28(3),2002,60-63.
(3)中国互网絡信息中心(CNNIC). (online),available from < http://www.cnnic.net.cn/ [351] >,(accessed 2003-12-05).
(4)李華偉. 知識管理:図書館的作用. 津図学刊. 78(1),2003,1.
(5)呉慰慈. 従信息資源管理到知識管理. 図書館論壇. 22(5),2002,12-13.
(6)李華偉. 知識管理:図書館的作用. 津図学刊. 78(1),2003,3-4.

 


李常慶. 中国図書館界におけるナレッジ・マネジメントの動向. カレントアウェアネス. 2004, (279), p.9-12.
http://current.ndl.go.jp/ca1519 [352]

  • 参照(11828)
カレントアウェアネス [13]
動向レビュー [38]
中国 [158]

CA1520 - 動向レビュー:デジタル情報の長期的な保存にともなう経済的課題 / 今野篤

PDFファイルはこちら [353]

カレントアウェアネス
No.279 2004.03.20

 

CA1520

動向レビュー

 

デジタル情報の長期的な保存にともなう経済的課題

 

0.貧乏はつらいよ

 何をするにも金がかかるが,デジタル情報の長期保存はなおさらである。

 米国議会図書館が主導する,全米デジタル情報基盤整備・保存プログラム(NDIIPP)は,予算規模1億ドルのプロジェクトである。このプロジェクトは,電子情報を長期に保存するための全米規模の基盤整備を行うことを目的として,2000年12月の立法措置により開始されているが,全米デジタル情報基盤整備・保存プログラムの立案とその実行だけでも2,500万ドルを投じることになっている(CA1502 [354]参照)。

 デジタル情報の長期的な保存に伴う課題は多岐に及ぶが,コストは大きな課題である。

 デジタル情報の長期保存には,紙媒体の資料の保存と比べて非常にコストが掛かる。それは,はるかに多くの資源を媒体保存以外の行為に割かなくてはならないからである。デジタル情報を再生するためには,そのための環境,つまり,特定のハードウェアとソフトウェア(これもデジタル情報であるが)を必要とする。しかし,次の事情を考慮しなくてはならない。

  • ハードウェアの寿命は短い:

    ハードウェアも媒体とともに保存すればよい,とはいかない。電子回路中でもっとも寿命が短いと言われる電解コンデンサは種類・周囲の温度にもよるが10万時間未満,外部記憶装置に使用されるモータの寿命は長寿命のものでも10万時間程度である。
  • ソフトウェアの使用可能期間は限定されている:

    多くの場合,再生用のアプリケーション・プログラムを動作させることでユーザーはデジタル情報にアクセス可能となる(ゲームソフトなどのアプリケーション・プログラムはそれ自体がアクセス対象のデジタル情報である)。しかし,その再生用アプリケーション・プログラムがいつまでも入手可能であることはなく,そのアプリケーション・プログラムを保有していても最新版のOSでは動作しないことがある。また,古いOSは最新版のハードウェアでは動作しないことが多い。アプリケーション・プログラムはその設計時に流通しているOSで動作することを前提に,OSはその設計時に流通しているハードウェアで動作することを前提につくられているからである。

 つまり,再生対象のデジタル情報が,古い特定の環境で再生されることを前提に作られているにもかかわらず,最新の環境で再生させることを考えなくてはならないのである。そのためには,古い特定の環境を擬似的に最新の環境で再現すること(エミュレーション)や,最新環境用にデータの記録形式を変換すること(マイグレーション),最新環境で動作するように作り直すこと(移植)が必要になる。

 また,媒体やデジタル情報の記録形式についても配慮が必要である。

  • 寿命:

    デジタル情報記録用媒体の寿命は紙媒体と比べて非常に短い。保存環境にもよるが20〜30年程度であるといわれている。
  • はやり廃り:

    技術の進歩などにより,数多くの種類の媒体が生まれる一方,廃れて入手不可能となる種類もある。媒体に記録されたデジタル情報にアクセスするためにはその媒体に対応した機器が必要であるが,最新の機器が廃れた媒体に対応しているとは限らず,機器の寿命も既に述べたように短い。
  • 記録形式:

    データは特定の形式で媒体に記録されており,その形式はアプリケーション・プログラムやOS,媒体など,それぞれレベルで規定されている。古いアプリケーション・プログラム,古いOS,古い媒体の記録方式では,最新の環境ではアクセスできないことがある。

 つまり,デジタル情報は,定期的に新しい媒体に移しつづけなくてはならないが,別種の新しい媒体に移し替える必要もあり,記録形式が古くなった場合は新しい記録形式に変換しなくてはならない。

 また,デジタル情報の長期保存にはそのためのメタデータも必要である。再生に必要な環境(CPU,OS,アプリケーション・プログラム,メモリサイズ,周辺機器など)を記述するメタデータは当然のこと,作成プロセスやマイグレーション履歴などの来歴を記述するメタデータ,チェックサムなどの内容改変防止のためのメタデータ,などである。

 

1.コストモデル

 さて,ようやく本題である。

 前述の事情が理解されている各国の図書館関係者には,長期間の保存をする場合,デジタル情報のほうが,従来型の資料より多くの資源を継続的に投入しなくてはならないということは共通の認識であり,経済的課題に関係する様々な調査や研究がなされている。

 米ハーバード大学図書館の保管庫(Harvard Depo-sitory)とOCLCのデジタルアーカイブの保管料金からデジタル情報の長期保存という枠組みの中のごく一部である「保管」について考察した報告がある(1)。

 どちらの保管庫も,保管庫に占める割合(大きさ〔Harvard Depositoryの場合〕・容量〔Gbyte;OCLCデジタルアーカイブの場合〕)に応じた年間保管料金が定められており,保管に伴うデジタルと非デジタルの費用比較ができたのであるが,比較結果は,デジタル情報の形式(テキスト形式,モノクロビットイメージなど)により1ページあたりのバイト数が増減し,紙媒体の保管料金より安くなる(1/30〜1/5;テキスト形式の場合)場合と,高くなる(1.5倍〜6倍;解像度による)場合があり,マイクロフィルムと比べると,テキスト形式の場合は1/8〜8倍,モノクロビットイメージの場合は,6〜23倍の費用となる,というものである。

 この他にも,印刷物を管理,保存するコストと比べてデジタル出版物のそれは20倍にもなるとの試算(2)や,16倍であるとの報告がある一方,デジタル情報の保存とアクセスのための年間コストは10年後には当初の半分以下となるが,紙媒体の資料の保存とアクセスの年間コストは10年後には約1.5倍になり,年間コストがデジタル情報の保存のほうが安くなるとの試算(3)もある。(この試算では初年度のコストはデジタル情報の長期保存コストのほうが約2倍であり,10年間のコスト合計はデジタル情報の長期保存の方が多少高くなること,扱うデータの形式がTIFF形式のみであることを考えると,容易にどちらが安いといえるものではない。)

 このような,算定された保存コストの違いは,保存機関の戦略や保存対象,認識しているコスト要因などの違いによるものである。算定方法の類型化はできないものの,コスト発生領域を特定し,コスト要因を抽出するという方法を海外プロジェクトでは多く採用している。

 そのコスト発生領域であるが,データ作成,選択・評価(受入),データ管理,資料公開,データ使用,データ保存,権利管理の7つとするものや,選択,権利交渉,技術戦略立案,受理オブジェクトの検証,メタデータ生成,ファイル保管,アーカイブ管理とするものなど,細部に違いはあるものの大筋では一致していると考えてよい。参考までに,英国のCedars(CURL Examplars in Digital Archives;CA1501 [305]参照)プロジェクトで報告されたコストモデルを表1に記す(4)。

 

表1 Cedarsプロジェクトにおけるコストモデル

  コスト領域 コスト要因
1  選択 ・コレクションポリシー
2  保存のための権利交渉 ・権利交渉に要する時間
3  アクセスのための権利交渉 ・権利交渉に要する時間
4  保存とアクセスのための技術戦略 ・アクセスを維持するための保存戦略決定に要する資源 
・メタデータ要素の決定
・保存のための要求技術決定
・システム調達・設計
5  受理オブジェクトの検証 ・必要なドキュメント入手に要する時間
・オブジェクト検証に要する時間
6  メタデータ生成 ・添付ドキュメントの調査
・既存の目録・メタデータ利用の可能性
7  ファイル保存 ・保守費用、購入費用
・記憶媒体の世代間コピー
・バックアップ作成
8  アーカイブ管理 ・人件費
・技術開発費用
・法的処理に伴う費用
・アーカイブポリシーの変更に伴うシステム改変費用
・保険
・施設費

 

 このようなデジタル情報の長期保存のコストモデルの調査・検討はある程度の進展を見ることができるものの,実際にコストを量ることは難しく,一般化することも困難である。各地で実施中のプロジェクトから得られるコストに関するデータが不足している上,コストは多数の変数からなる関数であるにもかかわらず,やっかいな変数が多い。保存期間,ストレージ技術,提供するサービス,保存目的,保存戦略,フォーマットの多様性,メタデータ記述の精度などである。

 また,正確なコスト見積には,それなりに保存プロセスを詳細化する必要がある。しかし,デジタル情報の長期保存活動は多様であり,詳細化と一般化の両立は困難である。

 

2.インセンティブ

 コストモデルの検討やそれ自体は,デジタル情報を長期的に保存することを暗黙の前提としているが,そもそもデジタル情報の長期保存を引き受ける機関がどれほどあるのか。

 デジタル情報の長期保存についての取り組みや,そのための調査や研究がほとんど行われていない我が国のことを考えると,保存するインセンティブを形成することの方が重要であるように思われる。

 財やサービスが取引される場が市場であるが,デジタル情報の長期保存サービスについての市場というものを考えてみる。市場には,売り手と買い手が存在し,いずれも自発的に取引に参加している。彼らは,何ら強いられることなく自らの利益に合致するように行動している。つまり,インセンティブがあるからそうするのであるが,デジタル情報の長期保存サービスについても同様のインセンティブはあるだろうか。

 デジタル情報は脆弱でメンテナンスしつづけない限りダメになったり旧式化してしまうものである。デジタル情報の所有者には,貴重なデジタル情報を延命させるために長期保存サービスを購入する十分な理由がある。

 しかし,実際にはデジタル情報の長期保存は,経済的にも技術的にも未成熟な分野であり,経済的に持続可能なデジタル情報の長期保存を行うことには多くの不確実性が伴う。意思決定を行うものにとって,経済的活動としてのデジタル情報の長期保存は考慮すべきリスクであり初期投資に見合う十分な利益は生まないと考えられている。

 なぜインセンティブがないのか,どうすればそれが形成されるのかを理解することが,デジタル情報の長期保存の分野における経済的な難問である。

 繰り返しの使用が可能なデジタル情報は耐久消費財といえるが,耐久消費財につきもののアフターマーケットで提供されるサービスが,デジタル情報の場合は長期保存サービスであるといえないだろうか。アフターマーケットとは,耐久消費財の価値や使い勝手,寿命を増大させる財・サービスが売買される市場である。自動車の場合,芳香剤やカーナビ,プーさんシートカバーなどが扱われている。デジタル情報の長期保存を考える場合,アフターマーケットの問題は少々複雑になる。デジタル情報の長期保存サービスでは,便益を得る主体が必ずしもデジタル資源を保有している主体ではないからである。

 デジタル情報の長期保存においては,経済的意思決定者には次の3つの基本的な役割がある。

  • 権利保有者−デジタル情報の権利をもつ主体
  • 受益者−デジタル情報が長期保存されることで便益を得る主体
  • アーカイブ−長期保存サービスを実行する主体

これらの役割が単一の主体によって果たされるのか,2つまたは3つの主体によって果たされるのかで,デジタル情報の長期保存が行われるモデルを分類することができる(5)。

  • (1)求心的モデル:権利保有者,アーカイブ,受益者が単一の主体の場合
  • (2)遠心的モデル:権利保有者,アーカイブ,受益者が全て異なる主体の場合/li>
  • (3)供給側モデル:権利保有者でありアーカイブである主体と,受益者である主体からなるモデル/li>
  • (4)需要側モデル:権利保有者であり受益者である主体と,アーカイブである主体からなるモデル/li>
  • (5)アーカイブ・受益者結合モデル:アーカイブであり受益者である主体と,権利保有者である主体からなるモデル

 デジタル情報の長期保存が行われるシナリオは多岐に渡るが,上記5つのモデルに整理可能である。では,インセンティブが減退する要因はなにか。

  • (a) 権利保有者がデジタル情報の長期保存が利益を生むとは考えていないこと。権利保有者と受益者が異なる主体となる,上記(2)(3)(5)のモデルで起こり得る。
  • (b) 同様のデジタル情報をもつ主体が複数存在する場合は,いずれの主体も他が長期保存をはじめることを当てにしていること。権利保有者と受益者が同じ主体となる,上記(1)(4)のモデルで起こり得る。
  • (c) 求められているサービスのレベルが多岐に渡り,個別に応じるとスケールメリットがなくなること。受益者とアーカイブが別の主体となる,上記(2)(3)のモデルで起こり得る(表2参照)。

 

表2 デジタル情報の長期保存が行われるモデルとインセンティブ減退要因
表2 デジタル情報の長期保存が行われるモデルとインセンティブ要因

 

 これらインセンティブ減退への対処法としては,

  • (a) 受益者から権利保有者に対価が支払われる仕組み,権利保有者への助成金などの導入
  • (b) 税金による長期保存費用の負担
  • (c) スケールメリットが生まれるような,様々なサービス範囲に適用可能なサービス提供インフラの導入などが挙げられる。

 

3.実際の例

 「JSTOR」(http://www.jstor.org/ [355])という非営利団体がある。JSTORは出版者から権利を得て学術雑誌を電子化し,サイトライセンスを得た機関に対しウェブで利用可能とするサービスを提供している。

 JSTOR,出版者,ユーザー(サイトライセンスを得た機関)は,上述の枠組みで言えば,アーカイブ,権利保有者,受益者となり,それぞれ別の主体なので(2)遠心型モデルとなる。

 (2)遠心型モデルには,権利保有者が便益を認識していない,多様な需要に応じるとスケールメリットがなくなるというインセンティブ減退要因があるが,JSTOR自体が受益者から権利保有者へ対価支払いのための仕組みであること,全ての受益者に対して同じサービスを提供することにより事業が成立したといえるだろう。

 他の例であるが,JPモルガンが提供している「I-VAULT!」(https://www.myimagearchive.com/ [356])というサービスがある。デジタルイメージ保管のアウトソーシングサービスと言っても良いサービスであるが,I-VAULT!とユーザーの関係は,アーカイブと権利保有者兼受益者の関係であり,(4)需要側モデルとなる。(4)需要側モデルには,同等の資料をもつ主体が複数ある場合に他の主体が保存を始めることを期待してしまう,多様な需要に応じるとスケールメリットがなくなるというインセンティブ減退要因がある。I-VAULT!の場合は,預けたユーザー本人のみが預けた情報にアクセスでき,扱う情報をデジタルイメージのみとすることにより,インセンティブを生み出したと言える。

 

おわりに

 文書ファイル,静止画像などの静的なデジタル情報であれば,マイクロフィルム化して保存することもある程度有効かもしれない。従来の枠組みをほぼそのまま使うことができる上,コスト的にもデジタルのまま保存しつづけるより優位であろう。しかし,静的な情報であっても,データベースに収載されている内容やハイパーテキストなどは,紙やマイクロフィルムに出力した時点で,総体として実現している価値を失ってしまう。まして,動画やゲーム,マルチメディアには対応できない以上,デジタルをデジタルのまま維持しつづけることに伴う困難はすべて乗り越えるべきものとして取り組むべきではないだろうか。

 「遅れていない国々」ではデジタル情報の長期保存は,文化遺産や情報を管理する機関にとっての最重要事項となっている。

 これら国々ではデジタル情報の長期保存というトピックには目新しさなどはなく,小規模な実験プロジェクトから,日常業務と化したデジタル資産のライフサイクルマネジメントにおける一部分になり,どのように経済的に持続可能なプロセスとして具体化するかということが問題になっている。

 さて,日本は。国立国会図書館は。

関西館事業部電子図書館課:今野 篤(こんのあつし)

 

(1)Chapman,S. Counting the Costs of Digital Preservation: Is Repository Storage Affordable? Journal of Digital Information. 4(2),2003.(online),available from < http://jodi.ecs.soton.ac.uk/Articles/v04/i02/Chapman/chapman-final.pdf [357] >,(accessed 2003-12-25).
(2)Phillips,Margaret. Ensuring Long-Term Access to Online Publications. Journal of Electronic Publishing. 4(4),1999.(online),available from < http://www.press.umich.edu/jep/04-04/phillips.html [358] >,(accessed 2004-02-06).
(3)RLG. Preserving Digital Information: Report of the Task Force on Archiving of Digital Information.(online),available from < http://www.rlg.org/ArchTF/tfadi.index.htm [359] >,(accessed 2003-12-25).
(4)Russell,K. et al. Cost elements of digital preservation. Cedars. (online),available from < http://www.leeds.ac.uk/cedars/colman/CIW01r.html [360] >,(accessed 2003-12-25).
(5)Lavoie,B.F. The Incentives to Preserve Digital Materials:Roles,Scenarios,and Economic Decision-Making. OCLC,2003,45p.(online),available from < http://www.oclc.org/research/projects/digipres/incentives-dp.pdf [361] >,(accessed 2003-12-25).

 

Ref.

RLG. Trusted Digital Repositories: Attributes and Responsi-bilities. 2002,62p.(online),available from < http://www.rlg.org/longterm/repositories.pdf [362] >,(accessed 2003-12-25).

 


今野篤. デジタル情報の長期的な保存にともなう経済的課題. カレントアウェアネス. 2004, (279), p.12-16.
http://current.ndl.go.jp/ca1520 [363]

  • 参照(20070)
カレントアウェアネス [13]
動向レビュー [38]
電子情報保存 [157]

Copyright © 2006- National Diet Library. All Rights Reserved.


Source URL: https://current.ndl.go.jp/node/22#comment-0

リンク
[1] http://current.ndl.go.jp/files/ca/no282.pdf
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